蛍と友達
この日の朝も私は母の怒鳴り声で目を覚ました。
今日も暑いな
ぼんやりと窓から見える空を眺めていると、昨日出会った少年のことを思い出し、急に目が覚めた。
会いにいかなきゃ!!
きっと蛍はあの場所で待ってる!!
私は急いで着替えと食事を済ませ、家を出た。
蛍は待ってるはず
私は逸る気持ちを抑え、半ば走るようになりながら、あの場所へと向かった。
「・・・」
昨日と同じように、蛍は川のほとりにいた。
美しく澄んだ川のほとりで、ぼんやりと川を眺める蛍。
蛍の周りは何故か・・・空気が違う。
触れてしまえば消えてしまいそうなほど儚く・・・美しい・・・
なんでこんなこと思うんだろう
人間が簡単に消えてしまうことなどあるわけないのに・・・
声をかけてしまえば蛍が消えてしまいそうで、私は声をかけることができなかった。
「あっ!!清。おはよう。」
どれほど蛍を眺めていたのだろうか。
とてもとても長い時間だったような気もするし、一瞬のように短かった気もする。
「来てくれた。」
嬉しそうに微笑む蛍の顔を見てホッとする。
「そんなとこに立っていないでこっちにおいでよ。」
私は頷いて、蛍の隣に座った。
「ねぇ、清。僕、昨日清と友達になるためにはどうしたらいいのか考えてたんだ。」
蛍は唐突にそんなことを言い始めた。
まだ友達になりたいとか思ってたのか。
「友達になるためにはまずお互いのことを知る必要がある。」
まぁ、そうだね。
「だから、清のことを僕に教えてよ。」
蛍はまっすぐ私を見つめて微笑んだ。
私は小さく頷く。
まぁ、お互いを知ることは悪くない。
「清はどこに住んでるの?」
なにがそんなに嬉しいのか、蛍は幸せでたまらないとでもいうように私に尋ねた。
「東京」
「東京ってどこ?」
と、東京知らないの!?
日本の中心地を知らないの!?
「と、東京はここから電車で二時間くらいの場所にある大きな街だよ。」
「電車?なにそれ?」
はっ?
私は蛍の問いに固まってしまった。
「電車に乗ったことないの?」
「ない」
「見たことも?」
「ない」
マジか・・・
この人タイムスリップしてきたお方なのではなかろうか
「電車っていうのはね、うーん・・・めっちゃ早く走る箱・・・かな?あはは」
私は語学力が低いことを自覚している。
電車を上手に説明することができずに、適当に答えてしまい、最後は笑ってごまかしてしまった。
「へぇ、凄いね!!」
蛍は私の説明に納得したのか、目をキラキラと輝かせた。
蛍の頭の中で描く電車はどんな風になっているのだろう。
恐ろしくて聞けない。
「じゃあ、清は毎日その電車とやらでここに通ってるの?」
「違うよ。ここの近くにおじいちゃんの家があるの。夏休みになると毎年おじいちゃんの家に遊びにくるのが我が家の掟なんだ。」
蛍はへぇ~と言いながら頷いた。
「清のお祖父ちゃんの家はこの近く?」
「そこの道をまっすぐ歩いてしばらく言ったところの古い平屋の家」
蛍は私の一言一言を聞き逃すまいとでも言うように真剣に私の言葉に耳を傾けた。
「清はここが好き?」
暑くて、自然しかなくて、コンビニもないような不便な町
それでも、私はここが・・・
「好きだよ。」
すんなりとそう答えられた。
「そっか・・・」
蛍はとても嬉しそうだった。
それからしばらく私は蛍の質問に答え続けた。
好きな季節は?
好きな色は?
好きな食べ物は?
好きな動物は?
すべてがたわいもない質問だった。
でも、きっと蛍にとっては全て意味のあるもの。
私を知りたくてたまらないというような蛍の必死さになんだかくすぐったい気持ちになる。
「ねぇ、あなたが私のことばかり知るなんてずるいよ。蛍のことも教えて。」
私がそう言うと蛍はとびっきり嬉しそうに跳ね上がった。
「僕のこと知りたいって思ってくれるの!?」
その問いで初めて私が蛍を知りたいと思っていることに気づかされた。
「と、友達になるんでしょ?友達になる子の事は、し、知りたいわ」
なんだか恥ずかしい。
「っ!!いいよ!!なんでも聞いて!!」
蛍はぴったりと体を私に寄せた。
ビクッと飛び上がりそうになるのを堪え、何でもない振りを続ける。
このくらいのスキンシップなんともない、なんともない
「じゃ、じゃあ、蛍が住んでる場所を教えて。」