男の俺が前のめりに ちょいキモイ?
大野 汀さんは、とにかく頭の回転が速く、語彙がすくなく説明下手な俺の話をなんなく掬い取ってくれ、顔合わせは思いがけず良好な印象で進んだ。
外見的には侑花と同じふんわりしたタイプだが、はきはきとした物言いと物怖じしない積極的な態度のギャップに、ちょっと圧倒されかけた。
対面で話しているため、よく動く感情豊かな形いい唇が目につく。変に格好つけず口を大きく開けて笑い、よく喋る。その反面、食べたり飲んだりしてる最中は、節度をもって頷く程度に抑えてる。
柔らかな印象なのに、中身は力強くて個性的だ。
「で、将来的にはキッチンカーで営業してみたいの?」
「そこまではまだ決めていません。ただ、貯金の問題もあって、設置式と移動式のどちらも体験してみたいと思った次第です」
「まずは飲食店で修業とかは?」
「はい。親戚が総菜屋を営んでるんで、二、三年はそっちで修業をと」
単なる顔合わせだったはずなのに、面接のような問答になった。色気もそっけもない。
でも、それだけに真剣味がある。
夢じゃなくて、確固たる目標を定めてるって目をしてる。
「学校で習ってみて、得意だと思えたジャンルは?」
「煮物……でしょうか。なんか、ちまちました下拵えとじっくり煮含める工程が好きなんだなぁと、自分でも新たな発見です」
おおっ。俺とは正反対だ。
商売だから面倒な前工程や長時間の煮込みはやるが、好きか嫌いかで言えば好きじゃない。新鮮な食材をガッと放り込んでザッと作り上げる料理が得意だし、食うほうも好物だ。
「俺とは正反対だな。仕入れ先の農家さんから、フキやさやえんどうを山のようにもらう時があるんだけどさ、下準備の段階で頭掻き毟って喚き散らしたくなるぞ?」
俺が食材と下準備と言っただけで、具体的にどんな作業化を理解しているから、大野さんは大笑いする。
「わかる、わかります! すっごく面倒くさいですよねっ。でも、フキの皮むきもえんどうの筋取りも大好きですし、豆ごはん用に鞘剥きするのも楽しいですよっ」
「……Mだな」
料理の苦労あれこれを互いに言い合い、渋面で愚痴り、時に笑う。
「違いますっ。美味しい物を食べるのが好きだし、美味しいって言ってもらえる料理をするのが好きなんです!」
「それが、聞きたかったんだ」
引っ張りだした本気の本音。それが俺の合格ラインだった。
にんまり笑顔で、大野さんに親指を立てて見せる。
ちらりと横に目をやれば、我関せずでニコニコしてるだけの侑花がいる。
同じく調理士を目指している仲間なのに、なんでこの子はこうも他人事って態度なんだろうか。なんとなく、溜息が漏れた。
結局、その場で合否を伝えることにした。
まずは、合格。
はじめは昼の営業時間に、キッチンカー内で接客をしてもらう。慣れたら調理も任せ、都合がよければ午後もお願いする。バイト代は安いぞと言うと、大野さんは三日月のように目を細くして笑いながら「よろしくお願いいたします」とお辞儀した。
下準備を得意としても、自宅に呼んで作業をしてもらうつもりはない。彼女の目的は、キッチンカーでの営業体験だから。
来週から開始と念を押し、俺とふたりは別れた。当然、俺の奢りで。
たぶん、俺は浮かれていたんだと思う。鼻歌混じりでファミレスの駐車場に向かい、自分の車がないことに気づいた。
そうです。今日は中井の車に同乗させてもらって来たんだった。
キッチンカーで来た場合、相手が無遠慮なヤツだったりすると、車内を見せてくれとしつこく頼み込んでくることがある。たとえば、長年の持病が完治した野郎みたいな。それを避けるために、友人に送ってもらったってな状況を作ったんだが、それを忘れてる俺。
とぼとぼとファミレスに引き返し、居たたまれなさに俯き加減でウェイトレスに待ち合わせと呟いて、声を殺して爆笑しているカップルの席の前に立った。
「おっ、おか、おかえりっ! ブッ……」
「緊張してんのかと思ったけど、もしかして浮かれてるのかぁ?」
笑いを堪えすぎて涙目のふたりは、俺を見上げてまた笑いだす。
チクショウ! 当たってるだけに言いかえせねぇ。
ひとしきり好きに笑わせ、落ち着いたところで話を出した。
「やー、思いのほかイイ子でした」
「……やっぱりな」
頭を掻き掻き照れながら告げると、中井は目を細めてニヤリとし、野々宮さんはまた笑う。
いいんだよ? 好きなだけ弄ればいいさ。
「会話を盗み聞きしててさぁ、透瀬の好きなタイプだなーって思ったー」
「これはOKするなと」
「おう。面接ではOKだ。が、実地はどうかわかんねぇからな? もしかしたら、一日目でサヨーナラーかもしれんし」
「どっちが?」
「どっちも」
バイトが続くかどうかは、始めてみないとわからない。
想像とは違う現実なんて、世の中にはたくさんある。お互いに違いを感じる点はそれぞれだが、『お試し』の部分でもあるんで、無理は禁物だと覚悟している。
「そーだよねぇ。異性としては気に入ってもぉ、仕事上でも合うとは限らないしぃー」
さすがに同性には厳しい。しかし、それが真理だ。
「まあな。一国一城の主として、カワイイ子であってもだなっ、時には――」
「人生、たまには甘い時も必要だぞ……」
隣から伸びた腕が、力一杯俺の肩を叩いた。