フィヴの災難-3-
『ハーフ』という表現にご指摘がありましたので、加筆訂正しました。
ご指摘、ありがとうございます。
いろいろと調べてみて、ふたつの混合の場合は『ダブル』、それ以上の場合は『ハイブリッド』と表現したいと思います。
翌日も、レイモンドと再会することはできなかった。
あの事件からそれなりの期間をおいてるんだから、そろそろ復活してくんないかなーと他人事みたいに思ってるが、だからって急かすみたいに伝言を貼りつけたりするのもなーとも躊躇してる。
オルウェン男爵夫人に会えたし、こちらの状況も話しておいた。きっと伝えてくれてるだろうから、後は奴の心の踏ん切りがつくまで待つか。
こればかりは、刃傷沙汰の当事者でない俺ではレイモンドの受けたショックの度合いはわからないし、同じ立場であっても個人差ってもんがあるから下手なことはできない。
中井たちにも相談したが、こいつは無理だ、名案は出せないと言われた。
……どっちかってーと、フィヴの恋愛だか結婚だかの話のほうに興味津々で、盛り上がってしまったのは許してほしい。おもに、レイモンドに。ごめんな。
会えない奴らには俺しか情報源がないから、レイモンドは置いといてフィヴ本人に話を聞けとせっつかれる始末だ。
「というわけで、ご本人の心境は?」
俺が木べらをマイク代わりに差し出すと、フィヴは鼻の上に皺を寄せて、むっつりと不機嫌になった。なんでこんな顔も可愛いんだろうな。こいつはぁ!
ああ、認めるよ! 俺もフィヨルド兄に負けず劣らずフィヴに甘いよ! 仕方ねぇだろ? やることなすことカッコカワイイ妹分なんだから。
もー、俺を含めて男共は揃って残念な奴しかいねえな。おもに、フィヨルド兄な。がんばれ、マギー!
内心で開き直って、他の残念野郎にエールを送って己の不甲斐なさをごまかしてる間にも、フィヴは唇を尖らせて愚痴を零している。
「まだ、そんな気にならないわ。王子でも大臣の息子でも! マギーが何を言ったか知らないけど、だいたいね王子は獅子族なのよ? 結婚できるわけないじゃない!」
「え? だめなの? 族違いの問題?」
「しようと思えばできるわよ? 子供も作れるし。でもね、私は白銀豹族の数少ない純血種なの。これ以上他族の血を入れたら、いなくなっちゃうわ」
「ああ……そういえば」
確か以前そんなことを言ってたな、と思い出す。そんで、改めてフィヴを見て再認識するわけですよ。
彼女は、父と兄が獣種の王様の近衛隊っつー家柄のご息女様だってことを。つまり、いいトコのお嬢様。
その上、白銀豹族のわずかな純血種でとなれば、そうは簡単に他族の野郎と結婚できないかー。
「なあ、フィヴと王子様が結婚した場合、生まれる子供はダブルになるのか?」
「ダブル? ダブルって何?」
あ、翻訳できずにそのまま伝えられたか。う~ん。
「つまり、ふたつの種族の特色が混ざり合った外見の子が生まれるのかってことなんだか」
「ああ、そういう意味合いの言葉なのね……。答えとしては、いいえと言えるんだけど、ちょっと複雑なのよ……」
フィヴは困ったってな表情で肩を竦めると、すぐには理解できないような説明を長々としてくれた。
ところで、今日のおやつだが、またもやプリン。前回は濃紺だった色が、今回は真っ赤! ゼリーみたいに透き通った赤なら見慣れてるが、プリンやムースが深紅だと想像してみ? やっぱり一瞬ギョッとする。
で、材料はと尋ねたら、今度は大王鳥という巨大な鳥の卵なんだとさ。
鳥の卵と聞いてほっとした次の瞬間に、この色を見てギョッとした。 こっちの世界でも、特定の鶏卵や餌なんかによって通常の卵より赤みがかった黄味をした卵があるが、あれなんか目じゃない。深紅だ、深紅。……まるきり血の色。
