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戦争なんて大嫌い!

 見渡す限りの草原で、私達のような肉食中心の種族が満足に食べる物を探すって、とっても難しい。ラビが捕れればまだマシな方で、ほとんどがマウやナーグみたいな小型獣ばかり。

 生まれてからずっと森林の中で生活をしていたせいか、隠れる所のない平坦な場所での狩りは慣れなくて、なにより心が休まらなかった。

 

 避難地区は国が用意した指定区域ではなく、戦火から逃れて南へ逃れてきた人たちが、遠くまで見通せて空からは目くらましになる場所―――つまり、草原の中にある小規模の低木の林を見つけて留まり始めたのが始まりだった。ある程度の人数がいれば、いつも誰かの目が遠くを監視してくれる。

 でも、だからと言って全く危険がないわけじゃない。夜襲されてぐるりと囲まれたら、もう逃げ場がない。

 

 竜種は、有翼種と違って飛膜でできた折りたたみ可能な羽を持ち、ナーグのような《うろこ》と呼ばれる硬く強靭な表皮を自由自在に発現できる。その上に恐るべき筋力の持ち主で、獣種の大型族並みの戦闘能力だった。

 そんな竜種に、ほとんど女子供ばかりの避難民(私たち)が狙われたら、一溜まりもない。

 ただ、耳目や鼻は利かず、羽はあっても有翼種のように空中で留まったり急降下することは苦手だった。その弱点を狙って戦えるから、まだ二国同盟軍は破れずにすんでいるんだけど…。


 食料を探し回って疲れ、小川沿いに続く街道から少し外れた空き地の奥へと進んだ。ここも低木の林がぽつんとある場所で、昔は旅人や商人たちの休憩場所にもってこいな憩いの空き地だっただろう。今は、野営する人もいなくなって、雑草が生い茂るただの空き地。

 その一番奥に立つ、太い幹に茂った枝を大きく張り出した木の下へ座り込み、ふうっと大きく息を吐き出した。


 今、私たち避難民が口にしているのは、どうにか郷から持ち出せた保存食と、時々通りかかる商隊から買い入れた食材、そして狩りや採取した物だった。でも、それだけじゃ足りなくなりつつある現状を、どうすることもできずにいる。

 

 ところで、さっきから漂うこの匂い…なにかしら?


 幹に背をあずけ、疲れた目を閉じた。その分、鼻と耳での警戒を上げて休憩を取っていたのだけど。

 最初は、妙に刺激的な香りだった。

 油と肉の焦げる匂いに、ちょっと鼻がツーンとする香りが混じっていて、無意識に喉の奥が鳴った。それがずっと続いて、途中から何だか甘辛い匂いになったり、ふんわりと鳥の卵の匂いに変わったり。

 静かに休むつもりが全然落ち着けなくて、思わずその匂いの元を探してしまった。


 私が両腕を回しても全く足りない太さの幹の、私が立って少しだけ背伸びをした目線の先に、縦に細長い不思議な空間が存在していた。そして、匂いはそこから漏れ出しているようだった。

 ぱっと見は、幹のごつごつした樹皮に紛れて目に付かない。まるで斑金豹の擬態みたいで、ここまで近づいても匂いがしてこなかったら気づかなかった。

 その隙間に、ゆっくり片目を近づけてみた。

 覗き込んだ先には、私と同じような、でも違う点がたくさんある若い男が立っていた。

 

「お兄さん、何者?」


 木の幹の中に隠れた不審な男。

 警戒しながら声をかけたら、男はお尻をついて倒れ、焦った様子で後ろへ下がっていった。


 それが私とトールの、初めての出会いだった。

 トールは、この幹の穴の中を「異世界だ」と言い、頭のおかしな人だと疑った私に、冷たく甘酸っぱい果実の飲み物と、長細くてほくほくした塩辛いお菓子をくれた。

 初めての食感と風味のするお菓子と、雪のある山頂でしかできないはずの氷を入れた冷たい果汁。こんな食べ物は、確かにこの世界にないかも知れない。

 まだ私は全ての国を見て回ってないけど、こんなお菓子や氷を飲み物に入れて出す屋台なんて、見たことも聞いたこともない。


 本当に、そこは異世界なの?

 私のいる、こんなに辛くて悲しい世界とは違うの?


 トールを見れば、獣種の耳や尻尾、鋭い牙が無い代わりに、奇妙な形の耳が頭の両脇についている。そして、黒豹族みたいな艶々した黒髪に、こちらの世界には無い黒に近い瞳。

 観察すればするほど、私達とは違う。


 本当に、トールは異世界人なの?

 私達みたいな生き物はいるの?ネコってどんな生き物?私と似てるの?


 そう思ったら、私は自分がこの世で一人ぼっちになってしまったような、とても寂しい思いに駆られた。


 私が今いる世界とは、全然違う世界がどこかにある。私がそこへ行きたいと切望したって、そんなに簡単には行けない世界が。私がトールに会えたのだって、気まぐれな神様のちょっとした手違いなのよ。


 たとえそこへ行けたとしても、今以上の不幸に見舞われるかもしれない。違う姿や文化。常識だって違うだろう。そんな場所へ行っても、私はきっと同じように寂しくなるのよ。

 でも、トールを見ると幸せそうだった。

 私が一人だと言ったら、大丈夫か?と眉を下げて心配してくれた。無償で私を心配してくれるのは、父と兄しかいなかったから嬉しかった。

 でも、それだけにトールが異世界の人だって証明になってしまった。商売人だってのに、無償で優しい気持ちをくれて、美味しい物をくれて…何やってんのよっ!


 ああ、早く終わらないかな…。

 戦争なんて、大っ嫌い!!


 

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