俺らの方向性
感想や誤字脱字の報告、そしてお見舞いのコメントありがとうございます。
無理せずやって行きたいと思っていますので、これからもお付き合いよろしくお願いします。
焼き芋の匂いが漂っていた。
最近は、ほとんどの食材が年中手に入るようになっているが、やっぱり旬の食材や食べ頃っつーのはある。南北に長い列島で四季がある島国だけに、昔から地域ごとにその土地を大切にしてきた人たちが発見し、研究し、失敗し、改良して積み上げてきた知識だ。
さつまいもを使った焼き芋となると、絶対に秋から冬だよな。
「これ、安納芋ですよね!?」
「おう。ねっとり甘々な安納紅芋だ」
ここは午後の営業時間間近のキッチンカーの中で、開店準備の合間にまだほんのり温かい焼き芋をバイトの大野さんに渡す。
仕入れに寄った八百屋の奥さんからの差し入れだ。今年初めて入荷した安納紅芋を店先で石焼き芋にして売り出していた。その内の小ぶりな二本を味見がてらと貰ったんだ。
「小さめのやつだけど、味見にっつー感じでの差し入れ」
「ウマー!」
「やっぱり焼き芋だよな」
焼き目のついた皮をめくると、とろりと蜂蜜色の実が湯気を立てた。見るからに今にも甘い蜜が垂れてきそうなねっとり感がある。
実際に頬張るとすっごく甘くて、口の中で溶ける。
「くーっ。うめぇなっ!」
これは大学芋や揚げスティックより、スイートポテトみたいな一口デザートに使うのがいいかも。
「さーて、開店だ」
手を洗って定番商品のセットを始める。プラの容器に紙カップ盛りのポテトサラダや春雨サラダを入れ、ミニオムレツか出汁巻き玉子、そして唐揚げを詰めて総菜セット。後は鯖や鮭の塩焼きや麹漬け焼きの切り身や酢豚、筑前煮と取り揃えている。
店内に充満してた焼き芋の甘い匂いは、すぐに揚げ物や炒め物たちの立てる匂いに消し去られた。
「本日のお勧めはきのこのキッシュときのこのハンバーグです」
「……デリ・ジョイってお弁当メインかと思ってたんですけど、こうしてみるとホントお総菜屋さんですよねぇ?」
「総菜屋であって、弁当はサブメニューみたいなもんかな」
お昼は企業さんが立ち並ぶメイン通りでの営業だから、やっぱり弁当みたいなセットじゃないと売れないし、午後は夕食を買い求める主婦や独身の男女が多いから、セットはセットでも食卓に上る総菜のセットや量り売りになる。
それに。
「弁当だけにすると汁物や汁気の多い物は面倒だし、総菜自体も種類を多く作れないしね」
メニューを増やすんじゃなく、季節や仕入れの内容で柔軟に新たなメニューを加えたい。
品質や量によっては、一週間限定メニューになったり一日限定販売だったり。
「店舗はともかく……一番重要なのは仕入れ先の選定ですよね……」
教えた定番セットを作る手を止めずに、大野さんは難しい顔で言う。
「仕入れ先選びは重要だけどさ、それを見つけて縁を作るのが大変なんだよ。品質がいいからって単価が高いんじゃ商売にならねぇし、イイ物作ってる業者だから良心的な相手とは限らない」
「見つけるの、大変ですよねぇ」
「おう。大変。俺はバイト先が弁当屋で業者とも顔馴染みだったからな。店長が店を畳む時、俺がキッチンカーを始めるって言ったら縁繋ぎに助力してくれたしな。マジでありがたかったよ」
開店前や帰宅の際に仕入れのため業者回りをするが、大野さんを連れていったりはしてない。彼女の生活圏と離れている上に、わざわざライバルに手を貸すつもりはない。
弁当屋『愛彩』が火災に遭わずに続いていたとしたら、きっと店長はすべての業者を俺に紹介したり、一緒に挨拶回りをしてくれたりしなかっただろう。店の裏で会ってる相手だ。契約できるかは自ら動いて努力しろ。で、終わりだっただろう。
まあ、何もなかったら俺は『愛彩』の正社員になってただろうけどさ。
「いらっしゃいませー! 本日は――」
「後輩ちゃん、頑張ってるわね~」
「はい! 実地修業できるって貴重なんで」
イケメン留学生の次はカワイイ彼女か! と、常連さんや一部のサラリーマンたちには冷やかされた。慌てて専学の後輩の修業バイトですと訂正すると、その挙動を笑われた。
その横で、ニコニコ愛想良い笑顔を浮かべながら、大野さんは照れも見せずに「カレシ持ちです。店長につく悪い虫じゃないんで、よろしくお願いします」とけん制したのは参った。
優しげな雰囲気なんだが、一本通った芯は訂正して締める瞬間を間違えない。生意気そうな台詞は、口調と表情で悪気なく受け取ってもらえたようだ。
「店長さんも早く彼女を作りなさいよー?」
「店のほうが大事なんで、まだ無理っす!」
俺のいつもの返しに、お子さんのお迎え帰りの奥様たちはケラケラ笑い声を立てながら袋一杯の商品を受け取っていく。
売れ残りをまとめて容器に入れて業者回りの際に差し入れし、空になった寸胴に水を溜めているうちに、頼まれていた総菜を近所に届けて一日の仕事を終える。
生温かった水が冷たく感じ始める季節。
裏口から台所に繋がるセメント敷の土間で大物の洗い物や車内の清掃をしつつ、お茶の間で寛ぐ休日デート帰りのバカップルに声を張る。
「ってことで、大野さんはカレシ持ちだ」
「透瀬はホントに縁がないよねぇ~」
「うっさい!」
「了目当ての女は、ことごとく食材に負け続けだな」
「ことごとくと言えるほど見てないけどぉ~?」
金タワシで寸胴やフードパンを磨きながら、表面に映る自分の顔に視線を落とす。
「……俺目当ての女の子……」
「精神的余裕ができないうちは、透瀬の性格じゃ無理かもね~ぇ?」
「了は、それなりの視線向けられてても気づかねぇからな」
「え? ええ!?」
洗浄した寸胴を手に、俺はヤツラの言い分に呆然とした。
俺の精神と心眼は、まだお子ちゃまらしい。