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あれもこれもお悩み相談室

 中井が持ってきた手土産の生ホタテは思いのほか小粒で、そんで大量だった。スーパーの大袋から出したホタテを手の上で転がし、バター焼きまでの工程を思って気が遠くなった。

 みみちい殻から身を外して、外して、……外して、それから、ようやくバターで焼くんだ。


「ああーっ、面倒くせぇ!!」


 手のひらにちょんと乗る大きさの殻から中身が想像できて、すぐに希望メニューを断念した。

 デカいなら処理作業も楽しいが、こんな笊いっぱいの小さなホタテをちまちまやる気力なんて残ってねぇってーの。

 腹立ちまぎれにザクザク洗い、最大の中華鍋に放り込んで塩をぱらりと振って、コンロに火を入れる。そこに、酒をどばぁっっとぶっかけて、蓋を閉めて待つ!


「やっぱりバター焼きは無理だったか」


 笑いを含んだ声が、茶の間から投げられる。


「うっさいわっ。小粒だって教えとけよ」

「俺はどっちでもいいし」

「うーっ。剥き身だったらアヒージョにしたんだけどなぁ」

「まあ、半分は店に出せ」


 胡坐をかいて卓袱台に肘をついて薄笑う中井の提案に、鼻を鳴らして背を向ける。

 どーも今夜は酒なしらしく、持ち込んだのはホタテだけだった。

 酒気で蒸されたホタテの半分をステンレス・バットに並べて冷まし、残りは中華鍋のままで卓袱台に運ぶと、すぐに手が伸びてきた。

 そして、殻入れのボウルと梅酒のお湯割りも並べる。


「今年の梅酒だ。味見程度しか出さないけど飲め」


 ホタテを喰らって頷くだけの中井に、湯気の立つグラスを渡す。俺の分は、飯前だから薄く。

 向かいに座って、そこからは黙々とホタテにかぶりつく。貝殻の片方で貝柱を外して口にポイッ。

 溜まった汁は、ほんのりとした塩味と酒の風味が混じる濃厚な旨味。食い続けながら、もうちょいデカかったらなーと贅沢な本音を内心でほざく。


「旨かった。サンキューな」

「親父に言ってくれ。俺は運んだだけだし」

「いつも貰ってばかりで悪いな」

「それはこっちも同じだろ。俺もチョリも、なんだかなんだと食わせてもらってるから」


 中華鍋と殻の山を始末し、そこからはのんびりと梅酒だ。

 中井はお湯割りを飲み干すと、次はストレートで。俺は温くなった一杯目をちびちびと啜る。


「んで?」


 俺から話を振ると、きまり悪げに中井は目を細くして俯いた。


「チョリがゴメンだってさ。俺も調子に乗りすぎたし、冷やかし過ぎた」

「……なんか、最近やたらと野々宮さんに謝られまくってる気がする」

「俺もあいつもさ、独りで暮らす了が心配なんだ。なんかなー。異世界組が帰って、マグが消えてからのお前さ、時どき妙に寂しそうだったし」

「……そうか?」

「ああ。丁度、ばーちゃんが亡くなった時みたいな感じ。だから、彼女がいればいいのにな、と」


 レイモンドたちを見送った直後の、あのどんよりとした寂しさを思い出す。いつもの空間が、妙に広く感じて。

 あの時、思った。ああ、ばーちゃんがいなくなった時みてぇだな、と確かに思った。


「でもな、彼女ができたからって……」

「なぁ。了としては、しばらく作るつもりがないのか?」

「いや……、ちょっと考えちまって。もし、彼女ができたとして、だ」

「おう」

「異世界交流に関して、ずっと秘密にしておかないとダメだな、とか」

「ああ!? なんでだよ」

「……教えたくねぇんだ。どーせ見えない世界だし」


 見えない世界の存在証明は、まるで悪魔の証明に似ている。

 レイモンドの依頼に応えて、シャーリエ嬢に証明してみせることになったが、その方法だって疑い深い人間なら難癖をつけて否定するだろう。

 なにせ、あっちでは魔法っつー厄介な現象を起こせる人たちがいるし、こっちは科学や手品なんつーもんがある。結局のところ、実体と接触させない限り証明は無理なんだ。

 もしかしたら、それすらも「芝居」扱いされてもおかしくない。

 だから、俺はシャーリエ嬢を例に挙げて、教えなくてもいいことを教えて、わざわざ問題を起こす必要はないだろう、と告げた。


「なるほどな」

「で、そこまで考えても、俺の中ではまだ決着がつかねぇ」

「秘密にしておくんだろ?」

「うん。でもなー、いつまで? とか秘密にしておけるんか? とか」

「ああ、確かにな。根が正直者のお前が、こそこそしてたら簡単にバレそうだ」


 喉の奥でクツクツ笑う中井をひと睨みして、でも否定できない。


「彼女ができれば、そこで選択肢がふたつになる。今夜はどっちと会おうか、とかな。どっちにしろ強制じゃないんだし、その時の俺の気分でい決めりゃいいかと思ったんだけどさ……」

「付き合いはじめなら、彼女を優先するのが基本だろうよ」

「だよなー。んで、段々と異世界から遠のいていくんだ……」

「おいおい。それって考えすぎじゃね!?」


 うあー。そー指摘されると思ってた。

 自分でも解ってんだ。なんか神経質過ぎやしねぇかって。だから、結果を出せない内は、誰にも漏らさずにいようと。


「でもなー。どっちも側に置いておきたいんだよ」

「馬鹿か! なぁ、お前に恋人ができて、異世界交流がすこしの間疎かになったとする。それで、レイモンドさんやフィヴちゃんたちが、それを不満に思ったり、忘れちまったりすると思うか!? あの時、見ただろ! 子持ちになってたレイモンドさんは、お前の名を呼んで飛び込んできただろうが!?」

「あ……」

「俺やチョリが想うように、異世界の友人たちも想ってくれてると思うぜ?」


 中井の言葉に、可愛い天使と父親の映像が蘇った。

 束の間だったが、父親は俺の名を呼んで近づいてきた。驚きと興奮に緑の瞳を輝かせて。

 ふっと自嘲した。

 

「……まだ見ぬ彼女もレイたちも信用してないのは、俺のほうだったんだなぁ……」

「マジもんのアホだな。そんな余計な心配する前に、付き合ってくれる女がいるのか心配しろ。悩むのは、その後だ。バカ」

「うぐっ」



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