異世界料理はどうしたって?
「アタシ、お米大好きだ」
そんな一言で始まった『どんな物が食べたいか』会談。
シビアな話題のあとに、すこしでも和んでバイバイしてーなーと思ってたところに、閉店仕舞いを終えてきたマギーが合流した。
森の中だが、まだ陽は高い。こんなに早く閉店か? と問うと、まだふたりでの営業が主なんで、一日分の販売量を決めていて完売したら店を閉めているんだそーだ。
確か、里の仲間をパートとして雇うとか言ってなかったと返すと、彼女たちは顔を見あわせて微妙な表情で頷き合った。
なんでも、雇った相手が商品を勝手に食べたり、友人知人が来店するとフィヴ店長の許しも得ずにオマケしたり試食させたりしたんだって話だ。それを注意して叱りつけたら、仲間内で融通し合うのの何が悪いんだと。
ああ、そりゃ雇い続けるのは無理だなと。
「お店に勤めたりした経験のない人ばかりだから、商売の常識がないのよ。里の同族間で融通しあったりお裾分けしあったりっていう、仲間内の交流の形をお店にまで持ちもんじゃって……」
なーるほど。地域限定、仲間限定の暗黙のルールを同じ里の仲間のフィヴの店でも発揮しちゃったってわけか。
「だから、今はまたふたりでやってんのさ。時々フィールも手伝いに来てくれるし……まっ、邪魔になってるんだけどねっ」
昨日のフィヨルド兄の醜態を見れば、おのずと想像できるってもんだ。 俺とマギーは遠慮なく笑い、フィヴは不服そうに頬を膨らませた。
和んだ雰囲気に押されて、今日はこの辺でと言いかけた時、突然マギーの腹の虫が盛大に鳴った。訊けば、昼食を摂っていないらしい。
獣種の国は、さすが獣の血が入ってるだけあって一日四食だとか。
丁度プリンのお返しをと考えてたんで、それなら好物をとなったわけ。
いつも商売のために試作した総菜やら、多めに作った料理やらばっかりだったしな。
で、試しに「プリンのお返しは、好きな物作ってやる。何がいい?」と尋ねてみた。
一人称で判るだろーが、米好き宣言をしたのはマギーだ。
フィヴが嫌そうに肩眉を上げて、細めた横目でマギーを見やる。
「私はあんまり……、好物とまでは言えないわね。だって噛み応えがないんだもん。あ、ただしサカナと一緒に食べるなら好き、かな?」
ああ、わかる。フィヴの場合は魚を使った総菜ありきで米を食ってたっけ。肉食獣の血が基になっているから、主食はやっぱり肉や魚だろうし、米はあくまで添え物でしかないんだろう。
それだけに、マギーの好物候補には俺も驚いた。
「飼い主だったばーちゃんから食わされたのか?」
「いいや、じーちゃん。猫はやっぱりこれだろう! って言ってさ、お米に魚を削ったヤツ――なんだっけ? ブシ? とかいうヤツを混ぜたご飯を出されたんだ」
「猫飯か!」
「そそ。それそれ。猫専用のご飯も出されたんだけどさー、毎度それじゃ味気なくってさ、何かないかと強請ったら始めはサシミで次はサンマで、最後が猫飯だったんだよ。意外に旨くってさ、腹もちいいし」
お年寄り家庭だからか、魚率高ぇな。肉はどーした!?
