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己が手の中

いつも誤字・脱字報告をありがとうございます。

本当に助かっております。

見直しをしているのですが、手落ちが多くて申し訳ありません。



「ああっ!!」


 視界の隅に映った光景に、僕は息を呑んだ。

 窓から身を乗りだし必死の形相で、場の空気をまったく無視した稚拙な罵声を放ったトール。

 見えないはず、聞こえないはずの彼めがけて、拳大の火炎球が飛んだ。



 宮廷魔術師並みの魔力と強力な攻撃魔法を内包しながら、人格的問題で制御は困難と判断を下されてしまった貴族令嬢シャーリエ様。

 お会いするのは今回が初めてだが、年齢が近いために貴族令息の間で交わす噂話の中に何度か登場していた。

 家柄はよく美人で高魔力持ち――そこから先は、聞くに堪えない中傷が続くのが常で、最後に「嫁の貰い手はつかんだろう」と声を落として締めくくられる。

 沸点の低い癇性持ちで、いつも何かしら苛立っていて当たり散らしている。年若い令嬢なのに、笑顔を見せたことがない。

 密かに付けられた二つ名は『癇性地雷』だ。

 令嬢につけるにしては酷い悪名だが、いきなり起こした魔力暴発に巻きこまれ、大怪我を負った無関係な被害者が複数いるのは確かだ。亡くなりはしなかったが、長い間床に伏したり不具の身になったりしたと聞いている。


 ジョアン兄は、あろうことかそんな彼女と売買契約をした。

 透明で密閉性のある容器が欲しいあまり、ガラス職人や矜持ある錬金薬師を訪ね歩くも全員に断られ、最後に頼った先が彼女だったのだ。


「条件は、異世界の賢者に会わせる、と提示した」


 何を言っているんだ!? と、僕はジョアン兄に迫った。

 いい加減にしろ! と、兄の胸倉を掴んだ。


「私たち以外には“見えない”のだぞ!!」

「それは条件が揃っていなかったからだろう? 現に、ドラゴンの肉を食ってナカイたちは俺たちを認識できた。ならば、こちらでも……」

「それこそがあちらの条件だったんだ! だが、こちらはトールの店はない上に神も違うっ。会える条件は私の血族のみなんだ!」


 トールも僕も、この異世界交流に関しては手探りできた。

 初めての遭遇は両方の世界の神が切っ掛けだったが、神の後始末が終了した現在は、いわば蛇足でしかない。僕ら三人が互いに何かを持ち寄り、平穏にかつ有意義な時間を過ごせるようにと、神々が報酬の一部として与えてくれただけでしかないのだ。

 しかし、そこには相変わらず定めが存在し続けている。神の意思がない限り、僕らに決まり事を変えるすべはない。


「兄さんには、どうして解らないんだ! すこしでも長く付き合えるようにと、私たちは己を戒めているというのに!!」


 真剣な僕の訴えをジョアン兄は薄笑いを浮かべて払いのけると、「大丈夫だ」と根拠の乏しい一言を残して去っていった。

 悔しさに歯噛みする僕の肩を、エリック兄さんが掴んだ。


「俺からも忠言しておく。だから、これ以上は……」


 パンパンと二度叩き、宥めるかのように擦る。

 それに応えて深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、僕は兄たちの商会を後にした。

 もう、なるにまかせるしかない。

 ジョアン兄の中では、僕はいつまでも幼い弟でしかないんだ。子供の忠告や訴えなど、喧嘩の時に放つ文句程度にしか耳に届いてない。

 幼い弟が分を越えたモノを持っていたら、大人の兄はそれを『受け取って』『弟のために』良いモノに作り変えてやるのが役目だとも。


 だから()()()、エリック兄さんと「それ見たことか」と内心で嘲笑った。

 ジョアン兄に唆され、騙されたといきり立つシャーリエ嬢と従者のセレに磔にされて慄いている兄を見て、なんとなく胸のすく思いだったのだ。

 だが、それだけで終わらないのだと知ったのは、狭い倉庫の中でシャーリエ嬢が見えないはずのトールたちに向かって火炎魔法を撃ちだした後だ。

 トールの暴言と驚愕の表情。紙一重で閉じて消えた窓。

 後に残ったのは焦げ抉れた土壁と、小さな爆発で壊れた古い机だけだった。

 しかし、一瞬の安堵はすぐに掻き消され、セレの無謀な剣に対処しなければならなくなった己の立場を呪った。

 邪魔な扉や壁が次々と破壊され、さっきまで通路だった空間に走り出たジョアン兄は、あちこち傷を負いながら一目散に走っていった。残された僕はセレの相手をし、エリック兄さんはシャーリエ嬢を羽交い絞めにして、詠唱できないように力ずくで口を閉じさせた。

 それでも『癇性地雷』は従者の助力によって倍の威力を発揮し、結果はセレの腕一本と商会の倉庫の一室を犠牲にして終焉を迎えた。

 僕とエリック兄さんは切断をまぬがれただけの重傷で、ジョアン兄が応援を連れて戻ってくるのがあとすこし遅かったなら、僕ら三人は失血死していただろう。

 薄ぼんやりする視界の隅で、我に返ったらしいシャーリエ嬢が号泣しながらエリック兄さんやセレに回復魔法を施している姿が見えたが、複数の足音を聞いたところで意識が途切れた。


 ――これにて、我が払う対価は終わりじゃ。助けた命、大事にせよ。

 

 助けた? 誰が? 神が? それが残りの対価だったのか?

 助かったのは? 僕ら? トールたち?


 目が覚めた時、懐に隠していたはずの自動ペンが真っ二つになった状態で小机の上に置かれていた。

 よく見なくても解る。剣で突かれて壊されたのだ。

 僕の命と引き換えになった思い出の品。

 神からの褒賞は、僕の命を救って壊れた。


「僕の弱さが招いた代償だ……」


 僕は響く痛みをおして思い出の欠片を小さな革袋にしまい、それをまた懐にしまいこんだ。


 今度は、戒めのために。

 

全国的に厳しい真夏日が続いております。

脱水や熱射病等、十分に注意してご自愛くださいね。


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