あの娘とこの娘
持つべきものは友。
中井は盛大に溜息を漏らして、「俺たちやレイモンドさんたちを馬鹿にすんな」と締めくくった。俺は黙って正座して、うなだれ凹んで反省するしかなかった。
その日を境にして、俺は以前の『デリ・ジョイ』の店長に戻った。
景気よく「いらっしゃいませー」と挨拶する俺に、大野さんはほっとした様子だったが、何も言わなかった。あと数日でバイト終了になるが、どーにか気まずい思いを残すことなく、ご苦労様でしたと労って見送れるだろう。
また、ひとり営業に戻る。
中井が指摘したように、寂しがり屋の俺がまた顔を出すかと思ってみたが、仕事場であるキッチンカーの中だけは例外みたいだ。
やっぱり俺は、根っからの我が侭なんだ。自分のやりたいことを、やりたい時にやりたいようにやる。ってのが、一番精神的に安定するんだと思い知った。たぶん、この先誰かを雇うことはないんだろーな。
ところで、『同級会の顛末』だ。
俺たちが脱出した後、あの場はどーなったのかを川口が伝えてくれた。
俺たちが口火を切った脱走の勢いは、立川・工藤コンビが続いて逃げ出すと、俺も私もと後を追う連中が続出。残されたのは、例の結婚間近の彼女とその仲間たち。
元はと言えば、その花嫁予定ちゃんが仲の良かった元クラスメイトの連絡先を教えてもらうために、松野に繋ぎを取ったのが切っ掛けだったんだとか。
顧客獲得を企んだ松野はめでたい話に乗じて、お祝い兼同級会をやろうと花嫁予定ちゃんを焚きつけて開催となったわけだ。
結局、逃げ遅れた連中は松野とその先輩社員たちに囲まれ、お花畑脳の彼女を中心に長々と商品説明を聞く羽目になったんだとか。
『そんでな、あれよあれよっつー間に、花嫁ちゃんに結婚祝いを贈るって話になって、気づいたら連名でバカ高な調理器具セットの契約完了ってな具合だったらしい』
「逃げたモン勝ちだったな」
『おう! あの場に残ってたら、俺たちもご祝儀メンバーに強制加入させられてたかもな』
スマホ越しにゲラゲラ笑う。
たとえ結婚祝いを拒否しても、俺には業務用のなんちゃらを推してきただろう。
料理人は、自分の感覚で道具を選ぶ。得体の知れない他人からの推薦なんて、信用に値しない。それでなくても店舗は狭いし、台所には十分すぎるくらい調理器具は揃ってる。
「今後は要注意だな」
『大体さ、まだ学生の奴だっているってのに、自分たちが扱ってる商品を見て、売る相手を考えろってーのよ。な?』
「それなー」
松野も焦ってたんだろうさ。あの類の会社は、客になる人間を釣ってくることを第一に要求されるらしいし。
だからと言って、騙されて集められたこっちの気分は良くない。心の中で、元クラスメイトからただの知人に格下げするだけだ。
◇◆◇
次の月夜は、フィヴの所に顔を出してみた。
閉店の時間帯だったらしく、看板をしまっているマギーと目が合ったなと思うや否や、制服のドレスの裾をはためかせ、ものすげー勢いで走ってきた。
人妻になろうってのに、まったく変わらない彼女がなんか微笑ましい。
まだ陽は高いのに、本日も売り切り閉店らしい。順調順調。
「よう。みんなは元気か?」
「元気どころじゃないよ。フィーは、二日前からお城に軟禁され中なんだよ」
「なんで……」
「なんでって、決まってるだろ? 王子の嫁候補だからだよ」
はぁ!? と返して、首を傾げる。
フィヴが、王子の花嫁候補なのは聞いている。確か、第二王子アルフの候補に挙がっていて、しかし横から第三王子ブロンが横槍を入れてるみたいな。
「候補だからって、なんで軟禁?」
「選定期間に入ったんだよ」
さーっぱり解らん。
ただ、候補って言うからには、他にもノミネートされた女の子たちがいるってことか? んで、集められて、王家側が選定してるって?
「でもさ。奥さんって、たくさんいてもいいんじゃなかったっけ? 王妃様とかって立場の女性はいないからとか、なんとか言ってたじゃん」
「そりゃ、王と跡継ぎの第一王子だけの特権だよ。他の王子は、アタシたちと同じようなもんさ。嫁はひとりだけで、番になったら砦城から追い出されるんだ。だから――」
主語を吹っ飛ばすマギーの難解な話を要約すると、結婚適齢期に入った王子は平民と同じ立場に降ろされ、よりよい結婚生活を送るために優秀な嫁さんを捜すんだそーだ。
狩りや料理が上手いとか、頭脳明晰で戦闘力も高いとか、子沢山家系の安産型だとか……。
最後はともかく、前のふたつは夫に求められる条件なんじゃ? とは思ったが、目の前に立つマギーを見て納得する。
「マギーたちの世界は、男女の差ってのはないんだよなぁ」
性差からくる区別っつーか、文化的習慣とかな。
「ないね。狩りも戦争も男女は関係ないよ。適性ある者が率先してやる。ただし、出産は女しかできないから、子育てが終わるまでは男が頑張らないとってくらいだね」
「フィヴんちのお母さんも戦士だったって聞いてるし」
「アタシもそーだよ。だから、フィールはアタシを……ごにょごにょ」
小麦色の頬にすっと赤みが差して、マギー姐さんはひとり照れながら身悶えだした。
あー、惚気っすね。聞こえないけど、絶対に惚気っすね。
しかし、中身はマザコン野郎の嫁選びにしか思えないんすが?
……まあ、いいか。ご両人が幸せなら。
「んで、どっちの王子の花嫁候補になってんの?」
選定のために城に軟禁、まではわかったが、一番の問題である『誰の?』がまだだ。
俺の質問に妄想から覚めたマギーは、はっとして俺を見返した。