それに、猫だったくせに腹もちって。
「あとさ、海苔が好き!!」
「の、海苔って、あの黒くて樹皮みたいな物よね? あれ、美味しいの?」
「海苔は嗜好品だな。アタシはおやつに出してもらってた」
海苔は、基本的に飯のお供です。嗜好品のカテゴリに入る食品ではありません。俺はお吸い物の具にしたりするがな。
そういえばと思い出す。
フィヴがこっちの世界に来た時、米よりも総菜をメインに食っていたっけ? とりあえずってことで食パンも一緒に出してたから、米を食ってたかどーかまでは気にしてなかった。海苔もなー。レイモンドが味海苔を殊の外気に入って、やたらと飯のお供にしてたしなー。
ところで、マギーの目つきが滅茶苦茶あやしい。ちょい遠くを見つめるように視線を空中に投げ、なんとはなしに頬を染めている。これは、フィヴがお菓子談義をしてる際の表情に近い。でも、至高! とまでの興奮度には達してないみたいだが。
そのフィヴだが、だんだんと顔色を失っていって口を噤んだままだ。
それに気づかないマギーは、たぶん思い出してるんだろう頭の中の握り飯にニンマリ顔だ。
「あの海苔巻きやオニギリが旨そうでさっ。でも猫だっただろう? 齧り付いても海苔の端っこだけになりそうだし……元に戻ったら、絶対に食べたいと思ったんだっ」
「マギーは、海苔付きおにぎりな。具は? それとも混ぜる?」
俺はちらちらとフィヴに目をやりながらも、マギーの注文をメモに描き込んでいた。
「鮭を細かくして混ぜたヤツ! あとさ、赤いサシミを巻いたヤツ!」
えーっと、サケフレーク混ぜご飯の握り飯と、赤いサシミってのは鉄火巻きか?
「おにぎりはともかく、海苔巻きはすし飯だぞ? 酢が入ってても大丈夫か?」
「あれ、ツーンとするほど強くないじゃん? いきなり鼻先に酢の物を出された時、すげービックリして跳びあがっちまったよ」
大口を開けて大笑いするマギーに、俺まで釣られて笑った。
猫あるあるだな。
「じゃ、次はフィヴ。なににする?」
「あ、私はね、クリームコロッケとエビフライがいいのっ。でね、あの焦げ茶色のどろっとしたソースじゃなくて、卵とマヨネーズのがいいわ」
「ソースじゃなく、タルタルな?」
「うん! エビフラーイ好き。クリームコロッケにもエビ入れて?」
お? エビ押しか?
イカや貝じゃなく、エビに注目か。
「お魚は、こちらで食べられるようになったし。だから、トールの世界でしか食べられないエビフライがいいわ」
「ほいほい。エビづくしのフライだな。よし!」
注文メモを書きあげ、あとは野々宮さんからの差し入れを含めて持ってくると約束して窓を閉めた。
しかし、結婚問題ってのはどこの世界も大変な問題だな。
俺のほうは、少子化問題が加速する一方で税金だけは分捕られてる。
フィヴの世界は、血統に関する大きな壁が存在してる。それに、この間の戦争で減少気味だった希少種や純血種の者たちが、ごっそり戦死したっていうんだから残された種族は辛いだろう。
根本的な原因が神様じゃ恨んでも恨み切れなくて、運命だったってことにするしかなかったらしいし。
純血種がいなくなれば、完全獣化できる者たちも淘汰される。外見的には白銀豹族と自称できても、純血種じゃない人が多くなるんだろう。
俺たち日本人だって、純粋な大和人なんて存在してるのかどーか。何をして純粋なと言えるか、だ。
人も料理のように、いろいろと混じり合って進化してくのかな?
『フィヴからチョリ師匠に、試食の依頼が入ったぞー』
母屋に戻って、すぐに野々宮さんあてにLINEを入れておく。グループLINEだから中井も見るが、どーせカップルで来るんだから気にしない。
今は真夜中だし、返事は明日かとスマホを放置して歯磨きに洗面所に向かいかけた俺の足を、着信音が引き留めた。
『俺らの後輩が、了に会いたがっている。移動式屋台の話を聞きたいんだとさ。どうする?』
『誰?』
『お前がバイトしてた中華総菜屋の妹の紹介だとさ』
俺はそれ以上のレスを打てず、ただ液晶画面に映る中井からのメッセージを何度も読み返していた。
後輩で中華総菜屋ってのは……確実に山田 侑花のことだろう。
なぜ、俺に直接じゃなく、中井に打診がいく?
どーゆーことだ?