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紫宝絢爛パーティ

絵師見習いの生活リズムは一定だ。

午前中は高官の手伝いを行い、午後は絵画の勉強を行う。


……ほんと退屈よねぇ。

私がフワリと欠伸をすると、


「何だ?ヘル・メイルズ。私の講義がそんなにつまらないか?」

一人のデコの広い男が不機嫌そうに目を細めた。


彼の名はジョー・ヒューマス。

宮廷の主席絵師にして、私たち絵師見習いの講義担当だ。


「はっ、すみません」

慌てて姿勢を正し、手元の教科書に視線を落とす。


ここは宮廷の隅に建てられた学び舎だ。

一週間前に宮廷入りした絵師見習い総勢6名が、背の低い机に向かって正座している。


この勉強風景……まるで寺子屋ね。

私が再び欠伸をしていると、


「ちょっとヘル。あんたしっかりしなさいよ。また実技演習から外されるわよ?」

隣に座したパオラから小声で注意された。


「うーん、それは分かってるんだけど……」

やる気のない声で答える。


絵師見習い達が宮廷入りしてから既に三度の実技演習が行われていた。

しかし、私はその全てから尽く外されている。


外される理由は毎回様々で、殆ど言い掛かりみたいなものだ。


あの主席絵師……さては、私に筆を握らせないつもりね?猪口才な。


内心で悪態をついた。


「青色の絵の具は藍銅鉱と呼ばれる石粉から生み出される。故に……」


その後も退屈な講義は永遠と続き、何度も欠伸を繰り返した私は、いつの間にか深い眠りに陥っていた。


◇◆◇◆


「え?私達が紫宝絢爛パーティに参加していいんですか!?︎ 」

顔を綻ばせたパオラが大声で叫んだ。


「ああ。あのパーティへの参加は高官としての義務だが、ワタシの肌にはどうも合わなくてな。今から行って代わりに出席名簿に名前を書いてきてくれ」

「分かりました」

デイビッド高官の言葉に隣に立つヘルが小さく頷く。


(やったー!私があの紫宝絢爛パーティに参加できるなんて夢みたい!)

満面の笑みを浮かべたパオラは、隣に立つヘルの手を取り、薄暗い部屋を飛び出した。


「ちょっと、パオラ。慌て過ぎ……!」

背後でヘルが文句を言う。


紫宝絢爛パーティは貴族の憧れであり平民の夢だ。

宮廷内で高い地位に登り詰めた物達とその関係者だけが参加できる王族主催の親睦会。


貴族の間ではこの会の参加者リストに名を連ねるだけで、かなりのステータスになるのだとか。


(デイビッド高官はやっぱり凄い人なのね!きっと偉大な魔法使いなんだわ!)


宮廷の東端から西端まで駆け抜けると、前方に光り輝く建物が見えてきた。


葡萄離宮。

紫宝絢爛パーティの舞台となる建物だ。

その入口で名簿に名前を記し、中へと踏み込む。


すると、蜜のように甘ったるい香りが鼻腔をくすぐった。

頭上では巨大なシャンデリアが輝き、大理石の床の上には料理でいっぱいのテーブルが一定間隔で並んでいる。


「なにこの匂い……ブドウ?」

顔をしかめたヘルが小さく呟く。


「そうよ。紫宝絢爛パーティは葡萄をモチーフとしたパーティなの。巨峰は王族の象徴だからね」

「へぇ、そうなんだ」

パオラの言葉にヘルが興味深そうに頷いた。


「あんたってホント世間知らずよね。どっかの箱入り娘みたい」

「そ、そうかしら?」


テーブルの間をワイン片手に歩く高官達は皆、豪華なローブやドレスを身に纏っている。

その周囲でお付き役の見習い達が料理に手を伸ばしていた。


「高官様のお使いも済ませたし、私達も食事を楽しみましょ」

そう言ったヘルが一番近くのテーブルに駆け寄る。


「そうね!こんな機会滅多にないもの!」

テーブルの上に盛られた料理をじっくりと眺める。


鳥の丸焼きに海鮮料理。

その全てが輝いて見えた。


「いただきまーす!」

しばらく、それらの料理を夢中で頬張る。


無数のお皿を取っ替え引っ替えすること約10分。

気づくとテーブルの上の料理を殆ど平らげてしまっていた。


「ちょっと、パオラ。流石にがっつき過ぎじゃない?」

隣でその様子を見ていたヘルがドン引きしたような表情を浮かべる。


「う、うるさいわねぇ。仕方ないじゃない。こんな美味しい料理食べたことなかったんだもの……」

恥ずかしさで顔を真っ赤に染めたパオラは、誤魔化すように言葉を続けた。


「そろそろ、メインの葡萄を食べましょう?なくなったら困るし!」

その場で踵を返し、中央のテーブルへと向かう。


その上には巨大な一枚皿が載っており、隙間なく葡萄が敷き詰められていた。


「パーティに参加したらこれを一粒食べるのが決まりなのよ!」

背後のヘルに得意げに説明したパオラが、お皿の上の巨峰に手を伸ばしかけるが、


「ちょっと、待ちなさい」

それを凛とした声が制した。

それと同時に金髪縦ロールの少女が視界に入ってくる。


「平民如きが王族の象徴である紫宝を食べようなんて烏滸がましいわ。身の程を弁えなさい」

優雅な所作でこちらを振り返き、見下すような視線を送ってくる少女。

その姿を見てハッとする。


(こいつは……絵師見習いのエリル・マーチ!?︎ )


彼女は宮廷入り直後からパオラを目の敵にしてくる女性の一人だ。

士大夫の娘で常に取り巻きのルリ・フリーと一緒にいる。


「エリル様の言う通りだわ!卑しい平民達は今すぐこの場を立ち去るべきよ!」

案の定絡んできた赤毛の少女ルリ。その言葉にムッとして言い返す。


「平民平民ってね、都合いいのよあんた達!」

「都合がいい?……何がよ?」

目を細めて尋ねてくるルリに思い切り噛みついた。


「だってそうでしょ?私達と同じ平民であるネイル様が婚約発表をしたのにあなた達は抗議の声すら上げないじゃない?平民が卑しいのなら反対の立場を取るべきだわ。それが例え王族の意向であってもね!」

力強く言い放つ。すると、ルリが完全に沈黙してしまった。酷くバツの悪そうな顔をしている。


(よし、言い負かした!ざまぁみろ!)

