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食い物の恨みは異世界も一緒

 フィヴたちの世界に繋がる窓を一気に開けると、窓の前にはなぜかテーブルセットが一式鎮座していた。

 丸いテーブルにお菓子店の制服と同じ色味のランチョンマットが対面で二枚敷かれ、素朴な椅子が二脚置かれている。


「うはは。お食事会のセッティングかよ」


 お伽噺の中に出てくるような神秘の森の中に、お菓子の家ならぬお菓子屋の店が木々の間から見え、森の奥の一本の大樹の下にはテーブルセットだ。現地の人や来店した人々の目には、きっとピクニックのための準備に映っているだろう。

 目新しいデザインの制服で、変わった菓子を売る店の経営者だ。他に誰もやらないようなイベントを始めても、きっとほのぼのとした温かい眼差しで見守ってくれているに違いない。


「待ってたわー!」


 蔦で編まれた横長の籠を両手に持ち、歓声を上げながらフィヴとマギーが駆け寄ってくる。長い銀の髪を後ろで束ねたフィヴとシンプルなホワイトプリムをつけたマギーは、いつものふんわりした制服に今日はエプロンなしだ。

 俺は手を振り、満面の笑みでの歓迎に気をよくした。

 店は閉めてきたのか、ふたりの後ろに最後のお客たちが大きな包みを抱えて去ってゆく姿が見える。商売繁盛でなによりだ。


「ねぇ、作ってきてくれた?」

「おう。ご注文通りの弁当をお持ちしましたよ」


 俺を歓迎ってより、俺が作ってきた弁当をだけどな。


「もう待ちきれなくて、店長さんはとっとと店じまいするしぃ?」

「ふんっ。マギーだって兄さんの誘いを断ってたじゃない」

「トールのほうが先約だったからな。それに、アタシの場合は嫁入り修業の一環でもあるしっ」


 しなやかな腕を曲げて力こぶを作るマギー姐さんに、俺はぷっと噴き出した。

 なんで嫁入り修業に力こぶを誇示してんだよ。腕力だけで料理を作る新妻なんて恐くて考えたくねえ。夫婦喧嘩にでもなったら、フライパンが凶器と化しそうだ。


「修業ったって、そっちに米はないんだろう?」

「ないけどさぁ……」


 ふたりは籠をテーブルに置くと、中から壺や器を出して食事の用意を始めた。

 俺の意地悪な返しに、マギーが口を尖らす。マグからマギーに変身した時は、健康的な肉体美の威勢のいいお姐さんっつー感じだったが、付き合いが長くなると年下のフィヴと変わらないカワイイ性格がちらほら見えてくる。

 きっと、こんな部分にフィヨルド兄は惚れたんだな。


「早く! おベントー!」

「ほらよ。こっちがフィヴ用でこっちがマギー」


 両手に仕出し用の折り詰めを乗せて、ふたりの前に差し出した。

 北欧のような風景を背に、なんだか妙に浮く折り詰めランチボックスは、それでも鼻の利くふたりの獣人を喜ばせる匂いを漂わせているらしい。

 目を三日月に細めて破顔し、俺の手から折り詰めを奪っていく。


「きゃーっ、黄金色の美味しい物がいっぱい並んでる!」

「海苔! 夢に見た海苔とおにぎり!」


 テーブルに弁当を置いて、せーので蓋を開けた次の瞬間、ふたりはぴょんぴょんと跳びながら歓喜の声を上げた。

 俺の総菜で、ここまでテンションを上げてくれる女子を眺めるのは久しぶりだ。

 嬉しいやら気恥ずかしいやら。ちょっとした笑顔で「美味しかった」と言ってもらえることはあっても、スイーツの山を前にした女性たちのような興奮ぶりってのは珍しいからなぁ。


「冷めないうちに食えよ? まぁ……冷めても美味いんだがな」

「えっとえっと、いただきます!」


 ふたりは向かい合って椅子に座ると、両手を合わせて俺に顔を向けて日本式のお祈りをした。

 そこからは無言だ。あ、いや、甲高い唸りを漏らしながら食う食う。フィヴはさすがにお嬢様だからフォークを使ってるが、マギーは両手に各種おにぎりを掴んで大口開けて――おお、鋭い牙が見えた。

