予想外の幸福
やっと書籍化作業を終えまして(本書はすでに出来上がってますが、販促のための物品作成です)、これで当分は腰を落ち着けて更新できそうです。
6月10日発売まで、あと少し! 皆さまよろしくお願いします。
俺とレイモンドは外野を完全無視して、パンとニョッキにキーマカレーを塗しながら食い、あーだこーだと意見を交わす。
通常のカレーと違って、見た目はひき肉入りソースだ。そのソースの中にさまざまな野菜が煮溶けているんだが。だから、米で食うのはもちろんだが、パンやパスタ類のほうがレイモンドには口に合うのかもしれない。
窓のある壁を挟んで、キーマカレーを継ぎ足したりニョッキを味見させてもらったり、調子に乗って飯を二口三口持ってきたり。
「おっ、これならイケるだろ」
「母上も――あれ?」
あれこれ足したり引いたりしながらレイモンドに食わせていたら、気づけばオルウェン男爵夫人とご長男様のエリオットさんはご退場していた。
初対面でいきなり危険視してくる人だから、俺の無礼な態度に怒りを感じただろう。だから、すぐに反撃してくると思ってたんだが、なぜかあれきり何も言わずに消えた。
嵐の前の静けさなのか、前哨戦としては「これぐらいにしといてやる」ってなもんなのか。
「……なんか、滅茶苦茶怒らせちまったかも……」
「兄上は父に似て、疑り深い上に執拗だから……。でも、僕が作った唐揚げを美味いと連呼して平らげたんだぞ?」
「美味いもんは美味い! そこに性格やなんやらは関係ない」
「……だな」
山盛りあったパンやニョッキは、すでに欠片しか残っていない。大半を平らげたレイモンドを見て、俺は食欲が戻った様子にほっとした。
トマトとひき肉がメインのカレーだから、通常のカレーより刺激はすくなく消化もいいだろう。ただし、食いしん坊が少食を続けてきたんだ。食い過ぎで腹を壊したりしなけりゃいいが。
「俺もちょっと大人気なかったみてぇだし、お兄さんには詫びておいてくれ」
「いいや、トールが謝罪することではない。僕と下の兄たちが考えなしだったんだ。厄災の被害に苦しむ人々をすこしでも助けたいと思って得た知識だったのに、兄たちの商売に役立つだろうなんて欲深な考えに惑わされたり、それを許してしまった僕の罪だ」
「あー……俺も悪かったんだ。異世界人の友人がいるからと調子に乗って、中井を紹介しちまったしな?」
レイモンドは空になった皿を壁際の机に置くと、備え付けのポットでお茶を淹れてくれる。
飲み頃の変わった味のお茶を堪能しつつ、互いの罪を白状しあう。反省、反省。
「人は夢を見てそれを追うが、力無き者は挫折を味わう。挫折は糧となり人を育て、ふたたび夢を追う力となる……だな」
「ためになる名言だな、おい! こうして大人になるのよ~ってやつか」
お茶を飲んでゲラゲラと笑い合う。そこは自嘲でしかないけどなー。
「ところで、エリック兄さんがシャーリエ嬢と婚姻することになったのだが、母から聞いたか?」
「んがぁ!?」
あ、あぶねー! もうちょっとタイミングが遅ければ、俺はお茶をレイモンドのイケメン目掛けて噴いていたとことだ。その代わり、驚きのあまり口からだばーっと零しちまったが。
それにしても、いきなり何言ってんだ? こいつは!?
Tシャツの肩口で顎を拭うと、レイモンドを睨んだ。
「やはり聞いていないか……」
「もしかして、今回の騒ぎの責任取って嫁に貰うとか?」
「無関係とは言い切れんが……、エリック兄さんは以前から彼女に惚れていたようでな。だが、伯爵令嬢と男爵の息子とはいえ、商人では釣り合いがとれないと諦めていたらしい」
えー? レイモンドはシャーリエお嬢様と会ったことないとか言ってなかったか? そんなに遠い関係の相手に、エリックさんは片思いしてたと?
「レイは、お嬢様と会ったことなかったって話だったよな?」
「貴族家の付き合いではなく、あちらの家と出入りの商人としての関係だったらしい。だから、伯爵令嬢としてだけではなく錬金薬師という技能を知っていた上に、彼女が仕事にしているのではないからと話をしてみたようだ」
ああ、なるほどな! 通常の錬金薬師さんは仕事として相談内容を聞いて、そんなんじゃ儲からないしプライドに関わるっつーことでお断りした。でも、シャーリエお嬢様は商売をしてるんじゃないから、興味さえ引けば受けてくれるとジョアンさんは企んだわけか。
で、あの日はじめてレイモンドは伯爵令嬢と顔を合わせ、あの性格に驚いて出遅れた、と。
「……すげぇな、エリックさん。あのお嬢様を嫁にって……」
「ジョアン兄さんとは相性が合わなかったようだが、エリック兄さんとは穏やかな付き合いがあったらしいぞ」
どっかの家の兄弟とその彼女みてぇだな……。
穏やかなって、信じられん!
と、そこでなんとなくピンときたものがあった。
「なあ、もしかしてエリオットさんは、その結婚話を反対してんじゃ?」
「そうだ。良く気づいたな?」
「それなら、さっきの態度も頷けるわ。いくら男爵家の嫁じゃなくても彼女がオルウェン家の一員になるっつーのはさ、次期男爵様でご長男様からしたら、拾わなくていい騒動の種をなんでわざわざ身内に入れるんだって話だろー?」
そんで、元凶の俺に八つ当たりだ。
原因よりも種を重視するのは、やっぱり跡継ぎだからか。転ばぬ先の杖か触らぬなんとかってやつか。
なんか妙な話題にさらっと攫われちまって、溜まっていた複雑な感情は弾き飛ばされた。
男爵夫人のためにキーマカレーの残りを皿に分けてやり、レイモンドにはくれぐれも飯を抜くなと一言入れて、久しぶりの再会を終わらせた。
『速報! エリックさんがアノ過激なお嬢様と結婚するってよ!』
スマホの液晶にスクープを流し、どんな反応が返ってくるかとニヤニヤしながら眠りについた。
しっかし、どこもかしこもおめでたい話ばっかりだな!
爆発しろ!