表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/24

魔法の薬

「あれから丸一日が経ったわ。まだ報告はないの?」

「はい。一切の音沙汰がないことを考えますと、暗殺は失敗に終わったものと思われます」


真っ暗な部屋の中、二人の人物が小声で言葉を交わしていた。

豪華なドレスに身を包んだ貴婦人と、彼女に仕える執事だ。


「大金を払って雇ったというのに、小娘一人も始末できないとは……」

「奥様、これからいかがなさいますか?」


執事からの質問に一瞬、悩むような表情を浮かべた貴婦人。


「猶予はまだ八年ある。ゆっくり考えるわ」

静かに首を振ると、薄く笑った。


◇◆◇◆


ガタンゴトン。

体が心地よいリズムで揺れる。


「お嬢ちゃん。本当に『ケムルス』に行くつもりかい?あの街は今、相当治安が悪いよ?」

御者台の隣に腰掛けた男が、私に話しかけてきた。


荷台付きの馬車の上。

後ろには動物の毛皮が積まれている。


黒装束の男の襲撃を受けてから3日。

身の危険を感じた私は、王都周辺を離れ、国境沿いに向かっていた。


「はい。少し入り用で」

男の言葉に静かに頷く。


昨日の朝、一人で高原を歩いていた私を、馬車で通りかかった男が拾ってくれた。


国境沿いの街『ケムルス』。

隣国同士の戦争の所為で、流れ込む難民が後を絶えないとか。

治安の乱れが激しい場所は、身を隠すにはもってこいだ。


「お嬢ちゃん。その手に持っているのは……もしかして蜂蜜かい?」


小瓶いっぱいに注がれた黄金の液体。

この世界では高級品だ。


「はい、そうですよ。私の叔父が蜂蜜農家をしていまして」

「成る程。それは素敵だね」


嘘を織り交ぜて話をする。

実際はハチ達に作らせたものだ。


昆虫神の加護のお陰で、虫達は私の言うことを何でも聞く。


『ビンいっぱいに蜂蜜を詰めろ』と命じたら、一晩で完遂してみせた。


「その脇に置いてある巾着袋。中に入っている白い粉はなんだい?」

男の言葉を受け、横に置いてある布袋をチラリと見る。


中に詰められた白く透き通った粉。

私が生み出した一種の薬物だ。


私が一番初めに覚えた魔法、ラクル。


『この粒子に触れた者は一時的に幸福感を覚え、少しの間、運気が上がります』

かつて藍色チョウが言っていた通りの幸せのおまじないで、実際に効果も見込める。


私はこの魔法を改造し、より益のある魔法を生み出そうとした。


人造魔法の開発。


『一時的に幸福感を覚える』という効能を無くし、代わりに『少しの間、運気が上がる』という部分の効果を高めようとしたのだ。


苦労の末に一応、形になった魔法。

しかし、生み出された粉の色は白く、思っていたものとは真逆の効能を持っていた。


『粒子に触れたものは一時的に多大な幸福感を覚えるが、少しの間、運気が下がってしまう』というもの。


一度に覚える幸福感がかなり増幅した分、癖になる感覚、依存性も高まった。


言うなれば、魔法製のケミカルドラック。

人をダメにする、かなり危険な代物だ。


「これは……小麦粉ですよ。品質が悪くて売り物にはならないですけどね」

大袈裟に肩をすくめてみせる。


「はは、そうかい。なかなか変わったものを持ってるねぇ」

私の言葉を聞き、男が楽しげに笑った。


ガタンゴトン。

人が行き交う街道をゆっくりと進む。


「ああ。実は……お嬢ちゃんに一つ頼みがあるんだ」

しばらく行ったところで、男がおずおずと口を開いた。


頼み事?


「なんですか?私にできることなら喜んで協力しますよ?」

私がゆっくりと首をかしげると、


「実はこの道をもう少し行くと検問があるんだ。そこを通らないと、ケムルスに辿り着けないんだけど……その時に、僕の娘のフリをして欲しいんだ」

男が申し訳なさそうに両手を合わせてきた。


「娘のフリ?別に構いませんけど」

「はは、本当かい?ありがとう!」

私の返事を聞き、明らかに上機嫌になる男。


この人……怪しい。底抜けに怪しい。

その反応に眉をひそめる。


まず、検問の時に娘のフリをして欲しいという頼みが怪しい。

何か後ろ暗いことがある証拠だ。


チラリと後ろの荷台を見る。

積まれているのは毛皮のみ。


下に何かを隠している?もし、そうだとしたら一体何を?

しばらく思考を巡らせていた私だったが、馬鹿らしくなって途中でやめた。


「後ろの荷台を調べて、毛皮の下に何かあったら教えて」

小声で藍色チョウに命じる。


『了解ですー!』

何故か嬉しそうな様子で馬車の後ろへと消えて行った藍色チョウ。

しばらくして私の元に戻ってきた。


『毛皮に暮らすノミ達の話では、布製の巾着袋が幾つか積まれているようですよ。中身は僅かに毒性のある白い粉だとか』

藍色チョウの報告を受け、ニヤリと笑う。


ビンゴ!本物のドラッグだ。

しかし、どうやって検問を通るつもりなんだろう?

まさか、私に娘のフリをさせるだけじゃないだろうし……。


いや、それだけじゃないよね?


一定の速度を保ち、静かに運行していた馬車。

その進行方向に突然、複数の人影が飛び出してきた。


キキーッ。

派手な音を立てて軋む車輪。

馬車が急停止し、御者台から空中に放り出される。


「ひょえっ」

素っ頓狂な声をあげた私は、顔面から地面に叩きつけられた。


バリン。

手に持っていたビンが割れ、蜂蜜が周囲に飛び散る。


あっ、大事な蜂蜜が⁉︎

痛む鼻頭を抑えながら立ち上がった。


私達の方を睨むようにして、前から革鎧を纏った集団が近づいてくる。


「積み荷を置いていけ!逆らったら殺すぞ!」

若い男女の六人組。

皆、肩を怒らせ、手に抜き身の剣を持っていた。


うわっ、人の行き交う街道で白昼堂々の犯行。大胆だなぁ……。


両手を上げ、馬車から離れる。

男も私に従い、若者達に馬車を譲り渡した。


「さ、さあ。行ってくれ。邪魔しないから」

震える声で促す男。


馬車の御者台や荷台に素早く飛び乗った若者達が、一目散に去って行った。


電光石火の所業。

……随分と手馴れてる。常習犯かな?


地面に放り出された巾着袋を拾い上げ、男の方を振り返る。


シクシク。

男は地面に両膝をついて、静かに泣いていた。


「ちょっ……大丈夫ですか?おじさん」

大人のマジ泣きに若干引く。


まあ、私も精神年齢は三十を超えてるんですけども……。


「ああ、私はもう終わりだ。命惜しさに積み荷を失ってしまった。金に目が眩んで悪事を働こうとしたばかりに……」

頭を抱えて嘆く男は、私が側にいることにすら気づいていない様子だ。


うーん、哀れなり。

手に持った巾着袋を男の真横に置いた。


ズシリ。

袋一杯の白い粉が音を立てる。


「これは、小麦粉?」

「いいえ、魔法の薬です」


やっと顔を上げて私の方を見た男に、そっと笑いかけた。


「あなたの元に幸せを運びますよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