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俺の中の憂鬱

 なぜか小ぶりな金属の容器が七つ。中には、綺麗で薄い紙が敷かれている。

 装飾のない足の長いグラスで、おまけに小さな蓋までついている。どー見ても、よく手入れされた食前酒用の銀製の盃だ。

 こんな貴重な器をタッパ代わりに使っていいのか?


「これに頼む」

「おっ、おう!」


 ちょいビビりながら、ひとつずつ差し出される盃の紙の上に、耳かき二杯ほどのスパイスを分ける。保存容器代わりになってしまった銀食器に、レイモンドは名称を書いた紙を無造作に貼りつけはじめた。

 あぁー、銀の盃がぁぁ。

 見覚えのある異世界の文字が書かれた名札。なんて書いてあるんだろ。

 俺が「胡椒」と言っても、翻訳されて伝わっているから発音は違うはず。

 アルファベットでも漢字でも象形文字でも――地球に存在する(俺が知ってる内の)文字とはまったく違う形状。ウチでメモ書きしてたのを覗いた時にも感じたが、植物の蔓みたいで文字だと思えなかった。

 作業を終えたレイモンドが顔を上げ、真剣な眼差して俺を見る。


「……こちらに持ち込めたということは、こちらに在るんだな?」

「そーゆーこった。頑張って探せや」

「見つかっても、金額を聞いたら卒倒しそうだ」

「種を探し出して、栽培してみるって手もあるぞ。……気候が合えば、だけどな。それと、このままにしておくと、香りが消えるから気をつけろ」

「やはり、密閉容器が必要か……」

「あとでな、カレールウの作り方を書いたメモを届ける。……ただし、兄貴たちには渡すなよ?」

「ありがたい。これは僕の宝だ。母以外には見せない」


 レイモンドの机にずらっと並んだ銀の器。大雑把な装飾をされて。

 互いに顔を見合わせて、ただ笑う。苦い笑い。

 いつか、曇りない笑顔を向け合いたいもんだ。


◇◆◇


 LINEの新着音が、鳴っては間を置き、また鳴り続く。だが、俺はポケットからスマホを出すことなく、閉店作業を開始した。

 わかってんだ。相手は中井と野々宮さんだ。メッセージの内容も見当がつく。絶対に冷やかしだ。

 誰が既読をつけてやるかってんだ。

 立川が帰った後、バカップルに「フラグが立ったじゃん」とニヤニヤされまくった。またこのパターンかと呆れたが、言い返したりするともっとヒートアップする笑い上戸の恋愛脳たちは、完全に無視することにしたのだ。

 う~~ん。

 イレギュラー感ありありな立川たちとの再会を、フラグが立ったと表現していいのかどーか。

 焼き鳥屋から自宅に送り届けたのは、地元の友人たちを送りがてらでしかねぇし、そこに下心は微塵も混じってなかったと断言できる。

 第一、あれほど爆笑されてイジられちまって、男心をくすぐられた~なんつーことがあるわけねぇじゃん。ただ、素面に戻った翌日に、礼と詫びに来てくれたって点は評価するけどな。


「だからってなぁ……」

「店長、どうしたんですか? 営業開始からずっと、変ですよ?」


 俺の独り言に、大野さんが困った様子で訊いてきた。

 

「ああ、ごめん。ちょっとね」

「珍しいですね。いつも仕事中は私情を持ち込まない! って態度バリバリなのに」

「そんなに顔に出てるか?」

「顔どころか、声に出してましたけど?」

「うーっ」


 返す言葉がない俺は、唸りながら閉店作業を進める。

 脳内会議だけのつもりでいたが、どーも所々で独り言を垂れ流してたらしい。かと言って、これ以上は情けない話を広めたくねぇし、後輩バイトに恋愛未満な相談をする気なし。

 と、すでに耳慣れした車のエンジン音が近づいてくると、駐車場に入ってきた。

 俺は作業の手を止めずに、店舗内で片付けをしていた大野さんに声をかけた。


「お迎えが来たから、あがっていいよー」

「え? でも、また終わって――」

「いいって。待たせちゃ悪いし、マンション住人の来客じゃないのに駐車場をさ」

「はーい。では、お先に失礼しまーす」

「おう。お疲れ様」


 いつもならちょいウザだった大野さんの彼氏のお迎えも、今日はいいタイミングでの出現だ。

 大野さんは執拗に詮索するタイプじゃないが、浮上しきれない俺がそばにいれば気にし続けるだろう。あと数分とはいえ、気掛かりなしに帰ってほしい。

 畳んだエプロンを片手に持った大野さんは、俺のぺこっとお辞儀をすると車に乗り込んでいった。相変わらず、スモークガラスの向こうは見えず。

 帰宅時間帯に入って混み出した幹線道路に、重低音を残して高級車は消えていった。


「明日までには吹っ切って……って、なんでここまで苦労してんだ?」


 口に出してみて判ることがある。

 何でもない。意識してない。フラグじゃない。

 そんなふうに否定しておきながら、俺はいまだにウダウダ独り言で言い訳をしている現実。

 いつもの俺なら、頭の隅にでも蹴り込んで、そんなことがあったなーって程度まで忘れてしまえるはずなのにな。

 のろのろと最後の点検をしてキッチンカーに乗り込み、薄暗くなってきた空を見上げてローテーションに戻る。

 また、LINEの着信音が鳴った。

 今度は一度だけ。

 いつもの仕入れ先に寄って、不足品の買い足しと残り物処分をすませ、空になったフードパンと半寸胴を車の後部にしまう。

 そして、おまけに貰った缶コーヒーで一息ついてから、諦めの境地でスマホを手に取った。


『今夜は俺だけで行く。手土産は生のホタテだ』


 あーりゃりゃ。LINE無視で俺の機嫌を察したのか、中井が単独で来るらしい。機嫌うかがいか説教か。

 溜息をひとつ、アスファルトの上に落として運転席に乗り込んだ。

 どーしよーかなー。もーすこしだけ、独りにしておいてほしいよーな、ほしくないよーな。

 しかし、ホタテか。


『バター焼きならOKだ』


 酒蒸しもいいが、今夜はバター焼きの気分だな。醤油をちょろっと零して、ほかほか飯と一緒に食う!


『りょーかい!』


 文字からでも感じる不満が、次に届いた舌打ちするヤサグレ猫のスタンプであからさまになった。

 ざまーっ!


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