初めての魔法
『えっ、魔法を使いたいんですか?ヘル様はまだ三歳ですよ?』
私の眼前に浮いた藍色チョウが、ひどく驚いた顔をした。
ヘル・レンドルシー。三歳。
それが今の私だ。
「まだ三歳じゃなくて、もう三歳でしょう?いいから、早く教えなさいよ」
レンドルシー家はかなり裕福で、三人の娘と一人の息子がいた。
何においても一人一つで、欲しいものはなんでも手に入る。
専属のメイドに自分だけの部屋。
他の姉弟と顔を合わす機会はあまりなかった。
私はレンドルシー家の三女で、両親にはあまり好かれていないようだ。
稀に行われる家族の食事会にも一度も呼ばれたことがない。
『うーん、仕方ないですねぇ。ヘル様が望むのならお教えしましょう』
やった!説得成功!これで魔法が使えるぞぉ!
広い自室の中央、絨毯に腰掛けた私はガッツポーズをした。
教えてくれる相手がチョウというのは些か不満だが……贅沢ばかりは言っていられないよね?
室内には他に人影はなく、藍色チョウとは日本語を使って話していた。
一応この世界の言語も話せるようにはなったのだが、いかんせん語彙力が三歳児相当だ。
日本語で通じる相手にわざわざ使おうとは思わない。
さて、早速魔法を使いたいのだが……。
「一体何から始めればいいの?」
この世界で三年間過ごしてきた私だったが、魔法に関する知識は殆ど有していなかった。
『いいですか?魔法を使う上で一番大切なのは、魔力の流れを感じることです。私が魔法を使うので少し見ていて下さい』
そう言った藍色チョウが何度も羽をはばたかせた。
羽の動きに合わせて小刻みに揺れる体。
……うわ、気持ち悪っ。
『あなたの元に幸運を授けん。ラクル!』
チョウが呪文のようなものを唱えた。
羽の周囲がキラキラと輝き、金色の粒子が宙を舞う。
おお、凄い!本物の魔法だ!
否が応でもテンションが上がる。
しばらくチョウの周りを漂っていた粒子が、やがて私の元に迫ってきた。
……待って。もしかしてこれ、チョウの鱗粉じゃないよね?
「いやいやいや!ストップ!ちょっとタンマ!」
大声を上げて突き出した右手に、金色の粒子が纏わり付いた。
直後に生まれる謎の感情。
あれ?なんか……幸せ。
胸の中に生まれた嫌悪感とそれに匹敵する程の幸福感。
私の肌に触れた粒子はパッと弾けて消えてしまった。
『この粒子に触れた者は一時的に幸福感を覚え、少しの間、運気が上がります』
幸せのおまじない。リアルバージョン。
なんか胡散臭っ。
『ヘル様は昆虫神様の妾ですから、これくらい簡単に使えますよ』
羽を広げ、笑顔で言った藍色チョウ。
んー。この虫、殺そうかな?
「それで?呪文を唱えればいいの?……あなたの元に幸福を授けん、ラルクだっけ?」
私が適当に唱えた瞬間、ビリビリと体に震えが走った。
体全体が熱くなり、右の手のひらが金色に輝く。
ちょっ、頭がクラクラする。
輝く右手を自らの口元に押し付けた。
胸一杯に吸い込む金色の粒子。
ああ……とっても幸せ。なんかコレ、癖になりそう。
私が恍惚の表情を浮かべていると、藍色チョウがゆっくりと近づいてきた。
『ヘル様?大丈夫ですか?目の焦点が定まっていませんけど?』
私のことを心配している様子。
ハッと我に返った私は、一歩後ずさった。
「え、ええ。大丈夫よ……魔力の流れ、なんとなく分かったわ」
呪文を唱えた瞬間に体を走り抜けたビリビリという感覚。
左胸から体全体へ広がっていった。
『流れの種類は人によって違い、魔力特性を示します。魔力特性というのは……得意な魔法の種類?みたいなものです』
得意な魔法の種類?
「それはどうやって分かるの?」
私の質問に考えるような仕草をした藍色チョウ。
やがて、ゆっくり口を開いた。
『知識でしか知らないので、うまく言い表せないのですが……炎魔法が得意な人は、魔法を使う瞬間にゴアゴアするみたいですよ?』
うーん、ゴアゴア?それはなんか違うなぁ。
尚も藍色チョウの話に耳を傾ける。
『水魔法が得意な人はヌルヌル。風魔法が得意な人はゴォォッっとする。人間の八割はこの三つのどれからしいですよ?』
ヌルヌルにゴォォッ?分かりにくい擬音だ。
多分だけれどどちらも違う。
「私のはもっとこう……ビリビリって感じだったんだけど。それに該当しそうな魔法特性はある?」
私の質問に藍色チョウが固まった。
驚いた表情でこちらを見る。
『え?ビリビリってしたんですか?でもだって、それは……魔法特性、虫魔法ですよ?』
んー。虫魔法って、なんか凄い嫌な響き。
「虫除けや殺虫?」
『虫呼びに創虫』
「それはつまり……」
『あなたにピッタリだ!』
オウマイグッドネス⁉
ああ、神よ!どうか私に情けを!
頭を抱え、天井を仰ぐ。
……いや、昆虫神。あんたに言ってないわよ?