 これまた美味そうで、なによりだ。


「あのさ、食べながら聞いてくれ。この間試食させてもらったプリンなんだけど、チョリ師匠たちに食べてもらったらさ」

「ん? ん~んん~!?」

「ああ、飲み込んでからでいいから。でな、ちょっと足りない材料があるって結論に達したわけよ。でも、そっちの世界にないかもしれないんだが」

「んぐっ……っぷはー。なになに? どんな材料?」


 俺の出した話が気にかかったんだろう。フィブは急いで口の中の物を飲み込むと、上品な所作でカトラリーを置いて立った。


「食い終わってからでいいんだぞ? とりあえず先に話しだけしておこうと――」

「それは無理。気になっちゃって食事に集中できないわ」

「しかたないか……」


 俺はフィヴの申し出に従って、話を先に進めることにした。

 それにしてもだ。プリン作成に関わっているはずのマギーが、まったく他人事みたいな顔で食事を続けてるのは何故だ?

 首を捻りながらもカウンターに置いておいた小瓶を手に取り、そっと窓の向こうに出そうとして――ダメだった。

 ばーちゃんが使っていたバニラエッセンスの瓶はすでに消費期限を過ぎていたが、匂いだけでも伝えようかと持ってきておいた。が、窓の向こうに出すことは叶わなかった。

 ということは、フィヴの世界にはバニラ自体は存在していないってことになる。

 しかし、完成された食べ物になると抵抗なく渡せるのに、材料になるとアウトってのは腑に落ちん。それも、バニラを渡すつもりはなく、匂いを確認してもらうだけでしかないのに、だ。

 俺の行動を見ていたフィブは、すぐに何が起こっているのか理解したようだ。


「それが足りない何かなのはわかったわ。でも、どんな材料なのか確かめさせてもらわないと、代替できる物があるか判断できないし……」

「それって香り付けするヤツだろ?」


 俺とフィブが難しい顔で悩んでいると、マギーが指についた米粒を食べながらぼそっと口を挟んだ。


「知ってるのか?」

「うん。婆ちゃんが使ってたから匂いは覚えてる。でもな、それはアタシらのプリンには使えない」


 マギーの説明に俺は眉間を寄せた。


「もしかして、獣種には毒になる?」

「違う。アタシらの鼻にはその香りは強すぎるんだよ。せっかく玉子とミルクを使って濃厚な風味を出してるのに、それを使うとその香りしかしない妙なお菓子になるんだ。それじゃ売れないよ」

「あー……」


 ここで感覚の違いが出た。

 人間の俺たちには玉子や生クリームの風味とバニラの香りをバランスよく感じても、香り成分が強い材料は獣種の彼女たちにとって強すぎて邪魔なものになっちまうらしい。


「トールの世界のお菓子と同じ物を作らないといけないわけじゃないから、その点は私たちの世界の好みに合わせてみるわ」

「おう。わかった。それ以外は美味いと思ったから、後はいろいろと改良して――おいっ!!」


 世界が違えば、嗜好も違う。猫と人間が同じ物を同じように美味しく感じるとは言えないのと一緒だ。今までふたりが俺の料理を喜んで食べてくれていたから、ほとんどの物は受け入れてもらえると考えていた。

 俺も野々宮さんも、そこは無意識のエゴが出てしまってたみたいだ。次の機会は、気をつけよう。

 なんて反省しながらフィヴからマギーに視線を移動した時だ。

 変な(ヤツ)がテーブルの側に立ち、フィヴのエビフライを摘まみ上げていた。

 いきなり怒気を含んだ声を上げた俺に、フィヴは振り返りマギーは緊張を漲らせた。


「あ、あなた! 何してるのよ! 泥棒!」


 いち早く臨戦態勢を取ったのはマギーで、残りのおにぎりを両手で掴むと椅子を蹴立てて後ろに飛び退いた。その後を追うように、フィヴが怒鳴る。


「初めて目にするが、これは何という食べ物だ?」

「王子とあろう者が、卑しいことするんじゃないわよ!」


 フィブは目元を怒りに染めると、不審人物にずかずかと迫ると摘み上げられたエビフライを奪い返し、折り詰めに戻すとさっさと蓋をしめて隠した。

 獲物を奪い返された彼は浮かせた手をそのままに、なぜか悲しげな目をして折り詰めを見つめて立ち竦んでいた。

 

「王子……?」


 俺はぽかんと口を開け、ただただ王子と呼ばれた男を眺めていた。


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