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弁当とプリン

書いててお腹へった……。

 まず、俺は中井からの伝言をシカトすることにした。

 侑花を通して、誰かが俺に会いたがっているのはわかった。けど、それは俺の事情じゃないんで。

 まだ見ぬ後輩だろう人よ。すまん。機会が訪れるまで待っててくれ。

 

「俺は()()()()するんで、そこんとこよろしく」


 いつもの時間にカップルで現れた中井に、先制攻撃とばかりに宣言する。

 隣りで野々宮さんが靴を脱ぎながら、俺の台詞に首を捻ってるが下手な質問はしてこなかった。当の中井は揶揄の意味をすぐに飲み込んで、無表情のまま頷く。

 俺の連絡先を知ってながら、わざわざ中井を挟む侑花の姑息な態度が気に入らない。おおかた、件のバカ兄貴事件で俺を怒らせたことで、直接連絡できないくらいまだ怯えてるんだろう。仲の良い中井に執り成してもらえれば……なんて他力本願な考えが透けて見える。

 そんなもん、知ったことか。

 人に頼みごとをするのに、なんで遠回りする必要があるんだってーの。それこそ、俺に失礼だろーが。


 とりあえず侑花の件は保留にして、フィヴたちへの交換品が先だ。

 俺と中井の謎会話が終わると、ワクワク顔の野々宮さんが問う。


「で? フィヴちゃんからの試作品は?」

「俺のほうがまだ完成してねぇんだ。先に行って食っててくれるか? 運転席の上に上がってるクーラーボックスに入ってるから」

「靴脱ぐ前に、早く言え」


 ブツブツ文句を垂れながら、俺から渡されたキーを手にした中井が、片方脱ぎ掛けたスニーカーに足を戻す。


「二種類入ってるから、分けて食えよー」


 俺はそう告げながら、込み上げてくる笑いを必死に抑え込んだ。

 きっと変顔になってたんだろう。中井の目がちょい鋭さを増して睨んできた。


「何? なんかあんのか?」

「なんもねぇよ? ま、食べてみてからのお楽しみ!」


 食べる前に驚愕するんだろうけどな。

 さて、パン屋の若と菓子屋の姫は、あの色に打ち勝てるのか!


 ふたりを見送った俺は台所に戻ると、交換料理の続きを再開した。

 サケフレークと胡麻を混ぜたヤツと猫飯を握ったヤツの二種類を焼きのりで包み、粗熱をとって酢を飛ばした酢飯とマグロの柵で細い鉄火巻きを作った。

 鉄火巻きは、もちろんサビ抜きで、醤油も減塩の甘口。

 そして、エビコロとエビフライ&タルタルソースだ。

 猫科がエビは大丈夫なのかって? それは、前回フィヴが来日した時に試してみたんでご心配無用。

 ただし、エビは火を通した物でないと駄目だし、イカとタコ自体は食感が無理だった。体に悪いかもという心配はあるが、それ以前に喰い辛くて美味しく感じないんだとか。で、どうにか飲み込んだら胃がもたれたらしい。

 まぁな。人と同じ姿はしてはいるが、歯なんかの細かい部分に違いがあるみたいで、噛みちぎって軽く噛んで飲み込むフィヴたちは、イカタコみたいなよく噛まないとならん物は苦手らしかった。

 エビフライは大きめで新鮮なブラックタイガーを使い、丁寧に下処理をする。背ワタを取って少量の片栗粉と塩で揉んで水で洗い、真っ直ぐに揚がるように腹に包丁を入れる。最後は、尻尾を包丁の先で扱いて水気を切ってな。

 エビコロは固めのホワイトソースから作って、裏ごししたじゃがいもをちょい加える。冷ますと型崩れしにくいし、一口食った時にクリームが飛び出してベチャとしない。乾燥マッシュポテトでもかまわないが、クリームのコクが落ちる気がするんで好き好きで。エビはむきエビでOK.下処理は完璧にな。

 そして、タルタルだ。

 デリ・ジョイのタルタルは二種類ある。

 らっきょやパセリを刻んで入れたオーソドックスタイプと、ホースラディッシュや粒マスタードを入れた辛口タイプだ。

 香辛料がダメなフィヴには、玉ねぎ抜きにきゅうりのピクルスとタラゴンをちょっと。

 よぉっし! 堂々完成。

 中井たちにはエビコロと握り飯とささっと作ったエビマヨを。

 おー、自分で作っていて腹が鳴った。

 居間に戻って柱時計を見ると、すでにゴールデンタイムを過ぎていた。

 慌てて大皿と折り詰めを持つと、サンダルをつっかけてキッチンカーに移動した。


「おお! 食ってる~」


 窓際のカウンターに寄りかかったふたりは、神妙な顔で木のカップを手にスプーンを銜えていた。

 俺がニヤニヤと薄笑いしながら店舗内に入ると、恨めし気な目つきで見返したのは中井だ。

 食ってはいるが減り具合を見る限り、色にド肝を抜かれて試食までは時間がかかったと推測する。

 うはは。


「了も、これ、食ったんだよな?」

「おう。ふたつとも食ったぞ。ちょっとビビったけどな」

「で? 材料は?」


 驚愕第二弾を打ち出すかどうか、ここが問題だ。


「聞かぬが仏かと……」


 いきなり答えを突きつけた場合の被害を回避するために、まず忠告した。ふたりの眉間がググっと狭まる。

 プリンに視線を落として考え込み始めたふたりに構わず、俺はカウンターに持ち込んだ料理を並べた。

 すーっと店舗内にさっきまで漂っていたと同じ匂いが充満する。揚げ物の油やマヨネーズの酸味、海苔と魚のちょい磯臭さだ。


「で、味は? 試作品だからさ、評価や感想を伝えないと」


 味から材料を当てようとでもしてるのか、すこしずつ口に含んで悩んでる野々宮さんの気を逸らすために感想を求めた。


「う~ん……足りないんだよねぇ」

「あ、俺も思った」


 あー、やっぱり本職だ。

 俺ですら感じた『足りない』物をすぐに見つけた。


「何?」

「何って……透瀬も気づいてんでしょー? 菓子の材料って言ったら、コレって言われるヤツ―」

「バニラエッセンス?」

「正解!」


 そーなんだよ。プリンとなると、あのバニラの風味があってこそなんだよ。じゃないと、卵臭さが際立って美味さが半減する。

 ただな。獣人である肉食系のフィヴたちに、この卵臭さっつーか生臭さはOKなのか? とも思ったわけよ。

 しかーし、本職の野々宮さんには『プリン』と名のつくからには、カスタードで作るプリンにバニラエッセンスが入ってないのは『足りない』と感じる。

 ふうと息を吐き出してプリンを置いた彼女は、スプーンを振り振り話し始めた。


「今まで出してきた商品はさ、ほとんどが焼き菓子だったからバニラは使わずにすんでたんだよねー。木の実やハーブで香りを引き立てる焼き菓子が多かったしー。ここに来てプリンに挑戦するとは思わなかったよぅ……それに、色がスゴイ……」


 難しい顔でこてんと頭を傾げて、カウンターに置かれた小さな木の器を眺めている。


「プリンのレシピは渡したのか?」

「んにゃ?」


 中井が野々宮さんに確認して否定されると、今度は俺を見た。

 だから、マギーの飼い主だった婆ちゃんの話をした。インスタントのプリンじゃなく手作りだったらしいことや、マギーがそれを見てうろ覚えのままそこまで作り上げたことを。


「……世界は違えど、スイーツ女子の執念、こえぇ……」


 ぼそりと中井が呟いた。 

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