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パオラ・ティロル

(ええっと、私の名前は……)

目鼻立ちのキリッとしたおさげの少女が、大通りに設置された立札をじっと眺めていた。


彼女の名前はパオラ・ティロル。

今年で15歳になる平民の少女である。


彼女が凝視する立札には、先日行われた宮仕試験の結果が記されていた。


ズラリと羅列された合格者の名前の中から必死に自分の名前を探すパオラ。


その真横で、一人の痩せこけた男が歓喜の雄叫びをあげた。


「うをぉぉぉぉ!パオラの名前があったぞぉぉ!」

その声を聞き、周囲の人々が騒めく。


彼が指差した先、立札の左隅には、確かにパオラの名前が記されていた。


(やった!合格だ!)

声を押し殺してガッツポーズをするパオラの周りで、笑顔の平民達が祝辞を述べる。

彼らは彼女が合格する瞬間を一目見ようと集まった家族や親戚達だ。


「本当によかったわねパオラ!あなたは私の自慢の娘よ!」

「ありがとうお母さん!」


「パオラ〜!我が娘よ!こんなに立派になって……」

「お父さんは泣き過ぎ」


ひとしきり家族と喜びを分かち合ったパオラがゆっくり周囲を見渡すと、広場内には多くの感情が渦巻いていた。

合格になり嬉し涙を流す者や、不合格になり地面に突っ伏す者。


まるで天国と地獄が混ざり合ったかのような光景だ。

そんな中、一人の人物がパオラの目にとまった。


銀髪を背中で一つに結った黒服の少女。

血を塗ったような赤い唇が白肌によく映えており、長い睫毛が冷たい美貌に花を添えている。

まるで、育ちの良さが内から滲み出ているようだ。


「合格……まあ、私なら当然の結果ね」

それだけ静かに呟き、広場を去って行った。


(何あれ、感じ悪っ……)

その後ろ姿を無言で見送ったパオラ。

合格の余韻に水を差された腹立たしさと貴族への嫉妬で、苛立たし気に顔をしかめると、何度も舌打ちを繰り返すのだった。


◇◆◇◆


「お前たちは見事に絵師試験に合格した!今日から宮廷絵師見習いだ!」


宮仕試験から一週間後、パオラは再び宮廷の中庭を訪れていた。

空色のワンピースの下に、白のショートパンツを履き、腹回りを黒いベルトで強く締め付けるのが絵師見習いの正装だ。


(なんで冬場にこんな寒い格好しなくちゃいけないのよ……)


今現在、中庭には新たに宮廷入りした6人の見習い絵師と、指導役である上級絵師が一人いる。


上級絵師は緑のベストを羽織った50歳過ぎの男性で、厳格な雰囲気を身に纏っていた。


「お前達にはまず宮廷での奉仕精神を養うために、小間使いとして働いてもらう!」

上級絵師の重々しい声が中庭に響く。


「こちらの三名の高官から仕える者を選ぶのだ!」

無造作に差し出された一枚の用紙を一人の絵師見習いが受け取った。


「畏まりました上官様。話し合いの末、決定させていただきます」

用紙を受け取った少女が、上級絵師に優雅に頭を下げる。


金髪縦ロールの面長な少女。

その場で踵を返すと、他の絵師見習い達を見渡し、鈴のような声音で呟いた。


「それでは皆様、存分に話し合いましょう」


金髪少女が持つ用紙には三名の高官の名前が記されていた。


絵師所長マイク・シーン。

主席絵師ジョー・ヒューマス。

魔導高官デイビッド・リーン。


二人は絵画に関する役職で、もう一人は全く関係のない役職だ。


(どうせ雑用するなら主席絵師様の下に付くのが一番学びが多いわよね!)

そう思ったパオラだったが、


「それじゃあ、私とエレナお姉様は主席絵師様の元に付くわね!」

主張する前に赤毛の少女が口を開いた。

利発的な雰囲気を纏った背の低い女の子だ。


「ええ、そうしましょう」

エレナと呼ばれた金髪縦ロールの少女が静かに頷く。


「それなら俺は所長様の元につくぜ!」

「じゃ、私も所長様の下に」

それに続いて茶髪の少年と青髪の少女が次々と意見を述べる。


「ちょっ、私も主席絵師様の下につきたいんだけど……」

完全に出遅れたパオラがおずおずと口を開くと、


「あなたそれ本気で言ってるの?」

赤毛の少女がグイッと詰め寄ってきた。


「言っとくけどね、私は都市貴族の娘で、エレナお姉様は士大夫の娘なのよ?」

「だ、だから何よ?同じ絵師見習いなんだから親の位や身分は関係ないでしょ……?」

若干、気圧され気味のパオラが尻すぼみになりながらボソボソと答えると、


「はっ。さてはあなた、今回合格したという平民のうちの一人ね?」

赤毛の少女が嘲るように笑った。


「巷で英雄扱いされてるからって調子に乗ってるんじゃないわよ」


都市貴族とは王都近郊に領地を与えられた位の高い貴族で、士大夫は国政に携わるほどの力を持つ支配階級のことだ。


今回の絵師試験は一人でも珍しい平民の合格者が二人同時に出たということで王都でも大変話題になった。

彼女達は平民の間で希望の星として祭り上げられており、赤毛の少女がこのように述べた真意はこの辺りにあるのだろう。


「別に調子になんて乗ってないわよ……」

尚も反論を試みようとしたパオラだったが、


「希望が被った場合は、身分の高い者が優先だ!」

それを上級絵師が遮った。


「主席絵師様の下にエレナ、ルリ。絵師所長様の下にジン、ヒスイ。魔導高官様の下に平民二人で異存はないな!」

中庭に低く鋭い声が響き渡る。

その高圧的な態度に、誰一人として反論の声を上げる者はいなかった。


(何よ……結局、上級絵師様も高い身分の子を贔屓するんじゃない)

