何かに似て、非なる料理
案の定、レイモンドにも笑われてしまった。もう慣れたけどな。
それよりも、文化や習慣の違う世界の人間に、こちらの事情を説明する方が大変だった。
なまじ、短い間だったけど日本で生活しながら、あれもこれも見て聞いて読み漁っていたレイモンドだけに、すんなり理解する部分もあったり、なかったり。
同級会のはずがマルチ商法の営業だったと話した時、レイモンドは真顔で首を傾げた。あ、ちょっとだけ眉間に縦皺が寄ってる。
「それは、法に触れるのか?」
「いや。それ自体は、圧迫営業やら無理強いしなけりゃ法に抵触しないんだけどさ、内容がなぁ」
多数の知り合いに商品を紹介して、販売するのは構わない。
問題が多いのは、その後の仕組み。俗に言う、マルチ商法って厄介なやつ。あるいは、ネズミ講か。
相手は法に触れないぎりぎりで攻めてきて、気づけば借金まみれになったり、友達や肉親親族から縁を切られたりと……。
「なるほど。こちらにも金貸し業はある。兄たちから聞いた話だが、悪徳商会などと組んで詐欺を働く者もいるらしい。どこの世界にも、金のためなら頭がよく回る悪党は多いようだ」
商会を営んでるジョアンさんたちなら、俺以上に身近な問題だろうさ。悪事に手を染めてまでの金の亡者になるってのは、浅ましいもんだよな。
窓枠に頬杖をついて溜息を吐く。
「人間の業なんかもなー。ところで、そのお兄さん方は元気にやってるか?」
「ああ。ジョアン兄は母にこっぴどく叱られて、今はコロッケの屋台を広げている。エリック兄は結婚の準備で―ーそう言えば、エリック兄がトールに頼みがあると言っていたんだが、聞いてくれるか?」
「え? な、何? 頼まれたからって、できることとできねぇことがあるぞ」
俺の返答が、微妙に警戒心を含んでいることに気づいてか、レイモンドの整った眉がへなりと下がった。
お互い、別々の立場でトラウマになってるからな。
「そのーだな。もう一度、シャーリエ嬢と会って欲しいのだそうだ」
「はぁぁぁ!?」
「ああ、勘違いしないでくれ。もうあんな状況にはしない。とにかく、トールにきちんと会って謝罪したいのだと」
「でも、俺を見ることはできないんじゃ……」
エリックさんが謝罪をってんなら解る。彼には俺が見えるんだから。
しかし、あの狂暴なお嬢様には見えないんだって、あの時に証明したはずだ。
「エリック兄が、膝を詰めてじっくり説明したらしく、シャーリエ嬢も半信半疑ながら再度対面したい、と。それでだ。ナカイたちと最初に会った時の方法を試してみたい」
「……最初に?」
「ドラゴンの肉を食べる直前の、だ」
「ああ! あれな」
レイモンドに言われて思い出した。そうだ。そうだった。
中井たちに異世界と繋がっている証拠を見せるため、何も持たない状態で窓から上半身を向こうに出し、何かを受け取って戻るってことを試したんだった。
それがドラゴンのステーキだったのは、俺自身もブッたまげたが。
あの方法の逆をやるってことか。
「俺が、いつも通りに何かを渡せばいいってことか」
「そうだ。まさか、トールから受け取った料理まで見えないということは……ないだろう」
「ない……よな?」
「わからん……」
イイ案だと納得したまではいいが、果たしてシャーリエ嬢には見えるのか。
何しろ、今までに俺の料理を食ったのは、全員がレイモンドやフィヴの血縁者ばかりだった。
「俺の料理を家族以外に出したことは?」
「ない。あまりにも珍しすぎて、他人に出すのは避けてきた」
「だよなー」
「それにな。トールたちが提供してくれる品は、僕や兄たちにとっては商売の秘密情報にあたるんだ。気楽に他者の前には出せないものだ」
「あー……、なるほどね。まあ、予定が決まったら教えてくれ」
「すまん。感謝する。それと、もうひとつ頼みがある。すこし待っていてくれ」
「お?」
俺の返事を待たずに、レイモンドは椅子から立つと部屋を出ていった。
何事かと、またもや身構えて待つ。
だってさー、レイモンドが部屋を出てって戻ってくると、あのご長男様がもれなくついてくるんだぜ。怖くはねぇけどさー、今度はどんなクレームを入れられるかと思うと、マジウザい。
待つこと五分ほど。
階段をゆっくり上がっているらしい足音と共に、わずかに開いていた扉の隙間から『匂い』が漂ってきた。
「あれ? この香り……」
嗅ぎ慣れた香辛料の香りが入り混じって『匂い』になってる。
鼻をひくつかせて微かな匂いを拾っていると、レイモンドが器を手に神妙な様子で部屋に入ってきた。
匂いが強くなる。
「これっ!」
「わかるか?」
「カレー……に近い?」
「味見してほしい」
そっと出された器の中に視線を落とすと、そこにはなんとも言えない茶色のスープが。
確かにこれは香辛料の香りだ。けど、近くで嗅ぐとカレーからは遠く感じる。
いくつかの香辛料が混ざってるのに、胡椒だけが強くて他はアクセントにすらなってない。
そんで、味は――。
「うーん……」
「どうだ?」
木匙ですくって、すこしだけ舌にのせてみた。
「胡椒とパプリカ……ガーリックとジンジャーか? んで、小麦粉と一緒に炒めてないだろう?」
「小麦粉と一緒に?」
俺は強く頷く。
ここにカレー粉やルウがあれば小麦粉はいらないだろうし、カレー風味のスープってんなら野菜でとろみをつけるだけでもいいだろう。
しかし、レイモンドが求めてるカレーは、俺が食わせたカレーライス。
「あとは、クミン、ナツメグ、クローブに、黄色い色はターメリック、サフランあたりだな」
俺はすこしだけ窓から離れて、キッチンカーに常備しているスパイスラックを持ってきた。有名メーカーの小さな瓶に入ったスパイスが、ずらーっと並んで木製のホルダーに納まっている。
それを、ひとつずつ持ちながら、窓を通してみる。
「おお! 通った……。レイ、すこしだけ分けてやるから、ちいせぇ器か紙をいくつか持ってこい!」
同じ香辛料が、レイモンドの世界にもあるらしい。
フィヴの世界よりも、俺の世界に近い構造(魔法の有無は脇に置いて)だからか?
緑の瞳をギラリと輝かせたレイモンドは、何も言わずにすぐに部屋を飛び出していった。
ところで、あいつは国軍の兵隊さんじゃなっかったっけ?