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食え!トマトキーマカレー

キッチンカー『デリ・ジョイ』―車窓から異世界へ美味いもの密輸販売中!―

発売が決定いたしました。

詳細とカバーイラストを活動報告にUPしましたので、よろしくお願いします。

 それは、なんてことない思いつきだった。


 カレーをだな、中鍋一杯に作って持っていったわけだ。

 どこへって、もちろんキッチンカーの中だ。それもレイモンドの世界に繋がる窓のカウンターに。

 今回は『デリ・ジョイカレー』じゃなく、久しぶりに作ってみたキーマカレーだ。それもトマトをメインにした。

 おいおい。それはミートソースじゃね? と問うなかれ。ちゃんとカレー風味になる香辛料を加えてあるし、香りはやっぱりカレーに近い。つまり、俺特製トマトキーマカレーってわけ。

 それを釣り餌にと思って持ち込み、香りが立ってるうちに食欲をそそる匂いを流し込んでやろう――なんて考えながら無造作に窓を開けたら、レイモンドの呆け顔とご対面した。

 窓の先はいつもの地下倉庫ではなく、懐かしいレイモンドの自室だった。


「いっ、いよう!」


 心の準備ができていなかった俺は、口を開けて阿呆面で固まっているレイモンドに向けてぎこちなく手を上げ再会の挨拶をした。こういう不意打ちな再会っつーのは、本当に心臓に悪い。

 それにしても、暗い。

 レイモンド自身もだが、部屋自体がなんだかじめっと湿気てて暗く感じる。ちゃんと窓から陽が射しこんでいて、窓越しに見える空も青空だ。戸外はさぞや爽やかな風が吹いてて、深呼吸すりゃ気分も晴れ晴れするだろう……。

 なのに、すこしだけ視線を内側に戻すと、そこはじっとりジメジメしていた。

 

「トール……」


 やっと硬直が解けたレイモンドは、弱々しい声で俺の名を口にすると、なんと緑色の目からぽろりと涙を零したのだ。


 うぎゃーーーーっ!! 男の涙なんざ見たくないっつーの! 女の子の涙は心にキュンとくるが、野郎の涙は引く! 目一杯引く!!


 たぶん、俺が引きつり気味の笑顔でやんわりと窓辺から後退したのに気づいたんだろう。レイモンドは慌てて涙を袖で拭うと、無理やり憂い混じりの微笑を浮かべた。

 チクショウ! イケメンは憂い顔ですら絵になるよなっ。

 それはさておき、久しぶりに会ったレイモンドは夫人の話から窺えたように、げっそりと痩せて活力を失って見える。年上の俺が情けなくなるほど軍人らしく逞しい体格だったのに、それが頼りなく思えるくらいに萎えて薄くなっている。

 そんな奴を見た途端、かぁーっと頭に血が上り、考える前に口から怒声がほとばしった。

 頭の中にあったのは、寂しそうな夫人の顔。母親としての懊悩と男爵夫人としての矜持が混じった、複雑な心境が浮かんでいたんだ。

 それを、息子たち(こいつら)はーーーーっ!


「馬鹿野郎! ちゃんと飯食ってんのか!? なんだその痩せっぷりは!!」


 俺は、食を疎かにするやつが嫌いだ。痩せるってことは、己の命を粗末に扱っているのと同じだ。


「男ならどんなに落ち込んでも食え! この先何が起こるかわからねぇんだぞっ。そん時、動けませんでしたじゃ、もっと後悔することになるだろーがっ!」


 ショックに打ちのめされて落ち込むのも、辛い思いをして嘆き悲しむのも感情を持つ人間の仕様だから仕方ないさ。でもな、病気や怪我じゃない限り、肉体に影響が出るほど食事を拒否するのはダメだ。

 そんなのは、緩慢な自死を望むのと同罪だ。罪悪だ。

 お前の落ち込みと同様に、痩せ衰えるお前を見守り心配する人たちも悲しい思いに囚われてるんだぞ! 馬鹿が……。

俺は喉を震わせ目を剥いて、そんなことを怒鳴り散らした。


「解っているんだ……。しかし、僕のせいで……」


 レイモンドのぎこちない微笑みが、保てなくなって崩れる。泣き笑いのような、なんとも不細工で卑屈な表情が浮かべられる。


「お前の母さんから聞いたよ。こっちの窓が壊れたあと、あのお嬢様が大暴走して怪我人が出たって……」

「……この先、彼はずっと辛い人生を送ることになる」


 こいつは何を言ってるんだ?


