夢と現実
今年もさらに良い一年にしてゆきましょう。
お待たせしました。年末からおかしな内耳の病気に罹り、寝込んでました(涙)
小康状態に落ち着いたので、再開します。
初めて訪れた国の、見慣れない町並みに自分を置くのは、とっても新鮮に感じて興奮を誘い――でも、ちょっと怖い。
有翼種の外見は、トールやレイのような姿の背中にさまざまな種類の翼がついているだけで、体毛が羽毛だったり嘴があったりもしない。それに、私たちのように獣化したりはしない。これで鳥類や昆虫類とは違うんだと気づく。
トールの世界で見た、とある神様の遣いだっていう『天使』に近い。
まぁね、この世界のすべての種は神様の一部からできたと伝えられているんだから、私たちも『天使』なんだって言えるかもね。
自分たち以外の種族が行き交う通りの端に立ち、知人から貰った地図を間にフィルダーと額を突き合わせてあーでもないこーでもないと確認する。
「……真っ直ぐ行って、ここ……紅いパレディ像のあるお店」
パレディっていうのは、有翼種の小さな種族のこと。愛らしい姿に似合わず苛烈で血気盛んな人たちなんだとか。でも、平時は陽気で楽しい人たちとか。
フィルダーと見合って無言で頷き合うと、いろんな羽根を持つ『天使達』の間を縫って、目的のお店を目指して黙々と足を進めた。
紹介されたお店は、なんとたくさんの食材を扱う大きなお店だった。
店先から溢れだした箱や袋が出入口を塞いで、店員に声をかけるだけでも大変だった。どうにかこうにか店主を呼び出してもらい、馴染みの商人から渡された信用状を渡した。
それを読んだパレディ族のおじさんは、満面に笑顔を浮かべて歓迎してくれた。
「獣種も甘い菓子を食べるんだなぁ」
「キツイ香料や香辛料を使っていないお菓子なら人気ですよ」
胸のあたりまでしかない背丈の店主を相手に、フィルダーが獣種の生活や日常を話題にして雑談を始める。愛想よく受けながら店主は手際よく動いていた。
「メル粉とトント樹液……あとは乳油の実かぁ」
バターに似た食材というのは、乳油の実と呼ばれる拳ふたつくらいの実で、真ん中に家畜の乳に似た白い果汁を湛え、そのまわりをバターみたいな感じの果肉が覆っている。それを練って花の蜜や樹液を加えて甘い飴を作ったり、畜産の乳を混ぜてバターに似た油の塊を作るんだそう。
商人から聞いてはいたけど、まだ現物を見て味を確かめたりしていない。
私が求めている物の一覧を見た店主は苦い顔をして、ため息混じりに呟いた。
「……もしかして、品切れですか?」
「先の戦争が原因でねぇ。作るのも手間と時間がかかる物だから、戦争が終わったからといってすぐに入荷ってわけにはいかないんだよ」
「はぁ……どうしよう。何か、同じような材料は……」
「お菓子の材料なら家畜の乳を加工した品があるよ。ただ、乳油の実ほど濃厚じゃないんだがね」
「今回はそれを! 入荷するとなるといつ頃になりますか!?」
ひとまずホッと胸を撫でおろし、乳の加工品を購入して乳油の実を予約した。骨折り損で終わらずにすみ、一安心。
「他に何か入用は?」
「はい。あのー、それとメル粉の生地を膨らませたりする材料ってありますか?」
一覧の品を揃え終えた店主は、しっかり私を見て問いかけてきた。
私はここぞとばかりに拙い説明を駆使して情報を求める。店主はうんうんと頷きながら奥に消え、大きな声だけが戻ってくる。
「あるにはあるが、今は品切れだな。泡水という商品なんだが、険しい山奥の岩の間から湧く貴重な水でね。絶えず泡が湧いている変わった品なんだよ」
「あ……」
「おや? 知ってるのかい?」
「え、い、いいえ。なんとなく聞いた覚えがあって……」
「そうかい」
「次に入荷するのは?」
「なにしろ山の民の気分次第だから、はっきりいつ入るとは断言できんのだよ。それにな、日持ちしないのがなぁ」
「――どれくらい?」
「封を開けたら三日しかもたん。その封も完全じゃないからなぁ」
やっぱりタンサンだ! あのシュワシュワするジュースの中に入っている何かが、お菓子の生地をふんわりさせてくれるって書いてあったはず。
あのシュワシュワが水の中から抜けちゃうとタンサン水じゃなくなるんだそーだ。
「乳油の実が入荷した時に入ってたら、それも取っておいてください!」
「気合が入ってるね。僕らと違う種族の人だけど、同じ味を求めて探求する人はみーんな仲間だ。いろいろと困難にぶつかるだろうけど、望みが叶うことを祈ってるよ」
「ありがとうございます!」
拳を振り上げて気合を見せる私に、フィルダーは馬鹿笑いし、店主のおじさんはニコニコと見上げていた。
バターの類似品は見つかったけど、使えるのはまだ先で間に合わない。先に手に入った畜産種の乳からできた材料を使ってみるしかないみたいだ。
ちょっぴり気落ちする結果になったけど、知識や新たな材料のあてができたのは素直に嬉しい。
「……今はこれで頑張ろう」
「ん? どうした?」
「世の中って、私が思ってた以上に広いんだなーって」
「俺はフィブの中身の底知れなさに驚いてるよ」
「何よ、それ! まるで私が得体の知れない怪物みたいじゃないの!!」 「フィブはフィブだけど、戻ってきたフィブは以前のフィブじゃないって解るよ。すごーく変わりすぎだ」
「変わった私は、イヤ?」
「いいや。なんかキラキラしてて……カッコいいね」
戦は不幸な出来事だった。
真相を知っている私でさえも納得いかないくらい悔しいし、とっても悲しい。
でも、神様が理不尽な存在なのも知っている。
勝手な理由で荒れ狂い、私たちを木の葉程度の物としか見ていない。踏み潰されて命を失おうと、踏まれた木の葉が破れ汚れて放置されるくらいにしか見えていないだろう。
私以外には理解できない贖罪を投げ込んで、すべては決着したと。
だからだ。
私は、踏まれて打ち捨てられた木の葉のままでいるつもりはない。
せっかくの経験が。私だけの宝になった知識が、私を衝き動かす。
「カッコいいかどうかは、これからだわ。ここがスタート。キラキラした私がこの先もずっとキラキラしていられるか」
子供の戯言なんて思わせておかない!
見てなさいよ! トール!