怒りに身を震わせたパオラが、ギリギリと歯を噛み合わせていると、


「フフフ、そんなに魔導高官様のお手伝いが嫌なの?」

不意に背後から優しい声音が聞こえてきた。

それと同時に色白の銀髪少女が、真横に並び立つ。

その均整の取れた顔立ちを見てハッとした。


(あっ、こいつは……合格発表の時にいた性悪女!?︎ )


「もしかして、もう一人の平民ってあんたなの?」

パオラが疑い半分で尋ねてみると、


「ええ、そうよ。同じ平民同士仲良くしましょう」

銀髪の少女が屈託のない笑みを浮かべた。

その表裏を一切感じさせない無垢な表情に思わず見惚れる。


(あ、あれ?何だかこの前と印象が違う……)


前回と180度変わった少女の印象に戸惑いを隠せないパオラだった。


◇◆◇◆


「ワタシが魔導高官のデイビッド・リーンだ」

幸薄そうな下がり眉の老爺が、気怠そうに自己紹介した。


なにこの部屋……汚っ!?︎


六畳一間の薄暗い部屋に、書物や魔法器具が散乱している。


「これから君達には小型魔力測定器の試験運用を手伝ってもらう」

そう言った老爺が私の隣に立つおさげの少女に白銀の腕輪を放った。


「それじゃあ、パオラ君。その腕輪をはめてみてくれ」

「分かりました」


老爺の言葉に従い、おさげの少女、パオラ・ティロルが右腕に腕輪を装着する。

すると、腕輪の色が白銀から薄赤に変化した。


「ふむ。内蔵魔力量は極少か」

リーン高官が腕輪の色を眺め、手元の資料にメモをする。


どうやら腕輪に表れる赤色の濃度が魔力量を示すらしい。


「これだけ小さな器具で魔力量が分かるのですか!?︎……凄いです」

パオラが驚きと感嘆の表情を浮かべた。


「そうだろう?これは従来、畳サイズの巨大な石版を用いなければ行えなかった魔力測定を手のひらサイズで可能にした画期的なアイテムだ!まあ、まだ試作段階だがな……フハハ!」

得意げに笑ったリーン高官が今度は私の方に向き直る。


「ほれ、ヘル君も使ってみよ」


私が差し出された腕輪を右腕に装着すると、白銀色が鮮やかな赤色に変わった。


「あっ……」

その変化を見て思わず声を漏らす。

腕輪が変色したということは、私の体内に魔力が存在するということだ。


王都入りの際の検問で行われた魔力測定では一切魔力反応が出なかったのに……。

薬の効果が弱まってきてるのかな?


冷や汗を垂らした私が、恐る恐る高官の顔色を伺うと、


「ふむ、ほどほどの魔力量だな。戦闘に用いるには少ないかもしれないが日常生活で用いるには十分だろう」

とても満足気な表情を浮かべていた。


「今日の試験運用はここまでだ。今からは二人でこの部屋の片付けを行ってもらう。ワタシは隣室で実験をしているから終わり次第帰っていいぞ」

それだけ言い残し、リーン高官がそそくさと部屋を出て行く。


室内は乱雑に散らかっており、全て片付けるのはかなり骨が折れそうだ。


これを二人で終わらせるの?流石に無理でしょ……。

私が部屋を見回し、溜息を吐いていると、


「ねえ、ヘル?あなたの魔法でこの部屋を一気に片付けられない?」

突然、真横から声を掛けられた。

それと同時にお下げの少女、パオラが私の眼前に身を乗り出してくる。


彼女は私と同じく絵師見習いとして宮廷入りした平民だ。

期待のこもった瞳でこちらを見つめている。


うーん、片付けのできる魔法かぁ。

そんな便利なものあったかな……?


しばらく思考を巡らせ、自らの記憶を探った。

しかし、そんな便利な魔法は思いつかない。


やはり、虫魔法に頼るしかないかぁ……。


「少し見栄えの悪い魔法だけど、できると思うわ。私に任せなさい!」

そう言いつつ、両腕を胸の前に突き出した。


先ほどの魔力測定を信じるのならば、既に私の中には幾らかの魔力が戻っており、魔法を使用することができるはずだ。


発動する魔法は虫魔法三大秘術の一つアミル。

力のある虫を複数体召喚し、命令を下せば片付けを行わせることが出来るだろう。


覚悟を決め、静かに口を開く。


「……この手のひらから命の温みを、アミル!モード『オオクワガタ』!』

私が呪文を詠唱すると共に体がビリビリと震えた。

眼前で淡い光が弾け、宙空に白色の球体が出現する。


やったー!成功だ!

魔法の発動に喜んだのも束の間、直ぐにおかしい事に気付く。


あれ?オオクワガタの大群を召喚したなら球体の色は黒の筈だけど……。


嫌な予感に冷や汗を垂らす私の目の前で白球が崩れた。

ボトリボトリと悍ましい生物が地面に落ちる。


その姿を見た私は絶句した。


床を這いずり回る白色の細長い虫達。

それは召喚しようとしたオオクワガタの幼虫だった。


突然、目の前に広がった悲惨な光景にパオラが悲鳴をあげる。


「ギヤぁぁぁぁぁ!ちょっとぉぉぉぉぉ!あんた何してんのよぉぉ!!!」


物凄い勢いで首元を締め上げられ、半分意識が飛びかけた私は、回らない呂律で静かに抗弁した。


「すびません。魔力不足でした……」


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