げに恐ろしきは好物の恨み
お読みいただきありがとうございます。
加えて、誤字脱字の報告はとても助かっており、心から感謝しております。
まったり更新ですが、今後もよろしくお願いいたします。
王子様は煌びやかな出で立ちなもんだと思ってたが、獣種の王子様はそれほどでもないらしい。
俺は後ろを振り返り、すでにプリンを食い終えて俺の作った夜食を摘まんでいる中井たちに声をかけた。
「なあ、獣種の王子様っつーとどんな姿を想像する?」
また俺は薄笑いを浮かべてたらしく、俺の心の裏を探るべく中井は目を眇めて疑り深い視線を向けた。
「たしか、王様はライオンだったよねぇ?」
ヒントを求めてきたのは、野々宮さんが先だった。
フォークの先にはぷりっとしたエビマヨが刺さっている。握り飯もフライも消え、最後の一口らしい。
提供した俺が言うのもなんだが、こんな時間に食い尽くしたら太るぞ。口には出さないけどな。
「おう。大獅子とかいう種族だったはずだから、でっかいライオンだな」
獅子と聞いてライオンと変換してしまうのは、やっぱりイメージのしやすさだろうか。
俺が日本人じゃなく英語圏の人間だったなら、フィヴが教えてくれた族種なんかはleoとかLionに翻訳されてただろう。
でも、日本人の俺たちだけど、獅子よりもライオンのほうが身近な呼び名なんだよなあ。
「こうさ、立派なたてがみで……あ、それは王様だよねー」
フォークを片手に、両手を頭の左右でワキワキっと動かすアクションをして、けど見当違いに気づいた野々宮さんが肩を落とす。
一連のアクションは可愛かったが、俺の彼女じゃないんで黙っておいた。
お次はとカレシに視線を送ると、奴は腕組みをして考え込んでいる。
「王子ってのは、飾り紐付きのボタンとか肩章付きの金ぴかの上着に、白いマントを羽織った……獅子だからサ〇ヤ人みてぇな赤茶色の逆立った髪型してるとか」
中井は中井で、具体的かつ偏見をぶっこんだ王子様の完成だ。たぶん、野郎アイドルの衣装やいまだ残るヨーロッパの王族なんかの式典映像で見た記憶を基にしてるんだろう。
それでも、野々宮さんよりは常識的発想だな。
「容貌は近いが、服装はまったく遠いな」
「そっちに……いるのか?」
「おう。いきなりフェードインしてきたと思ったら、フィヴのエビフライを摘まみ上げて怒られてる」
俺が状況を説明した途端に、ふたりは腹を抱えて爆笑。
王子様がエビフライを摘まむ姿や、それをフィヴに怒られてるってのがツボにはまったらしい。
さてさて、向こうはどうなった?
「――だから言ったでしょ! 食事の邪魔しないでよ!」
俺はフィヴやマギーに声をかけることなくなりゆきを見守る。
だって、王子に見えない俺と会話してたら変に思われるだろう? フィヴたちだって、あえて俺に視線を送らないようにしてるのがわかるし。
「珍しい菓子を売ると聞いていたが、料理も珍しい物だらけなのだな」
「店は閉まってるんだから、さっさと帰りなさいよ!」
王子様の姿は、中井の想像よりもっと質素な服装だ。
大獅子族という割に長身痩躯っつー感じで、金混じりの赤茶けた長い髪を後ろに流してる。あの歌舞伎の連獅子って演目に出てくる獅子のヘアスタイルをそのままオールバックにしたようなやつだ。体躯が細いのに頭がそれだから、すげーバランスが悪い。
それでいて鋭い眼差しのイケメンなのが、ちょいムカッ。金なのか黄色なのかわからないが、ちょっと畏れ多い雰囲気の双眼なのが獅子らしいといえるか。
で、服装が飾りもフリルもないダブっとした綿素材らしい上下に皮の胴着に編み上げサンダル。
サンダルだぞ! サンダル。びっくりだ。
ここにも残念イケメンが。
フィヴのお得意様になりつつある各地の商人たちと比べると、一般民とたいして変わらない服装なんで王子と指摘されなければ判らないくらいだ。
そんな王族相手に、我らが猪突猛進ガールのフィヴが臆することなく頭ごなしに噛みついてる。この態度が、またまた彼を王子と思わせない。
毛を逆立てて威嚇するフィヴをまったく気にも留めない残念王子は、胡散臭い微笑を湛えてフィヴが押さえている折り詰めを注視し続けていた。
「これは売り物にしないのか? 商品となれば俺が買うぞ?」
「私が作ったんじゃないの! 日頃の頑張りを認めてくれた友人が差し入れしてくれたのよ。さあ、帰って!」
商品でもフィヴが作り手でもないからと断ると、王子は離れたところで奪われまいと必死におにぎりをぱくつくマギーに顔を向ける。
リスのように頬を膨らませたマギーは、顔色を変え頭をぶんぶんと横に振って否定する。
「……そうであるか。では、今日はこれ一つで我慢しよう」
あ。
それはそれは見事としか言いようのない流れるような最小の動作と器用さで、王子はフィヴの折り詰めの端からコロッケを攫う。
そして、それが何かも確かめずに躊躇なく口の中にコロッケを放り込んだ。
「ああああああああぁぁぁっ!!」
ぱしーん!
フィヴの絶叫と盛大なビンタを張った音が、森の中にこだました。
号泣しながら残りを喰らうフィヴをそのままに、俺はマギーとこそこそ囁きあう。
だってさ、王子に不敬を働いたんだぜ? 怒鳴りつけたのはともかく、手を上げるのは問題じゃないのか? 大丈夫なのか心配になるだろ?
あの後、頬を赤く腫らした王子は、何事もなかった様子で口をむぐむぐさせながら片手をあげて挨拶代わりにすると帰っていった。
意外だったのは、すこし離れた位置で待機していた護衛らしいお供の野郎どもだ。主が引っ叩かれてるってのに、その場から動きもせずあろうことか肩を震わせて笑いを堪えてる奴までいた。
マギーはともかく、俺は呆気に取られて見送ったんだが。
「だ、大丈夫なのか?」
「うん。……だと思う。アレ、第三位のブロン王子ってんだけどさ、ちょいと変わってんだよ」
「フィヴの婚約者候補?」
「まーさか。候補は第二位のアルフ王子さ。時々来店するんだけど、きっちり列に並んで買い物してくよ」
「王子って何人いるんだ?」
「アタシが知ってる限りじゃ二十八人だったかな?」
子沢山にも程がある。たぶん……王のお相手は王妃様だけじゃないんだろうな。
「えーっと、お妃さまは何人いるんだ?」
「ん? ああ、大獅子族の王には王妃と称される女はいないんだ。未婚で王が気に入れば、誰が相手でも妻になれるのさ。それで、男児が生まれりゃ王子として引き取られるんだよ」
うわー! 男の夢! ハーレムっすよ!
王様っつー立場と甲斐性がなけりゃできない偉業だろうがな!
「王様、すげぇ……」
「王だし、当然のことだろう」
マギーは好物を奪われることなく食い尽くし、満足げに目を細めながらけろっと告げた。