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大雨のダンスホール



 渋谷の雑踏が聞こえる。大雨の中、人々が歩みを進める。雑音が世界を形作っている。

 適当に腰掛けている俺の両耳のイヤホンからは、よく知っている歌が鳴っていた。若々しい言葉で、何度も聞いた声が歌っている。


 俺は渋谷の雑踏でイヤホンを耳にぶっさして大音量で聞きながら、そのバンドのチケットを片手で持って所在なく眺めていた。

 高校に入る前からギターとして続けていたバンド。喧嘩別れした後、そいつらは世に向けて曲を出した。世に受け入れられたその曲は、雑誌で見かけ、動画サイトで数多く再生されていた。


 きっかけは何だったか。


 何かの特別になることもできず、日々の日常に埋没することもよしとしなかった俺は、太陽が昇っては月にバトンタッチするのを毎日繰り返す間、同じ考えが頭にこびりついて離れない。


 ある時、ほこりを被っているギターというテーマの曲を路上であぐらをかいて弾き語っているときに、女に話しかけられた。この馬鹿みたいに人の多い街で、その日、唯一の客。

「ほこりなんて被ってないじゃん」

 随分とヒールの高い女だった。

「ほこり被ってんのはあんたの方よ、傲り高ぶってんのもね」と彼女は言った。

 韻ふんでんじゃねーよ、と俺は返す。もうその女には会っていない。


 イヤホンから聞こえる曲の二回目のサビが終わる。


 まだ踊れるんじゃないか、そう考えることもある。十五歳の頃の自分の体が揺れるかどうかを基準に作ってきた数十を越える曲。それが今は、十五歳の純粋性に逆に俺が揺らされていた。


 曲はサビ前の手拍子に入る。


 漠然と特別になりたかったのではない。歌手になりたかったのでも、作曲家になりたかったのでもない。二十代前半に、ロックバンドででっかいライトに照らされてェ。


 時間の野郎は支払いを待ってはくれない。税務署よりも厳しいんじゃないかと思うこともある。多めに払った分を返してくれる事もない。

 きっかけはとうに過ぎた。今踏んでいるのは、華麗なステップではなく地団駄かもしれない。

 やめられねーんだこんちくしょう、と頭ん中で呟いた。雨の音がうるさいが、立ち上がり一歩踏み出す。雑踏の中に混じる。視線は雨に煙る街の向こうへ。




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