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好意と恋愛感情

本作が6月10日に発売しました。

お買い上げくださった方は、心からの感謝を。まだの方は、とっても素敵な挿画と大判口絵あり、お惣菜レシピや書下ろしとお得感満載です。どーぞお手に取ってくださいませ。


そして、いつもご感想&誤字脱字報告をありがとうございます。

お返事は時間の関係でできませんが、感想はしっかり読ませていただき、創作の糧にさせてもらっております。

この先も、どうぞよろしくお願いします。  

 野々宮さんが「どこも春だねぇ~」と言った。

 それを受けて、カレシの中井が「もう秋だ」と突っ込みを返す。

 あの後すぐに午後から仕事に戻るというバカップルに送ってもらって帰宅し、明日の下拵えを兼ねた夕飯作りに精を出した。

 そして、仕事を終えたふたりを招き入れての、遅い夕食会だ。


 俺は、あえてふたりの会話を無視して夕食の仕上げ中。

 揚げ出し豆腐とかぼちゃのそぼろ煮に、干して保存してあったぜんまいともやしのナムル。

 そして、メインのきのこ汁。

 汁物がメインのわけないって? いや、本日は仕入れ先の農家さんからお裾分けされた天然きのこが山盛りなんで、これは早々に味わわねばと、飯がないのに汁物にした。

 万が一の(キケン)を考えて、責任とれない天然きのこは商品には使わない。だから、たっぷり好きなだけ食えるきのこ天国。

 マイタケやなめこなど数種類のきのこと油揚げが入った汁椀を手に、ずずっと啜ってまずは風味を堪能する。

 この、一歩間違えば薬臭いと感じちまう山菜やきのこの風味。油揚げと一緒にさっと炒めてから汁物にすると落ち着く。最後に針生姜や茗荷をちょいっと。

 ねっとりつるーんの天然なめこ入りだから、自然ととろみがついて冷めにくい。


「うまいよなぁ。こーゆー中途半端に寒い日にはいい」

「お酒がぁご飯替わりのあたしたちが言うのもなんだけどねー」

「どっちも飲み物なのが、笑えるよなぁ」


 のんべえ共が何か言ってるが、俺はそれすら無視して丼でキノコ汁をかっこむ。

 やっと熱い汁物が堪能できる季節になってまいりました! 待ってた! だが、食品を扱う業者としては、夏日よりもこの微妙な気温のほうが怖いのだ。

 気を抜けない毎日は、覚悟の上だ。


「で~? エリックさんの結婚話ってマジィ?」


 俺の無視が効いたのか、野々宮さんが話題を変えた。

 春もくそもあるか。向こうもこっちも仕事の話しかしてねぇのに、変に疑った煽りをするのは許さねぇ。

 だから、俺はエリックさんの話題には頷いてみせた。


「実弟からの情報だしな。それに――」


 続けて、エリックさんの長い片思いやアノ出来事が原因でと裏事情を伝え、人それぞれに起こった運と偶然と必然とで締めた。

 ふたりはニヤニヤしながら話を聞き終えると、揚げ出し豆腐を肴に酎ハイを始める。

 なんでカップル成立してる奴らは、新たなカップルの誕生秘話とかを好むのか。余裕か? 自分たちはこれで安泰とか思っての、心の余裕か?


「まあ、どっちも春到来かもしんねーけど、これから大変そうだ」


 素知らぬ顔で、二つの異世界のこれからを憂いてみる。

 なのにだ。


「透瀬はぁ?」


 ちっ。避けてるってのに、話を戻すんじゃねぇ。


「俺は、フィヨルド兄的立場でフィヴの婿候補を厳しく観察し、レイと一緒にエリックさんを生温ーく見守る!」


 ぜってぇ、俺個人の話には戻さんぞ。

 頑固な俺に諦めたのか、不機嫌になりつつあるのに気づいたのか、中井が陰で野々宮さんを突いて、俺の根や葉を掘るのをやめさせた。


 ちょっといいなーとか、好みだとか、恋に移行する前の好意は自然な流れだと思う。思うが、そこからいきなり『付き合う』になるのは、俺には無理だ。

 彼女は欲しいが、寂しいからとか独り身が切ないからとかっつー理由は相手に悪いし、やっぱり恋心ってのが前提にないとな。

 あ? 付き合ってから恋愛感情が芽生えても? そーゆー付き合い方をする奴もいるよな。でも、俺は本当に無理。ダメ。

 それにさ、下世話な感情を仕事場には持ち込みたくない。

 そりゃね、自分の横で働いてくれるのが、俺好みの女の子だってのは嬉しいさ。しかーし、俺が「イイ子だ」と評したのは、専学に通う意味をちゃんと自覚し、先の目標をきっちり定めて努力を惜しまない態度だ。

 断じて、彼女候補に~なんつー軽い気持ちじゃねぇんだからなっ。


「俺の恋愛は、俺が決めんの。だから、君らは君らの未来を夢見てろ」

「……はーい」

「了解」



 と、大見え切ったが、現実はやっぱり慣れない。

 現地集合ってことで、営業拠点の企業ビルに自転車でやってきた大野さんに、まずは新品のエプロン、そしてベージュのキャップと三角巾を渡す。彼女の髪形に合わせて好きなほうを使ってくれと言い添え、とにかく髪が零れないようにと注意を促しておいた。

 食品を扱うルールは学校で習うからスムーズに話は通り、営業準備の段取りをさらっと教えて開始した。

 メニュー看板や営業窓に引っかけるミニ・カウンター。店舗内のカウンターに揃える調味料やテイクアウト用の小物類。どんどん下の棚から出してセッティングし、小型のレジスターにつり銭用意。

 お客が来ないうちに、まずは定番の弁当作りに加えて予約品を作ってゆく。

 狭い空間をあちこち移動し、伸ばした腕が相手のどこかに触れたり当たったり。その度に「あ、ごめん」やら「すみません」やら。

 予想はしてたけど、一人の時の癖で思わぬ接触が起こって――セクハラ・パワハラ扱いされなけりゃーいいなぁと、内心で溜息をついた。

 それでも、初日だってのにお客さんに迷惑をかけるような失敗は一回もなく、反対に俺が常連さんの冷やかしに焦って弁当を落とした。蓋を閉めた直後でよかったが……。もちろん、新しく作り直したさ。


「はいよ。ちょい休憩。今のうちに飲んで」


 客の切れ目を狙って、アイスティーを渡してやる。零しを避けるために密閉式のタンブラーで。


「ありがとーございます」

「開始二時間経ったけど、どう?」

「はぁー……。これは早めに作業工程を覚えないと、ですね」


 深呼吸のような溜息を吐いても、最後はにこっと笑顔の大野さん。

 初日の緊張と仕事を覚えないとならんプレッシャーで、二時間でも相当疲れているだろう。


「無理は禁物な。ちゃんと俺も見てるし、どうしたってこの狭さじゃスピーディーには動けないんだし」

「はい」


 この返事がいい。

 これなら、大丈夫だ。

 だから、俺は店長として言う。


「仕事中の衝突は、「ごめんなさい」や「すみません」じゃなく、「ごめん」でOKってことにしない?」

「え?」


 

  

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