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寒い季節の到来

 俺からフィヴに渡す交換料理は、魚料理。

 魚はタチウオ。太刀のような形をした銀色のシュッと長い魚だ。

 出始めた秋の真サバを購入した際に、おまけに付けてくれた。量があれば店に出す一品にできただろうが、それほど大型でもなく身も細い上にこれ一本。だからおまけなんだろーけどね。

 そいつの一夜干しを胡麻みりん漬けと、薄味唐揚げにオーロラソースを付けた品を渡した。

 魚と聞いて両耳がピルピル震え、色違いの両目に歓喜が浮かぶ。

 タチウオの説明と二品のレシピを端的に説明している間、鼻も意識も紙袋の中に集中していて俺の話なんて聞いちゃいない。苦笑して話をしめると、まだ見ぬ英雄父さんと残念兄貴からの感想を頼んで別れた。

 お菓子好きでも、やっぱり魚料理に目がないらしい。フィヴは、うきうきと軽やかにスキップを踏みながら帰っていった。

 可愛い妹分の積極的な挑戦に軽く悔しさを覚えつつ、窓を閉じる。

 窓ガラス越しに見えるのは、ぼんやりと霞む半月。


「俺も……新たなメニューを考えなきゃな」


 月にかかる霞みに明日の天気を占い、明後日にでもレイモンドを訪ねようと決める。

 除菌クロスで窓付近をササッと掃除してキッチンカーを降り、勝手口から母屋に入りかけたところでスマホから着信メロディーが流れた。

 ディスプレイを見ると母からの電話だ。


「もしもし」

「あ、まだ起きてるの? あんた、朝早いんでしょ?」

「朝早い自営の息子に対して、こんな時間に電話してくる母親はどこの誰っすかねー」

「知らないわねぇ。ところで、沢庵いる?」

「いる! 三十くらい、かな?」

「沢庵漬けだけ?」

「沢庵とべったら漬けを半々に」


 あー、そんな時期かとあらためて季節の移り変わりを思う。

 田舎に引っ込んだ両親は、まだ現役ながら余暇を家庭菜園につぎこんでるんだが、近隣の農家さんたちに教えを請うたせいで年々規模が拡大中。今では、立派な兼業農家だ。

 キッチンカーを始めた頃は、弁当の脇に添える漬物は業者購入品だった。それが、母の「大根、作りすぎたー」の報告に「沢庵でも漬けてみれば?」と返したことで、その時から毎年大根を使った各種漬物作りが続いている。

 ありがたいと思う。

 原価ゼロの商品が手に入る上に、美味いと好評だ。

 化学調味料や着色料を使わない減塩でちょい甘味のある漬物は、ともすると単品で注文されたりする。


「あと、沢庵の注文を開始して。お一人三本までねー」

「……マジで漬物屋だな」


 息子がぼそりとこぼした呟きを拾った母は、豪快な笑い声を残して通話を切った。


「おやすみくらい言わせろよ……」


 スマホを片手で転がしながら、書類ラックから注文書のテンプレートを引っ張り出してプリンターに差し込んだ。

 大根の収穫は十一月初頭。そこから干して漬けてで、沢庵作りは一ヶ月から二ヶ月はかかる。食えるのは年明けか。

 大根ができたらポリポリ漬けでも作るかな。甘味醤油ダレにスティック状に刻んだ大根を漬けたヤツだ。

 頭に浮かんだ考えに、思わずにやりとする。

 それをレイモンドに食わせてみようか。顔に似合わずイケる口のレイモンドに、エールのアテにしろと渡してみようか。ソースや醤油の味を知っているレイモンドが、ポリポリ漬けをどう思うかなんて簡単に想像できる。

 俺はニヤニヤしながら風呂に入り、日付が変わった頃に眠りに落ちた。



 雨が二日続くと、めっきり寒さを感じる。

 俺が住むこの地方都市に雪が降るのはたまにしかないが、その『たまに』のためにチェーンや装備用の工具の準備は完璧にしておかないとならん。土間の隅に積んでおいた防水バッグの中を確認し、いつでも使えるように点検と整備してキッチンカーの後部下に積んである。


「そろそろおでんを始めようかな、と」

「あー、いいですねぇ。温かい商品が並ぶ季節ですもんね」


 大野さんがうっとりとした顔で返事をしながら、看板やミニカウンターを用意する。慣れたもので、狭い店内でも軽やかに動き回り、手際よく開店準備を進めてくれる

 学校帰りに原付スクーターで通ってくる彼女は、寒空の下でも元気だ。


「ところで……原チャリ通勤、寒くねぇ?」


 防水加工された紺色の分厚いブルゾンに黒いフルフェイスをかぶって、真っ黒な原付スクーターに乗ってくる。

 外見の印象とは正反対の無骨な装いとクールなスクーターに、はじめて見た時はちょい面食らったもんだ。


「う~ん……そうですかねぇ? もうすこし気温が下がったら車で送迎してもらおうかなーとは考えてるんですけど」


 車――それは、このキッチンカーを指しているわけじゃないことは間違いない。

 つまり、カレシが車で送迎って事情。


「あのさ。カレシさん、このバイトをOKしてくれてんの?」

「え? 当然ですよ。深夜バイトじゃないんですから~」

「や、そーゆーことじゃ……」


 男店長とふたりきりの職場は、ってことなんだが、午後の住宅街でほんの二時間あまりじゃ邪推やら嫉妬やらって話は無粋ってもんか。


「小さなお店を持ちたいっていう私の希望を知ってますし、そのためにバイトしてるのも理解してくれてますよ。店長が持たせてくれる総菜も、美味いって食べてますし」


 にこにこと無邪気な笑顔で応える彼女を見て、俺はうんうんと頷いた。

 それなら問題ないんだ。

 世の中、嫉妬深い男は多い。極度の心配性だったりしたら、どんな邪推をされるかたまったもんじゃないし、何もないのに恨みは買いたくない。


「それなら、気兼ねなくこき使えるな!」

「いやですよー!」


 冗談を言い合って店内の雰囲気を明るくし、朗らかな笑い声を「いらっしゃいませー」の挨拶に変える。

 大野さんが辞めた後、ひとりくらいはバイトを雇ってもいいかなーなんって思った。

 寂しくはないが、こんなふうに仕事をしながら会話して場を和ませ、気分良くお客を迎えられるのならと。

 ……いや、やっぱりどこかで寂しく思ってしまっているのかも。

 寒い季節が深まってきているから。


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