だいいちわ
「何を読んでるの?」
発した声にこちらを見た瞳は、濃いはちみつのような琥珀色をしていた。
夕暮れの図書館。
橙色のひかりが斜めに入ってくる中で、その子はいつも大きな本を開いていた。
本棚にくっつけるようにしておかれている椅子に座っているせいで、後ろから覗き込むことはできない。
大きな本を太ももの上に立てるようにして開かれていると中身をちらりとも見ることができなくて、その姿を見かける度に気になっていたのだ。
それにどうやらその本は図書館のものではないようで、彼女が移動するときはその本も抱えてどこかへ行ってしまう。
こちらから見える表紙や背表紙に書かれているのはどこの言語だかわからないような文字ばかり。
その上ずいぶん古ぼけていて、内容に繋がるものどころかタイトルの判別さえ難しい代物だった。
かくなる上は直接本人に聞くしかない。
そう決意して、どれ程か。
左右で長く三つ編みにされた金色がかったオレンジ色の髪の毛。
昼の明るい光には透き通るように、夕方の落ち着いた光にはしっとりと濡れるように輝いていて、よく見れば所々黄色が強かったり赤色めいていたりする。
開かれたまぶたの先でふるりと震えるまつげさえ、どこか透けるようなオレンジ色をしていた。
恐らく、琥珀。
彼女は琥珀から生まれたものなのだろう。
肌はスベスベとした乳白色。
座っているから確実ではないけれど、小柄な体は145センチといったところだろうか。
丈が長く、太ももの辺りで広がったセーラー服。
下にはいている短いズボンは座っていると辛うじて見えるけれど、立って動くとなるとほとんど見えないだろう。
焦げた茶色の、低いかかとのついた靴、白い肌と対照的な黒い靴下。
肩から斜めに下げた大きながま口の鞄。
人形のような、と、いうのだろうか。
僕たちはかつてこの世界に存在していた人間とは比べ物にならないほどの美しさを、この身に持っているというけれど。
その一人である僕にとって彼女は特別美しいものに見えた。
例えば僕たちを作る神様のようなものがいたとして。
その神様が、僕たちを作るよりもうんと長い時間をかけて、うんと心を込めて、丁寧に、大切に作り上げたかのように。
彼女はとても、美しくそこにあった。
端的にいうと、怖じ気づいていたんだ。
彼女は小さくてかわいらしい、全体的に小作りでまだあどけない少女のような子。
それなのに、美しく見える子。
彼女に話しかけようと決めてから、いや、彼女をはじめて視界に留めた日から、ずっと。
それこそ神に臨む人間のように、覚悟を決められないでいたのだろう。
「……あなたは。」
想像していたより低めの、柔らかな声が耳に滑り込む。
斜め下から彼女は表情も変えずに、だけどかすかに首を傾げて僕を見上げていた。
はじめて正面から見る彼女の顔とまっすぐな視線に思わずうろたえて、姿勢をただす。
彼女の瞳に写る紫色の僕の目が、情けなく泳いでいた。
「僕は、アイオライト」
「……あいおらいと。」
「うん、ちょっと青っぽい紫の、透き通った石なんだ。……よろしくね。」
こくり、と彼女が頷いた。
よろしく、と繰り返すのに、僕も同じように頷く。
ただし僕は二回。
「ぼくは、琥珀。」
そうして開かれた口から出てきたのは、想像通りの言葉だった。
予想外だったのは、その一人称。
たしかに僕たちには、かつての人間のような明確な性別が存在するのかと言われれば、怪しいのかもしれない。
花はともかくとして、宝石に雌雄の区別があるかは定かではないから。
だけど、僕が男と呼ばれたものの体を持っていることは確かだし、恐らく彼女も、女と呼ばれたものの体を持っている。
それも、特別完成度の高い体を。
だからこそ、彼女の自分を指す言葉が僕と同じものだったことに驚いた。
そんな僕をよそに、彼女は淡々と、相変わらずの無表情で、まっすぐ僕を瞳に写したまま、口を開く。
「この本は、ぼくたちの秘密だよ。」