「あのなっ、それは奴本人の自業自得だろう? 奴が望んでお嬢様の従者を引き受けて同行してきたんだ。お嬢様を護るための従者なんだから、そこで何が起ころうが自己責任ってもんだろうが!」


 レイモンドは確か軍人だっだよな? ってことは、有事があれば武力行使をして戦わなきゃならん立場だってことだ。それの相手が魔獣であろうが人間であろうが、敵となったら命のやり取りをしなくちゃならないはず。そのために剣を手に魔法を行使して、辛い訓練を耐えてきたんだろうに。

 そんな人間が、直接原因でもない事故に責任を感じて傷心してるって、なに?

 だから、俺は言ってやる。

 

「それもだ、レイが斬り付けたってんならお前が落ち込むのも解らなくはねぇが、聞けばお嬢様の自爆が原因だって話じゃん!? いい年した連中が起こした不始末を、なんでお前の責任みてぇな顔してんだってーの! 不幸に酔うのもほどほどにしとけ!」


 あー、喉が痛ぇ。こんなに大声を出して怒鳴ったのは久しぶりだ。

 割と温厚と言われる俺だが、道理が通らない物事にはつい短気が出る。すこし前には久侑の愚行に苛立って怒鳴ってしまったが、平時の俺はどちらかというと怒りを内で燃やしつつ冷ややか(冷静じゃないとこがなんとも……)に対処しようとする質だ。

 まあ、中井が指摘するには、身内意識が深いほど俺は怒りを外に出すらしい。


「しかし、僕が安易に白パンを――」

「確かに、それはお前の弱さが原因だな。成功している兄貴たちに気圧されて、自分の夢から一歩引いちまった気の弱さが」

「トールは……強いなぁ」


 かぶせ気味に言い訳をスッパリと斬り捨ててゆく俺に、レイモンドは伏せていた顔を上げて眩しい物を見るように目を細めた。

 俺は、またグッと湧きあがった憤りを飲み込み、ゆっくりと細く深呼吸をして気を落ち着かせる。

 これ以上の説教は無用だ。


「俺は、無敵の一人っ子だからな。親は放任主義だし、頼れる兄弟がいない分、何かしたいなら自分の意思のみで動かないと何も転がらない」

「僕の知る一人息子は、誰もが甘やかされて育てられた。何事も家名と親がかりだ」

「そりゃ、お貴族様だからだろう? 俺は平民だから自力で事をなさなきゃ何も始まらねーもん」

「僕も……甘やかされてきたのだな」


 ふと自嘲を浮かべたレイモンドを見て、俺はもう大丈夫だと悟った。

 どん底まで落ち込んで自己反省に浸っていても、独りきりの考えなんざ大した結論は生まないもんだ。たいがい思考が行きつ戻りつ空回るだけで、そんなのは時間の無駄だ。


「本日は、レイも大好きなカレーを持参したぜ。無事に再会できたことを喜びながら食え。ただし、新作のトマトキーマカレーだ」

「さきほどから気になっていたんだが、そ、その匂いか……」

「食いたきゃ、パンと皿と匙を持ってこい」


 青白い顔にわずかながら血の気が戻っている。

 食欲をそそる香りに気を取られたレイモンドは、俺の号令に従って部屋から駆け出していった。

 開けっ放しのドアの向こうから、遠ざかる盛大な足音が聞こえた。


「……それにしても、大丈夫かなぁ。痩せるほど少食になってるヤツにカレーって……」


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