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デリ・ジョイの心得

サーバー不調に合いまくって、何度も消滅の危機に瀕したので、少し短いです。


「仕事中の衝突は、「ごめんなさい」や「すみません」じゃなく、「ごめん」でOKってことにしない?」


 いきなりの提案に、大野さんが目を丸くして俺を見返す。


「は!?」


 そりゃあ当然かと思い至ったのは、言っちまった後で大野さんの反応を見た時。何言ってんだこいつ、と思っただろうな。

 でっかい目で真っ直ぐに凝視される恥ずかしさから、客の流れを観察するフリをして遠くに視線を投げる。


「んーっと。大野さんは今日が初日だろ? だから、ぶつかったり失敗したりすると、OBで店長の俺には「すみません」とか「ごめんなさい」と言っちまうわけだ」


 頭の中で少ない語彙を集めまくって、どう言えば理解してもらえるか受け入れてもらえるかを考えながら話す。口が上手くないから、どーしたって回りくどくこね繰り回した物言いになる。だから、順序立ててすこしずつ。

 それに、今はまだ営業中だしな。


「でも、ウチは店舗が狭い。この狭小スペースでの作業は見てわかるとーり、どーしたってぶつかり易いし、設置型の弁当屋や総菜屋と違ってお客との距離が近い」


 元々は、俺ひとりで営業する前提で改造したキッチン・カーだ。

 助っ人が来ても、売り子しか任せられないような狭いスペースだ、来店して即レジ前に並んでいるような客との距離で、多人数がバタバタ動き回るのは見映えが良くない。

 段取りや手際が悪そう。バイトが謝りまくってると、俺からのパワハラ感バリバリ。動き回っているせいで不衛生そうな感じ、とか。


「はい……」

「そんな中で、「ごめんなさい」「すみません」が繰り返されてるとさ、お客さんには見た目以上に悪印象を持たれやすい。俺がパワハラ店長に見えたり、大野さんの手際が悪く感じられたリ……余裕がない笑顔がない、そんな店に見える場合があるんだ」

「あー……そうですね」


 実際にそんなことはないのに、雰囲気や目に映ったり耳に入った瞬間の印象だけで、人間は感情は割と簡単に好悪どちらかに針が振れる。

 これは大野さんには言わないが、バイトが女の子だから余計に不安視されやすい。


「だから、営業中だけでも笑顔と「ごめん」だけにしねぇ? どーせ慣れてくれば、謝るようなこともすくなくなるだろーし。ただし、お客さんに失礼した時は、十分にお詫びしないとだけどな」

「はい!」


 不安そうな顔で俺の話を聞いていた大野さんは、すぐに理解し納得してくれたのかパアッと笑顔に戻った。

 そうそう、その笑顔がいちばん欲しかったんだよ。

 もうね、「邪魔!」くらい言って俺を押しのけてくれてもいいんだ。そのほうが、お客さんの笑いがとれる。

 お、ご来店~。


「いらっしゃいませー」

「いつも、ありがとうございます」


 閉店時間ギリギリに走ってくる常連さんを、俺たちは笑顔で迎える。

 過ごしやすくなったとはいえ、スーツで外回りしてるサラリーマンは暑いみたいだ。


「あ、今度のバイトは女の子かぁ。いいねー。お昼の癒し」

「綾部さん、癒し要員は俺なんですからね! 入りたてのバイトに癒しの座はまだ渡せないっす」

「はいはい、そーですねー」


 予約注文の弁当が入った袋を大野さんに渡しながら、窓の横から顔を出す。

 笑顔と笑顔で昼のひと時を。そして、美味い弁当で心の憩いを。



◇◆◇


 大爆笑しているフィヴとマギー。

 どっちも美人さんだっつーのに遠慮がねぇ。嫁入り前と嫁入り直前の娘ふたりが、なんてはしたない!

 と、言えたらどんなにいいか。


「トールは可愛いな! フィルも可愛いけどさ」


 俺が近況を話すついでに、大野さんというバイトを雇ったことを話すと、彼女たちの目が輝いた。

 見たことある―。このランランと輝く女の子たちの目! 野々宮さんの目と同じだ! なぜに女子は恋バナが好きなのか。

 中井カップルのこともあり、ちょいイラッとしたのも手伝って、もう全面的に力一杯否定したさ。変な期待はするなってさ。

 そーしたら、マギーから返ってきたのが「カワイイ」だ。


「男にカワイイはなし! 嬉しくねぇよ!」

「でもな、女の目には愛しい男はカワイイと映ることもあるんだぞ?」

「じ、じゃあ、フィヨルドさんだけに言ってろよっ」


 だめだ。マギーは俺より年上だからか、俺を弟のように見ている気がする。フィヨルド兄は恋人だからそう見えるし、俺は弟のようだから――。

 はっとして、フィヴを見る。


「フィヴまで俺を可愛いなんて思ってないよ、な?」


 「な?」に願いを込めてちょっと強調してみたが、ニヤニヤしてるし!


「んーとね? ちょっと兄さんみたいだわねーって思った」

「なんじゃそりゃ……」

「えーっと、残念男子、だっけ?」


 一瞬、自分の耳を疑った。もしかしたら、翻訳機能がぶっ壊れたんじゃないかとも。

 だから、訊き返したさ!


「残念男子?」

「うふふーん。そう。残念男子」


 その時の俺は、きっと獣種だったなら滝のような涙を流しながら遠吠えしていただろう。

 フィヨルド兄、ごめんな。そして、これからは仲間だぜ。

 残念男子の会でも作らねぇとならんかもしれん!

 ちくしょー!



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