同級会は、拾うべきフラグか
高校時代の同級生だった吉野から、一通のメールが届いた。
キッチンカーの窓修理の頃、中井の助言もあって『デリ・ジョイ』名義でTwitterを始めた。呟く内容は、新メニュー紹介や定休日、臨時休業日の案内ばかりで、俺個人の情報はなし。
そんな、宣伝用アカウントのDMに、ぽつんと送られてきた。
あれ? なんで知ってるんだ? と、思いながらメールを開いてみれば、『デリ・ジョイ』の常連OLさんからの情報だと書いてある。
どこで繋がってるのか、世の中は思いのほか狭い。
俺の母校は、昨今の個人情報保護の風潮に則って、配布された卒業名簿は、氏名とメールアドレスの記載だけだった。必要があって住所や電話番号が知りたい場合は、母校に問い合わせしないとならない。
面倒だが、昨今の情勢下では保護も過剰にしないとならないんだろう。
二十歳を過ぎて数年。大学や専学ならともかく、高校卒業から数えてもすぐに答えが出てこない。
そんな長い月日が過ぎれば、高校時代に使ってたメルアドを変更した奴は多いだろう。それこそ、ガラケーからスマホ、旧機種から新機種へと変えるたびにアドレス帳を整理するとか――な?
かく言う俺も、そのひとりだ。
メールを読みながら、懐かしい面々の顔が蘇る。
しかーし、ほとんどが十代の頃の顔。
出席するかどうか。早めに返信をと添えられていた。
さあ、どうすっかねぇ。
「ドウキュウカイ? とはなんだ?」
レイモンドが目をぱちくりさせて、訊いてくる。
お。『ドウキュウカイ』だけが、妙な発音で返ってきたぞ。こりゃ、翻訳しようにも、レイモンドの世界にはない単語らしい。
「学生時代に同じ部屋で学んだ仲間を集めて、親睦を深める会だな」
「ああ、学び舎の同期だった仲間か!」
「そそ。男女共学だったから、野郎どもはともかく、女子とは久しぶりに会うんだよなー」
レイモンドの世界にも学校はある。十歳から入学する学校は、すでに道が分かれているんだとか。
ひとつは、貴族や裕福な家庭の子弟が通う学習院。基本的な教養を学びながら、マナーや社交を練習する場らしい。
もうひとつは、脳筋への道! 士官学校やら練兵学校だ。こちらは、言わずと知れた国軍兵士になるための専門教育の場だな。
そんで、レイモンドは練兵学校上がりの士官学校卒業だとか。
「仕官にならんで、下っ端兵士?」
「いや、士官学校を出ても、最初の五年は現場で下っ端開始だ」
「おーっ、まっとうじゃん」
「王子すらも下っ端からだからな」
「そーゆー国家は、強い!」
「発展した世界の中でも平和国家に住むトールが、何を言っているのやら……」
戦いが身近にある世界は、つい数か月前に覗かせてもらった。
国家間や暴動などの対人だけじゃなく、ドラゴンのような巨大なモンスターを頂点とした、狂暴かつ大迷惑な魔獣とかいうやつとの戦いが日常だって世界だ。
熊や鹿なんかの害獣駆除ですら大変な俺らの世界とは、まるで違う苦労をしてるんだろう。
「レイのとこは、そんな親睦会はねぇの?」
「ないな。学習院卒業生は、その後に社交界デビューがあるし、僕らは持ち上がりのように軍入りだ。隣りを見れば同期がそのままいる」
「なーるほどな」
「それにな……練兵学校や士官学校には女性は入らんからな!」
「お……」
そーだよな。そんな世界なんだよな。わりぃ、わりぃ。うはははっ。
エリックさんの場合は、例外中の例外なんだろーし、身分差を乗り越えてってのは大変なんだろうな。
「まあ、トールもそろそろ料理だけではなく、身を固める準備をするのもいいのじゃないか?」
「準備って……ん~~。俺が良くても相手がなぁ……」
心のどこかで、学生時代の失恋がトラウマってる。
俺自身のことじゃなく、仕事や自営自体を理由にされるんじゃないかと。
「無理だと諦めてしまえば、そこで終わりだ。すこしずつでもいい。手探りで進むことも大事だぞ」
「言ってくれるねぇ」
「言うさ。僕は、それをトールとの出会いで体験したんだから」
俺を真っ向から見返して、恥ずかしげもなく告げるレイモンドに、もうこれ以上は何も言えなくなった。
感心を通り越して、いっそ天晴と思う。
あくまで同級会だ。フラグが立つか立たないかは、わからない。
でも、立ったフラグはかならず手に取ろう。相手から、おもっくそへし折られるかもしれないけどな。
「つかさ。俺はドウキュウカイの話をしてたんであって、恋人ができる機会だとかってな方向には持ってってないはず、なんだけどー?」
「女性とは久しぶりに、などと言ってたじゃないか。ドウキュウカイの説明ならば、そこまで言わなくてもいいと思うんだが?」
「うぐっ」
ぺろっと漏らしてしまった本音で察するとは。侮れん。
「そんなにダダ漏れだったか……?」
「所詮、僕らは一生女性に夢見る、男などというどうしようもない生き物なんだ。諦めろ」
「なら、どっちが先に恋人を作れるか。勝負だな」
「受けて立とう!」
拳を掲げて宣誓するノリのいいレイモンドに、俺は声を上げて笑った。
知ってるんだぞ。
あれが、マジでレイモンドの未来の姿なら、天使みたいな可愛い息子をくれた嫁さんが現れるってことを。