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好意と警戒心

宣伝:本作1巻がTOブックス様より6月10日に発売決定。

   本編に書下ろしが入り、SSペーパー特典が各所で付きます。

   カバーイラスト↓も素敵ですので、お手に取っていただければ幸いです。

 ひとりっ子だと申告すると、兄弟姉妹がいる奴らの大半は「いいよなー。親の愛情を独り占めできて」ってな意味合いの反応を返してくる。

 たとえば、上がいるヤツは「なんでも新品で揃えてもらえる」やら「遠慮せずに我が侭が言える」あたりで、長男長女は「世話しなくてすむ」だの「いつまでも名前で呼んでもらえる」だの……。後者には思わず苦笑を返しちまった。

 でもな、ひとりっ子ならではの辛さもあるんだぞ。確かに両親の愛情は独占状態だが、その分の責任や期待のすべてが自分にかかってくるんだ。

 幼い頃は単純でよかった。被保護者の立場だから注がれる一方でいられたし、それに何の疑問も抱かずにすくすく育った。しかし、成人すると朧気ながらも未来予想図が見えてくるわけだ。

 家族と町内と学校だけだった世界が、社会との関わりができて政治や法律が身近になってくる。自分や親の老後。それに伴う資金の内情。結婚や親戚なんかの面倒臭い縁。高齢福祉や支援制度……。

 そんなものすべて、俺がひとりで担がなけりゃいけない現実だ。


「やっぱり、兄弟がいるってのはいいよなぁ……」


 一人っ子の俺にすりゃ、責任も期待も割り振りできるってのは羨ましい。家族の内情を相談できる兄弟がいるってのは、無条件で安心できる。

 そりゃ今のご時世、家族や兄弟仲が最悪で離婚だの絶縁だのなんだのって事情で疎遠になってるって家もあるだろう。でもさ、行政は家庭の事情なんざ無視だ。逃げても、お役人様は法に基づく義務を盾に追っかけてくる。

 まあ、幸い頼りになる年上の従兄弟たちがいるから、精神的にクルほど悲壮感は覚えずにすんでるけどな。

 でも、ひとりっ子ってのはやっぱり辛いし寂しいもんだ。

 しみじみと思いに浸ってると、部屋の外から騒がしい音がする。

 レイモンドと誰かが言い合う声と、複数の足音だ。声からすると、男女がひとりずつ。

 男は聞き覚えがないが、女性のほうは……。


「だから、違うと言っているでしょう! ほらっ!」


 勢いよくドアが開かれ、何かを盛りつけた皿を片手に持つレイモンドがいきり立った様子で、空いた手を俺に向けた。

 レイモンドの後を追うように入ってきたのは、相変わらず美しいオルウェン男爵夫人と謎の長身な男。なんとなくジョアンさんに似た印象が――たぶん、オルウェン家のご長男様だ。


「まあ、トールさん!」

「こんにちは。オルウェン男爵夫人」


 これでオルウェン家の人々とは、当主である男爵以外の全員と顔合わせしたことになるんだが、十人十色とはよく言ったもんでばったり出会った時の反応が全員違うのには笑う。

 それもさ、エリックさんみたいに『俺の存在』に関してレイモンドから聞いていねぇならともかく、認知されてからそれなりに時間が経ったし、あれこれ貢献してきて好感度も上がってると勝手に思い込んでたんだが。

 歓喜を滲ませたビックリ顔の夫人とは対照的に、彼女の横に立つデカいお兄さんは、射殺さんばかりの鋭い目付きで俺を睨み据えていた。


「はっ、初めまして。異世界人のトールと申します」

「私はオルウェン家長男のエリオットだ。君が我が家に不幸を招き入れた元凶か……」

「あ、兄上!」

「エル! 弟の命の恩人に対して失礼でしょう!?」


 背筋がひやっとしたが、内心じゃ「とうとう来たかぁ」と感慨深く思ってしまう。だって、ずっと前から覚悟してたからなぁ。

 咄嗟に俺を擁護してくれるレイモンドと夫人は、とっても人が好い人種だ。性善説を前提に生きてるんじゃねぇかと思ってしまうくらい、真っ直ぐで優しい。

 でも、本当はエリオットさんの反応が正常なんだよな。

 男爵家の跡継ぎで長男で、そして宮殿で政務部にお勤めとか。政治の中枢部にいて、いろんな意味で揉まれてる立場だろう。そんなデキるご長男様が、いくら弟や母から話は聴いているからといって、俺みたいな不審人物を頭から信用するとは思えない。

 つか、脳裏の端っこに、いつかそんな人物が現れてもおかしくねぇよなぁと思ってた。


「は、ははっ、まぁ……すみません」


 へらっと笑って小さく頭を下げて詫び、レイモンドに向けて腕を伸ばす。


「レイ、カレーが冷めないうちに、その皿をくれ」

「あ、ああ……」


 あえて挨拶と詫びだけ返して、あとは無視。塩対応を通り越してアイス対応で。

 いくら正常な反応だからって、初っ端から喧嘩を売ってくる奴を相手に、機嫌を取ったり下手にでたりするつもりはねぇよ。挨拶を返して詫びをしたんだし、その後の売られた喧嘩は買うつもりないっす。

 レイモンドも長兄の態度に憤ったようで、ちらっと横目で一蹴して俺のそばに来ると巨大な皿を差し出してきた。

 おお! 中が白く柔らかそうな丸いパンと、小ぶりなモチのような物が盛りつけられている。


「これ、何?」

「これは母が作ったパンだ。それと、こっちはトールの家で覚えた『ニョッキ』とか言ったか」


 ああ、そうだ。ちょっとデカくて不細工だけど、これは確かにニョッキだ。

 ニョッキ。それはイタリアのすいとん。小麦粉と茹でたじゃがいもを混ぜて練ったパスタの一種だ。

 レイモンドの世界には、小麦粉はあってもパスタや麺類はないそうだ。小麦粉はパンや高級焼き菓子の材料で、ライ麦や雑穀が主流材料の下級貴族や庶民には贅沢品になる。

 だから、小麦はパンや焼き菓子以外に発展しないできたらしい。


「うほー! すげーなレイ! いろいろ試してんじゃん」

 

 俺は皿をカウンターに置くと、ニョッキの山にどっさりとトマトキーマカレーをかけてやった。

 そのてっぺんにふわりと粉チーズを振りかけて、窓の向こうに差し出した。

 一気にレイモンドの部屋に広がっただろうスパイシーな香りと、食欲を誘うトマトの赤。


「いっぱい食って、気力と体力を回復しろや!」


 湯気の向こうに、瞳をキラキラさせた夫人と眉間に深い皺を寄せたエリオットさんがいた。


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