パオラがそう思い、ガッツポーズをしかけた時、


「そうね。確かにあなたの言う通りだわ」

ルリの隣のエリルが静かに頷いた。

そのまま、美しい声音で話を続ける。


「だから、私は今回の婚約に断固反対なの。例え大人達が賛同していてもね。平民はあくまで卑しい存在。これで筋が通っているでしょう?」

そう言ってエリルが首をかしげた。


「この……」

尚も言い返そうとしたパオラだったが、


「もう止めときなさい。注目を集め過ぎよ」

隣に立つヘルに止められてしまった。

気づくと周囲の貴族達が不思議そうにパオラ達を眺めている。


「今のあなたの発言が貴族批判と取られたら大変よ?最悪な展開になる前に早くここを出ましょう」

そう言ったヘルがパオラの腕を強く掴んできた。


宮廷内での平民による貴族批判は打ち首になることもある重罪だ。

そうでなくとも宮廷からの追放は免れない。


「そ、そうね。早く行きましょう」

ようやく自らの発言の危うさを自覚したパオラは、半ば引きずられるようにしてパーティ会場を後にした。


去り際に、エリルとルリが満足気に巨峰を口に運ぶ光景が目に飛び込んでくる。


(あいつら、いつか絶対後悔させてやる!!!)

胸の内で冷たく吠えたパオラ。

先端が擦り切れるほどに舌打ちを繰り返すと、殺気のこもった目で葡萄離宮を睨みつけた。


◇◆◇◆


ワタシ、デイビッド ・リーンは宮廷勤めの魔法使いである。

魔導高官という高い地位を与えられ、高度な魔法研究に取り組んでいる。


研究テーマは『人造魔法の術式的解読』。

あらゆる物理現象は数式を用いた論理的表現で記述できる。それは魔法現象も同様で、その発現や消失のパターンを数式化できるのだ。

これを魔法研究員の間では魔法術式と呼ぶ。


ワタシの研究目的はこの魔法術式を用いて、魔女や魔人が使用した人造魔法を解き明かすことだ。


これは自分自身も危険思想の一端に足を踏み入れる行為と言えるが、王族は容認している。


……まあ、魔人や魔女は国にとっても大きな脅威。対策しない訳にはいかないのであろうな。


重々しくため息を吐いたワタシは、薄暗い実験室を出て隣の図書館へと向かった。


そういえば、見習いの子の一人に図書館の掃除を任せていたな。そろそろ終わった頃か?


そう思い部屋を覗き込むと、既に掃除は終わっているようだった。

すっかり片付いた部屋の奥で、銀髪の少女が静かに佇んでいる。


ヘル・メイルズ。

年寄りの目から見ても綺麗な子だ。

ワタシは彼女に以前から一つの疑問を抱いていた。


図書館の掃除を任せる度に読んでいる気がするのだ。机の上に置かれた専門書やワタシの研究資料を。


今現在もこちらに背を向け、机の上の資料を凝視している。


まさか、読み解けるのか?ワタシが記した高度な魔法術式を……?


ゴクリと生唾を飲んだワタシがその手元を覗き込もうとしたその時、


「あっ、リーン高官様。いらしていたのですか?」

ヘルがくるりとこちらを振り向いた。


「あ、ああ。既に掃除は終わっているようだな。仕事が早くて何よりだ」

足音を忍ばせて近づいたバツの悪さで少しどもる。


「きょ、今日はもう帰っていいぞ。特に任せることもないしな」

「はい、ありがとうございます」

ワタシの言葉を受け、ヘルが去っていった。

彼女が凝視していた机の上には、ワタシが記した魔法術式の資料が並んでいる。


テーマは『外部刺激による魔法術式の破壊プロセス』。

ワタシが行き詰まり、凍結した研究論文だ。


彼女はこの資料を読んでいたのか?こんな未完成ものを読んでも意味はないと思うが……。

やはり、魔法術式を理解できると思ったのは気のせいか?


顎に手を当て、考え込む。


「……ハハ。まあ、それはそうか。これは一階の絵師見習いに理解できるようなレベルの術式じゃないしな」

引き攣るようにして笑ったワタシが資料を片付けようとしたその時、窓から強い西日が差し込んだ。


光が資料を照らし、裏まで透過する。

すると、資料表面に薄い筆跡が浮かび上がってきた。


行き詰まった魔法術式の後ろに何かが書き足されている。


「なんだ……これは?」

震えた声で呟いたワタシが、筆跡を上から黒墨でなぞると、そこには見たことのない変形を用いた謎の式が記されていた。

その全てに目を通し、戦慄する。


ば、馬鹿な!?︎ ワタシの考えた魔法破壊術式が完成されているだと……。


驚きのあまり声を失ったワタシは、しばらくその場から動くことができなかった。


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