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秋の味覚と旨い飯

 多種類きのこのデュクセルソースを大量に作って保存し、栗と銀杏は甘めのだし汁で煮しめておく。

 デュクセルソースは、玉ねぎの薄切りと共にバターで炒めてコンソメスープやクリームスープにする。栗と銀杏は、薄口醤油出汁で炊いた飯に混ぜる。一緒に炊くレシピもあるが、俺は別にする。栗と銀杏の甘さが出切ってしまわないようにするためだ。

 秋のメニューは、夏真っ盛りとは打って変わって煮物や揚げ物が多くなる。暑さで食欲が落ちる夏は、こってりした油物は控えていたからな。


「天然まいたけの天ぷらって、初めて食べたぁ」

「サンマもメニュー入りか?」

「いれねぇよ。まだ高いしな」


 天ぷらもサンマも大根おろしとおろし生姜たっぷりで。

 野々宮さんが差し入れに持ってきてくれたサンマは、初物とはいえ太くてふっくらと焼き上がった。

 手伝いの対価に夕食をご馳走しがてら、先日会ったオルウェン男爵夫人との初対面を話す。レイモンドに似た美人お母さんに、なぜか野々宮さんがブーブーと文句を言いつつ俺を羨むのは、なぜか。

 この人は、マジで美人さんに会いたがるよなぁ。まぁ、カレシのいる身で、男に会いたがるよりはいいけどさ。でも、ことごとく出会えないのには笑う。きっと会ってしまうと不幸が訪れるんだ。神様が、それを回避してくれているんだ。きっと


「あの護衛……腕を失ったのか」

「らしい。それもご主人様のせいでってとこがやる瀬ないよなぁ」


 俺と中井がしんみりとセレに同情していると、野々宮さんが片眉を吊り上げた。


「でもさー、いっくらジョアンさんに唆されたってもさー、あんな場所で魔法や剣をぶん回すほうもどうかと思うー。あたしは同情できないなぁ」


 キレイな箸使いでサンマをたいらげながら客観的意見を述べる彼女に、中井と顔を合わせて苦笑した。

 相変わらず厳しい。

 誘われて訪ねて来てみりゃ、倉庫の一室だわ野郎の集団がお出迎えだわで、女性としては身の危険もあってキレもするだろう。その辺りを、野々宮さんなら同性ってことで庇うかと思ってたんだが。

 そう訊ねると、野々宮さんは半眼になって鼻で笑った。


「おかしいと思ったらぁ、そんな誘いにのらないように忠告するのもボディーガードの役目っしょ? お嬢様もさ、いっくらあたしたちに会えるって誘われてもさぁ、穴倉に案内された時点で引き返せるだろうし? 女の危機管理ってのはさぁ、人頼みばっかりじゃー駄目なのさっ」

「的確過ぎて、コワイ!」


 俺がフザケて応えると、味噌汁を飲み干してご馳走様と手を合わせた野々宮さんはニイッと唇を引き上げて魔女の笑み。


「女が女に厳しいのは当然っしょ? 男は美人に無条件で甘くなるからねー。さて、晩酌だ!」

「お前だって……美人に会いたがってんじゃん」

「誰だって目の保養はしたいしぃー? あたしは透瀬の人間性を信用してるから、おバカとは会わないですむだろうしぃ? あ、おバカはあたしもだけどさ」


 まだ夕飯を食っている俺を前にして、魔女はカレシとやりあいながら缶チューハイを取り出した。プルを開けると小気味よい炭酸の音がして、それに釣られた中井が最後の飯を飲み込んだ。

 酒のつまみは、マイタケ天ぷら。

 物好きの中井は、取っておいたサンマの内臓に生姜をのせて肴にして飲み始めた。こーゆーとこが、酒飲みって感じだよな。

 そんなバカップルに構わず、俺はゆっくりと飯を堪能しながら、今度はオルウェン兄弟の現状を伝えた。

 男爵様からジョアンさんに下された罰に頷き、止めなかった相方のエリックさんひとりでの営業に、また頷く。

 問題は、自ら引き篭もったレイモンドだ。


「あー、そうなるとレイモンドさんとは、再会はいつになるか判らんってことか?」


 酵母はオルウェン男爵夫人が責任をもって育てるそうだと聞いた中井は、夫人の決意に好感を持ったようで文句も言わずに納得した。次は、引き篭もったレイモンドが気になるらしい。

 母上様から俺と出会ったことを伝え聞いて、レイモンド自身がどう判断するかだ。


「うん。俺は無理やり会おうと思わねえんだよ。怪我はしたものの無事だってわかっただけでも安心したし、後はレイの気持ち次第、かな?」

「気持ちか……。いろいろ複雑だろうなぁ」


 正義感の強い男だから、自分の不甲斐なさが発端で起こったさまざまなアクシデントを独りで背負っちゃってんだろう。


「この件は俺が、でもこれは兄貴がってな具合に分けて考えられるほど器用じゃなさそうだしさ」

「……その部分は、めちゃくちゃ解る」


 兄に虐げられてきた弟の中井が、妙にしんみりと同意した。



 と、そんな夜を過ごしたけれど、俺は相変わらず毎晩のように窓を開ける。誰もいなけりゃ、さっさと閉じて早寝するだけだ。

 寝る前に戸締り確認をする日課の中に、それが組み込まれてたようなもんだ。

 レイモンドの世界だけじゃなく、二日にいっぺんはフィヴの世界も覗き見る。用があれば窓を全開にして、しばらく様子窺いしながら待つが、なけりゃ木々の間から見えるフィヴの店を眺めて終わりにする。

 可愛らしい煙突から煙が上がるのを、微笑ましい気持ちで見て楽しむ。

 とんとん拍子で夢を叶えた彼女が、この先も要らない不幸に見舞われないようにと祈りながら。


「ジィ様、このままながーい付き合い方するってのも、いいかもな?」


――ワシの神力がもつまでじゃがのぉ――


「それは承知してるよ」


 人生が再起動しだしたレイモンドとフィヴ。

 悩みなんざ、この先わらわらと湧いて出てくるだろう。それを周囲の人たちと一緒に解決して、先に進むのだ。

 異世界であっても、俺とどこも違わない。

 で、ちょっと躓きかけた時に思い出してくれたらいいさ。

 「妙案をくれよ」と声をかけあい、「こうすれば?」と互いが持つ知識を分けあったりする。報酬は、異世界の料理やお菓子だ。

 窓越しだけの関係だけど、伸ばした手は握れる。


「お互い、のんびり世間話をしあってさー」







 なんて、呑気に思っていた時期もありました。

 ああ、あったさ!

 こっちの世界に久侑がいるように、あっちの世界にも考えの足りないバカがいるってのは、ジョアンさんで思い知ってた。

 でも、まさかフィヴの世界にも彼女の身近にお調子者のアホがいるとは……。


「もう! どうしたらいい!?」


 泣き笑いってな複雑な表情でフィヴが窓に齧りついてきた時には、俺は久しぶりに店内で尻もちをついたのだった。


エンディングのような雰囲気からの~。

次のバカはどんなタイプかな。

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