表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

133/148

異世界モテモテ記

 人は、己にない能力や性質を持つ者に惹かれやすく、同じ目的や趣味を持つ者と心が通いやすい。男女が特別な関係を築く場合、どちらのタイプを選ぶかで未来は変わる。

 恋愛なら、どっちでもいいさ。失敗したなーと感じたらバイバイすりゃーいいだけだ。しかし、結婚はそうは問屋が卸さない。

 結婚っつーのは、一生を共にするための契約だ。一般的には、恋愛ほど軽くは考えない。

 だから、長考する。損得や愛情や夢や希望や……。


「それがさっ、第二王子と第三王子がフィーちゃんを取り合っててさ。候補の中から嫁を選ぶ立場なのに、ふたりがフィーの婿候補みたいな構図になっちゃて、大混乱らしーんだよね」

「うはーっ。他の嫁候補たちがかわいそうじゃん」

「そーでもないよ。さっさと決定して、残ったほうをさっさと寄こせ! って感じで構えてるらしいって」

「……つえぇ」

「あったりまえだろ? どう転んだって、フィーと結婚できるのはひとりだけなんだからね。他の候補たちにとっちゃ、残った王子の争奪戦のほうが本戦って気分だろーさ」

「んで、当のフィブは?」

「王子たちの売り込みの嵐に辟易して、色々と厳しい条件を突き付けてるみたいだ」

「条件って、婿になりたいならっつーやつ?」

「うん。あれを獲ってこい。これを作ってみろ。私がこう尋ねたら、どう答える? ってな具合に」


 マギーが羅列するあれこれを聞いて、俺の脳内に『竹から生まれた月出身のお姫様』物語が過った。

 これじゃ、どっちが王族かわからねぇな。


「はぁ~……。フィブも王子たちもモテモテだな」

「何? そのモテモテってのは?」

「あー、引く手あまたってのかな?」


 それなりにこっちの世界で生活してても、お年寄りだけの暮らしの中じゃモテモテなんつー言葉は出てこなかったか。


「モテモテ~~。面白い響きだね。フィーが帰ってきたら、使ってみよーっと」


 マギーに大うけしたらしく、連呼しながら笑ってる。

 閉店してて人がいないからいいが、誰も通らないとは限らない。それも、野外用テーブルセットが謎に設置されているってのに、マギー姐さんは大木に向かって腕組して立っているんだ。

 お菓子屋の女主人に続き、店員まで妖精さんとなんつー噂が立ったら危ないんじゃねぇ? なんぞとちょい心配だ。


「うまくいくといいな……」

「え? トールは反対してたんじゃないのかい?」

「碌でもない男はダメ! って言ってただけだ。その点、フィヴは慎重だってわかったしな」

「あははっ。フィールとは大違いだね」


 そりゃ、実兄とは違うさ。別に、何があろーと嫁に行くな! とは言わん。

 それに加えて、俺たちとは違う理で成り立っている世界だ。俺が、こんな奴は認めねぇっつーても、あっちじゃそれが必要な資質だったりするかもだし。

 ただなぁ。愛情が最優先じゃない気がして、鳩尾あたりがグルグルする。


「料理や菓子だけしか注目してねぇ王子たち、ってのがなぁ」

「あー、それはねぇ……。でもさ、フィーも結婚より商売って感じだからねぇ。あっ、ちょいと待ってて!」


 マギーは、連鎖的に何かを思い出した様子で店に戻っていった。

 何事かと思いながら、森の爽快感と美しさを堪能してると、片手に何かを持ちながら爆走してきた。


「これっ! フィー店長が試食してくれとさ。できれば、師匠にも味見してほしいと言いつかってんだけど、頼めるかい?」


 フィヴなら試食でも籠に入れて運んでくるが、ちょいがさつさが目に付くマギー姐さんだ。木皿に乗った試作商品をそのまま持って走ってきた。

 見た目は、鮮やかなオレンジ色の丸い蒸しパンだ。

 俺は木皿ごと受け取ってキッチンカーに引き入れ、紙皿に移し替えてラップした。

 空になった木皿をマギーに返しながら、「焼いたんじゃねぇよな?」と問いかけた。


「そうそう。柔らかい焼き菓子を目指したんだけどさ、思うように膨らまなかったり、甘いパンになったりしてさ。それで……ばぁさんが作ってた蒸しパンを思い出して」


 あ、それだ! 近頃のかわいい蒸しケーキやパンじゃなく、昔ながらの蒸しパンって感触なんだ。ふわっふわっつー柔らかさじゃなく、気泡が多くてクッション感が増してるっつー……語彙がすくない己が恨めしい。


「じゃ、これはマギーが中心に立って作ってみたってことだな?」

「ふたりで始めようってところで、いきなり城から召喚がかかったんだよ。だから、材料の配分はフィーで作業はアタシ」

「頑張ってんなー」

「まっ、嫁修行のひとつだと思えば、ね」


 また身をよじりながら照れるマギーに笑い、お返しにとデュクセルソースを詰めた鉄の小鍋を渡した。

 こいつは窓を通しても変質しないし、それを確認してからは料理交換の際に使う容器としては便利だった。フィヴたちも、中身を移し替えて洗って返してくれ、今じゃ木皿と鉄鍋の行き来で交換はなり立っている。

 焼いた肉にかけたりすると美味いと伝えると、マギーは目を輝かせて作り方を教えろと要求してきた。それを了解し、フィヴたちによろしくと言って、その日は終った。

 

 わずかに未来へと前進する世界と日常。

 何かが発見されれば、それはその世界の知識になる。

 菓子だって香辛料の塊みてぇなソースだって、別世界の俺たちが教えたからと言って、それを作れる奴がいなきゃ夢まぼろしと変わりはしない。

 だから、レイもフィヴも努力する。自分たちの世界に根付かせるために。


「結婚かぁ……」


 そして、また現実は未来へと進む。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