ふっと脳裏を、凝固しかけの血液の画像が過って、背筋に悪寒が走った。なんだろーな。濃紺のプリンよりも違和感が激しい。
食うけどね。
見たこともない魚を躊躇なく食ってくれたフィヴを信じて、俺は木匙で掬ったそれを口に運んだ。
味っすか? 濃紺の奴より濃厚でもったり甘い。見た目が酸っぱそうなのに、練乳かってくらい甘い。そんで、香りは卵というより砂糖を煮詰めたカラメルみたいな香ばしい匂いがするんだよ。だからプリンっつーより、きめ細かい激甘なパウンドケーキって感じだ。
喉に絡む甘さを麦茶での流し込みながら、一生懸命なフィヴの話に相槌を入れる。
まとめると、純血種同士の間に生まれるのは、上位種の外見の子なんだそうだ。でも、中身は微妙に混ざっているらしい。獅子と豹だった場合、獅子の外見に豹の特徴を持った身体能力の子が生まれたりする。やたらとジャンプ力があって、木登りや枝渡りが上手いとかな。
これが、親のどちらかがダブルだったりすると、わずかずつ外見にも現れたりするらしい。見た目は獅子なのに、耳の先が妙に丸みを帯びてたり尻尾の先の被毛が短かったり、男だと首回りの被毛が長かったり。または、その真逆の特徴がでたり。
ダブルやハイブリッド同士だと、どっちが上位種の血を多く受け継いでいるかによって、混ざり具合の割合が変わるらしい。
いろいろと複雑で大変だ。
「でもさ、フィヨルド兄も純血種なんだろ? マギーは見るからに別の種族だし」
「好きになっちゃったら仕方ないのよ。それに、男は子供を産むわけじゃないし、選ぶのは私たち女の権利だしね。マギーがいいなら、外野は口を出すべきじゃないの。兄さんの子を産みたいって思ってるのは、マギーだから」
うへー! なんか赤裸々過ぎて、フィヴの発言だけど聞いてる俺のほうが気恥ずかしくなる。
フィヴにとっちゃ何の含みもなく血統の話をしているつもりなんだろうが、男の俺には妊娠や出産ってイベントに関係する話題なだけに、ちょいドギマギしてしまう。
なんかね、キレイな女の子と面と向かってする話じゃないなーと、会話してから思っちまったんですよ。これでも年頃の野郎ですから。
まあね。人間だって結婚すると同時に、『子孫繁栄』に関しての話し合いとは切っても切れない重要課題であるわけで。
それにしても、そっちの世界の野郎も大変だなぁ。
季節になると、選んでもらうために野郎どもは好みの女性相手に頑張らねばならんってのが、なんか身につまされる。
女性から見ると、逆ハ―とかってやつだな。
「じ、じゃあ、フィヨルド兄とマギーの場合、生まれる子供の外見は銀色の豹族か?」
「マギーは多種混合だって言ってたから、白銀豹族の外見にもしかしたらちょっとだけマギーの特徴が出るかも」
そうなれば叔母さんになるのに、フィヴはほんのりニヤつきながら予想を語る。
己のことはシビアな問題だけど、兄の結婚は手放しで祝福してんのか。生まれてくる甥や姪を楽しみにしてるらしい。
「なるほどなぁ。フィヴは政略結婚はイヤだってことかあ」
「そう! 血統を犠牲にしてまで政略結婚するつもりはないわ。結婚するなら好きな相手と! 同じ純血種が理想だけど、外見だけでも白銀豹族であってほしいもん」
「……キレイだもんな。フィヴもフィヨルド兄の獣化も……」
メタルスチールみたいな白銀の毛並みをキラキラと煌かせ、全身しなやかなワイヤーみたいな豹だ。男女の美しさってんじゃなく、人族とは違う生き物としての美しさだ。
それが段々と消えかけているなんてな。
「ありがとう。異世界のトールに言ってもらうと凄く嬉しい。でもねー、私は恋人よりもお菓子に夢中なの! 美味しいお菓子は至高!! 正義!!」
神秘の森に、スイーツの権化の宣言が響き渡った。
――だめだ、こりゃ。