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フィヴの災難-1-

 ギャーギャー騒ぐのは、なにも女性に限らない。男だってパニックに陥れば、周囲なんか構わず喚き散らす人間もいる。恐慌状態ってのか、周囲の声も耳に入らず姿も見えずらしいが。

 その代表たる野郎が、涙を滝のように流しながら窓越しで俺に訴えている。

 つい数分前までは、フィヴが喚いていた。怒りと戸惑いを混ぜたみたいな複雑な表情で、助けてくれと。なのに、割って入ってきたのは、彼女の兄であるフィヨルドさんだ。

 普段は超過保護な兄貴なのに、今はその溺愛妹の姿すら目に入らないらしい。嘆きの大きさに、愛妹を押しやって俺の前で大声で吠えている。

 うん。比喩じゃなくマジで吠えているんだな、これが。

 戦いで闘気が高まると獣人化してしまうとは聞いていたが、感情の振り幅が大きいと同じ作用がでるらしい。ことに、感受性の高い人なんかは。

 

「……あれ、なに?」


 犬の遠吠えってのは見たことあるが、猫科つーか豹の遠吠えって初めて聴いた。

 オオーンっつー感じのイヌ科とは違って。アーオアーオと鳴いている。

 フィヴとよく似た銀灰色の被毛を輝かせて、筋骨隆々の巨大豹が蒼い目から滂沱の涙を流して佇んでいる。

 はた迷惑なシスコン兄は、首から上だけ豹の顔面で下は陽に焼けた人間のマッスル・ボディだ。俺にとっちゃ見慣れない奇異な姿に、同情心よりも面白映像を観覧してる気分にしかならん。

 俺は冷めた視線を獣化フィヨルド兄に投げながら、窓際でうちの新メニューのリンゴとさつまいものレモン煮を食べているマギー姐さんに尋ねる。


「フィヴに来てる結婚話が本格的になってきて、妹愛が過ぎる兄のなれの果て」

「え? 本格的って……」


 マギー姐さんは呆れ口調で言うと、いつものキリッとした切れ長の目を細めて肩を竦め、大きな口にさつまいもを頬張る。

 そうなのだ。

 フィヴにそろそろ春がやってきそうだって話なんだが、以前ちょろっと話題に出ていたストーカー野郎を含めて五人の求婚男が現れたんだそうだ。

 そいつらは互いにけん制し合いながら、フィヴの迷惑顧みず暇さえあれば出現して求婚しているらしい。フィヴがあからさまに迷惑顔でうるさい! あっち行って! と抗議するが、まったく聞く耳持たない連中なんだとか。

 そのストレスを解消するつもりで、久しぶりの俺との顔合わせで愚痴を零し始めたのに、それさえも兄に邪魔をされて怒り狂ったフィヴは兄の鳩尾に拳を一発埋めると、プリプリしながら店の倉庫に閉じ籠ってしまった。

 今、フィヨルド兄は、それを嘆いている最中なのだ。もう、神様の用意した翻訳術すら役立たない。ただただアーオアーオとしか聞こえない。

 そんな情けない恋人を前にしてもマギー姐さんは動じず、余裕の冷笑を浮かべて咽び泣くカレシを眺めている。

 

「ふふふ~。現在、第二王子が優勢だな。来てもちゃんとお客として買い物をして、外で買った物を食べながらフィヴの手が空くのをじっと待っているんだ。礼儀を弁えた紳士だよねぇ」

「で? 当のフィヴはソノ気があんの?」

「あるわけないじゃーん。店も商品開発も順調でさ、お得意さんが増えてきて忙しいながらも楽しーって時期なんだよ? いくら【適齢期】が来たからって婚姻なんて考えられないって」

「適齢期かぁ……」

「あ、そっちの世界の適齢期と、アタシたちのそれとは意味が違うんだからね」

「え? 違うの?」

「うん。あー……なんて説明したらいいかなー。年齢や育ち具合じゃなくて……」


 あーでもないこーでもないと適切な言葉を探すマギーを待ちながら、俺は交換したフィヴの新商品を試食中だ。

 なんと、卵をたっぷり使ったプリンによく似たデザートだ。しかし、見た目が紺色のとろとろプリン。んで、卵を産んでいるのが鳥じゃなくて爬虫類。容器は木の器。

 色彩にぎょっとし、レシピに慄き、戦々恐々と口にした紺色プリンは甘酸っぱい不思議な風味がした。プリン的な食感なのに後味がココナツミルクのムースのよう。

 これは、野々宮さんに食わせないと駄目だな。


「んー繁殖期というか、この時期じゃないと子供ができないって期間があるんだ」

「は、発情期?」

「いや、アタシたちは……トールたちと同様に年中発情してんだけど……妊娠するのはさ、この時期だけってことっ。女のアタシに言わせんな!」


 お? 色っぽいってよりも凛々しい容貌のマギーが、珍しく恥ずかしそうに目元を染めてる。

 豪放磊落で奔放に見えても、やっぱり年頃の女性だな。


「ごめん。でもさ、男同士で話をしようにも、唯一俺に会える野郎があれじゃーな」

「あー……うん。当分、あのままだと思うよ。フィヴがね、お相手を決めてくれりゃ落ち着くんだろうけどさ……」

「決定したら、もっと酷くなるんじゃねぇの?」

「……フィルが納得するくらいのヤツなら、大人しくなると思う」


 無理だな。どんな野郎が来ようが、フィヨルド兄が大人しく納得するなんざ想像できない。

 阿呆は問題外だが、完全無欠でイケメンで性格がどんなに良くても、妹溺愛兄はそんなもんでどうにかできるほど単純な心理構造をしていない。

 ましてや生き別れ覚悟の中で、やっと再会が叶った兄妹だ。フィヨルド兄のシスコン具合は度を増してるはずだ。俺ですら、並大抵の男に嫁になんて!! てな気分になるというのに。

 そんで、その後ろに偉大な父が控えているんだぞ。


「無理だな。ただーし、マギーが恋人として、妹の結婚話なんか二の次になるほどフィヨルドさんを夢中にさせりゃ……」

「年季が違い過ぎるよっ!」


 木の串をふりふり唇を尖らせてマギーはぼやく。

 

「ま、俺は愚痴を聞いて相談に乗るしかできないんで……てか、このデザート美味いな。もうちょっと酸味を控えめにしたら……うん」

「美味い? だろだろ? アタシが考案したんだよっ。ギルギスの卵はデカいし濃厚だからねぇ」

「プリンとは違うな。味も一風変わって面白い」

「そっちの世界じゃ驚かれるっしょ? この色!」

「おう! 紺色の卵なんて初めて見た」

「生だとねちょっと濃い青なんだけどさ、軽く熱を通すと色が濃くなるんだ。こっちの世界じゃ珍しくない色なんで、工夫してみた」


 フィヴはもちろんだが、マギーも凄ぇな。異世界に飛ばされて小柄な猫になったままだったのに。


「いろいろと知識を養ってたんだな……」

「アタシを拾ってくれたバーチャンが料理もお菓子作りも上手だったからね。アタシに話しかけながら作ってたから」


 さすがは姐さん。転んでもタダじゃ起きない神経の持ち主だよ。


「トールの手際も見てたからさ。そっちはフィルと所帯を持ったら腕を振るうつもりなのさ!」


 ……それは幸せなことで。でも、まずはフィヴの問題を片付けないと、結婚相手があれじゃ……。



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