蛍と絵本
「清、これ読んで。」
ある日いつもの場所にいくと蛍は挨拶もせずに一冊の絵本を手渡してきた。
「アダムとイヴの永遠の恋物語・・・?」
アダムとイヴ?
絵本?
こんな絵本初めて見た。
蛍がこんな色あせた絵本を持っているのも不思議だが、私に読んでとねだる意味も分からない。
「この本は蛍の?凄く古いみたいだけど」
蛍は草むらの中を指差した。
「あそこで拾った。清、読んで」
拾った!?
「私に読んでもらわなくても、自分で読めばいいじゃない。」
私は本を読むのがあまり好きじゃないし、読み聞かせなんてしたことがないから・・・
私はそっと本を蛍に返した。
「僕は・・・読めないから・・・」
悲しそうに、消え入るようにつぶやいた蛍。
なぜ読めないの?
絵本は全てひらがなで書かれていた。
蛍は一体何者なの?
幾つも疑問は思い浮かんだけれど、悲しそうな蛍の顔を見てしまっては、どれも言葉にすることができなかった。
私はため息を一つつき、絵本を開いた。
「分かったよ。読むよ。だから、そんな顔しないでよ。」
「清っ!!」
蛍はパッと顔をあげ、目をキラキラさせた。
「じゃあ、読むからね。」
「うん!!」
蛍は私の隣に座り、ぴったりとくっついて絵本を覗き込んだ。
「昔々、人々はより豊かな生活を求め、領地を奪い合い、争っていました。そして、戦争のために刺されても撃たれても死ぬことのないアンドロイドを作り出しました。」
戦争、アンドロイド・・・可愛い表紙と裏腹に内容は意外と難しいものだった。
小さい子向けの絵本ではないな。
「世界は灰色に染まり、太陽の登らない世界となりました。そんな世界の果てに戦争から逃れ、自然と共存する楽園がありました。エデンと呼ばれたその国はアンドロイドもおらず、争いもない幸せな国でした。」
私がゆっくりとページをめくると、蛍は早く早くと急かすように絵本に見入った。
まるで小さな子供みたい。
私はそんな蛍を見てクスッと笑ってしまう。
「そんな国に左右の色が違う瞳をもつ王子様がいました。」
「あっ、ほんとだ。空の色と大地の色の目だ。」
「彼の瞳は災厄の証。王子様は災厄の子と呼ばれ、国の外れにとばされ、小さな家でひとり孤独を抱えながら生活していました。」
蛍は一人でうつむく王子様の絵をみて、悲しそうに顔を歪めた。
「一人は、寂しいね。」
その瞬間蛍の瞳に影が差した。
その一言に表情にどんな意味が込められていたのか・・・私にはわからなかった。
「ある日、王子様の元に美しいアンドロイドが現れました。金色の髪に真っ白な肌。アンドロイドは王子様と過ごすうちに王子様の心に触れ、あるはずのない心を育てていくのでした。いつしか二人は惹かれあい、愛し合うようになっていました。しかし、二人の関係が国王に知れ、二人は引き裂かれることとなるのです。」
そこで話を切ると蛍は食い入るように私をみた。
「そ、それで!?二人はどうなったの?」
蛍は続きが気になるのか、もどかしそうに私を見つめた。
「続きは・・・明日にしてもいいかな?今日はお昼から用事があるの。もうそろそろ帰らなきゃ。」
真上にある太陽をみて慌てて時計を確認すると、約束の時間が迫っていた。
朝、お母さんに今日はお墓詣りだから、お昼までに帰ってくるようにって言われてたんだった。
私がそう言うと蛍は残念そうに肩を落とした。
「そっか、それじゃあ仕方ないね。」
「ごめんね、蛍」
蛍は謝る私に向かって緩く首を振った。
「また、明日ね。」
私は後ろ髪をひかれる思いで、お祖父ちゃん家へと急いだ。