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噂につくのは尾ひれだけじゃない

 どーゆーこった!? 

 俺が主夫?

 どこから、そんな発想(うわさ)が出てきたんだ!?


「いったい、なんで俺が専業主夫……」

「え? 違うの?」


 テーブル組の野郎どもは、もう腹を抱えて大爆笑中だ。

 三人の男が狭い席で、体をよじってヒーヒー言いながら笑ってるんで、工藤は困惑顔でグラスを手にすると立ち上がり、立川のそばに避難してきている。


「違うも何も、俺はまだ結婚してねーし!」

「結婚どころか、彼女も――あっ、そー言えば可愛い彼女と一緒に仕事してるとか、聞いた記憶が」


 工藤に隣から逃げられた松野が、滲んだ笑い涙を拭きながら、横から茶々を入れてきた。


「ちーがう! 彼女は俺の後輩で研修バイトに入ってるの! もーすぐ終了だから、また個人営業に戻る」

「バイト?」


 今度は、立川も首を傾げて俺を見る。

 やめてくれー。

 きっちり化粧した女性が至近距離で、戸惑った様子で首を傾げる仕草ってのは、ちょっとクル。並みの男なら、グラッとくるってもんだ。

 そーです。並みの男の俺たちには、目の――。

 ドキドキしてる俺の前で、立川は豪快にぼんじりに齧りついて、ジョッキを呷る。


「ぷはーっ。で? 透瀬、バイトって?」

「あ、ああ……。俺な、移動式の総菜屋やってんだよ。だから、無職じゃねぇし、主夫でもねぇんだが……。どーして専業主夫とか」

「へえー、総菜屋さん! 移動式って屋台かなんか?」


 ドンとジョッキをカウンターに置いた立川は、肩にかかった長い髪を頭の一振りで払うと目を丸くした。その横で、こっそりスツールに腰かけた工藤が、皿の脇に解したねぎまを串で突いて食べている。

 そのきれいな服にタレを零すなよーと、余計なことをちらっと思う。


「んにゃ。キッチンカー。昼時と午後の二回、巡回営業してんの」

「それだわっ。それそれっ!」


 当たりを引いたって感じで嬉しそうに手を叩いた立川は、するっとスツールを降りるとテーブル席に移ると、全員の顔をぐるっと見渡してニンマリと笑った。


「はぁ? それって?」

「なーんかね、早い時間から透瀬がいろんなお店で買い物してるのを見たって人が……誰だったかなぁ……がいてさ、お弁当屋さんでバイトしてたから――」


 はぁーっ。

 どうも立川は、同級会会場でもそれなりにアルコールを仕込んでたみたいで、話の先があちこちと飛ぶ。横から工藤が口添えするけど、それでも理解しにくいことこの上ない。

 つまり、端的に纏めると、だ。

 俺が早朝から仕入れに駆けずりまわっているのを、複数の元クラスメイトが見かけたらしい。卸しや問屋だけじゃなく、一般客相手の食材品店にも出入りしてるし、その時にでも見かけたんだろう。

 それもあって、弁当屋にでも就職して仕入れ作業を任されてるのかとか、独立して自分の店でも持ったのかと、それぞれが推測してた。

 ところが、弁当屋は何年も前に火災で閉店してるし、ならば俺が店を持ったのかと思っていたが、それらしい噂は入ってこない。なのに、当の俺は相変わらずデカい車で買い物に来ている。

 

「それで、もしかしたらお店を営業してるんじゃなくて、結婚してて大家族の主夫してるんじゃないかって」

「……」


 また爆笑が始まった。

 安物のテーブルが震動して、皿やジョッキがガタガタと不穏な雑音を上げてる。

 俺は、明後日の方向に飛んでいってる噂の恐ろしさに、カウンターに突っ伏すしかなかった。

 大家族の主夫してると勘違いされてるなんて、フラグが立つどころの話じゃねぇ!!

 ちくしょう!


◇◆◇


 ここでも大笑いが巻き起こっている。

 呼吸困難になりながら、畳の上でのたうち回ってるのは、言わずと知れた中井&野々宮カップルだ。


「お前らな……」

「だっ、だって……ハァハァ……マルチに誘い込まれるわ、フラグどころか大家族の主夫って……あ、だめだっ」


 話すこともできずに笑いっぱなしの野々宮さんを恨めしく睨み、クールな中井君の苦しげなマジ笑いに、座布団をぶつける。


「マジごめんっ!」


 そんな俺を気の毒そうに見て、両手を合わせて詫びているのは立川だ。

 なりゆきで始まった二次会は、焼き鳥屋のオッサンや客まで爆笑の渦に巻き込んだ末、大いに盛り上がり酔っぱらいを量産して終了した。

 その後は、予定通りに俺が車と運転を任され、地元の友人たちを自宅に届け、予定外の立川と工藤を三駅先の町まで送ったのだった。

 そして、日曜の本日午後、二日酔いの欠片も見せずに菓子折りを持って現れた。

 昨夜のお詫びと、送ってくれたお礼だと言って。

 詫びに来たのに、また詫びなければならん状況を作り出す彼女に、俺は何とも返せないでいる。


「ほんと、マジで申し訳ないっ」

「……悪いと思ってるなら、他の奴に会った時にでも、噂を訂正しておいてくれ」

「それは任せて。かならず訂正しておくから。それと、あたし、十一月一日からこっちの支店勤務になるから、お昼を買いに行かせてもらいますっ」


 ちろっと横目で見た立川は、やっぱり手を合わせながら、満面の笑みを浮かべて何度も頷いていた。


「お? 顧客をゲットじゃ~ん」


 笑いの発作から立ち直った野々宮さんが、涙を拭きふきヤジる。中井は、力尽きて伸びてるが。


「ありがたいけどさ、来れるんか?」

「近いよ。透瀬が営業してるビルの二件隣です。新店舗開店なんで、もしよろしかったらお寄りください」


 どこから出したんだと驚くほどの速さで、名刺が俺や中井たちに差し出された。


「へえ~。旅行代理店かぁ」

「どこへでもご案内しますので、よろしくお願いします!」

「どこへでも……ねぇ」


 いつの間にか営業されていた俺は、ニヤリと笑って中井たちに目をやった。


「お前ら、新婚旅行の時は頼んでやれ」


 寝そべったままの中井がブッと噴き出し、野々宮さんが俺に負けず劣らずなあくどい笑顔で答えた。


「そーだねー。どこへでも、って言うなら、行ってみたいな猫耳美人ちゃんがいる異世界に!」


 今度は、俺が口に含みかけたコーヒーを噴き出した。

   

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