王都へ
白みがかった空が赤く染まり始めていた。半壊したケムルスの街並みを朝焼けがゆっくりと照らし出す。
崩れ落ちた建物に分断された大通り。
昨夜の魔人達の襲撃によって街は壊滅的な状況に陥っていた。
市民の多くが命を落とし、僅かに生き残った人々も既に街の外へと逃げ出している。
虫の一匹すら居なくなったように静かな街。その最西端にある蜂蜜農園の中心に一人の男が佇んでいた。
「ケイ……まさか、不死身の肉体を得た筈のお前が最初に死ぬとはな」
シルクハットに黒のタキシードを纏った髭面の紳士が静かに呟く。
彼の名はクレイ・ローマン。
ケムルスの街に甚大な被害をもたらした魔導組織のリーダーである。
物憂げな表情を浮かべる彼の足元には全身金色の異様な姿へと変えられた仲間の死体が倒れていた。
その側に膝をつき、男の頬を優しく撫でたローマン。自らの指先から伝わる感触に訝しげに眉をひそめる。
(これは……何だ?……金?……いや、しかし……そんなことが……)
一夜にしてすっかり変わり果ててしまったケムルスの街。
しかし、朝方の風はいつも通り爽やかな陽気を運び、彼の小さな呟きを空へと巻き上げた。
「錬金術……?」
◇◆◇◆
幌付きの荷台を二頭の白馬が引いていた。御者台に座る老爺の鞭捌きに合わせて砂利道を軽快に進んで行く。
ここは王都へと続く街道の一つだ。
蜂蜜農園での激闘の末、命辛々ケムルスの街を抜け出した私は、数人の仲間を引き連れ、王都を目指していた。
馬車の荷台に座り込み、手元の藁半紙を眺める。
「これ本当に私なの?」
少し前に立ち寄った街で手に入れた手配書。
そこにはケムルスの街で暴れた魔女の一人として私の似顔絵が描かれていた。
吊り上がった目尻に針のように尖った鼻先。口が耳元まで裂けており、その奥に鋭い歯がズラリと並んでいる。
ぱっと見、人間の少女というよりは人型の怪物だ。
呼称: 蜘蛛の魔女(危険度7)。
ケムルスの街で暴れた魔女の一人。非常に残忍な性格の持ち主で、場合によっては人殺しも厭わない。右手の甲に蜘蛛のような刺青があるため、街中で見かけたら要注意。
私自身とは似ても似つかぬ似顔絵の下に簡単な情報が記されていた。
『これはラッキーですね。この手配書なら人相から魔女だとバレることはまずありませんよ!』
私の手元を覗き込んだ藍色チョウが頭上でニッコリと笑う。
「そうねぇ。もしバレることがあるとしたらこの蜘蛛印からかしら?」
右手の甲に刻まれた習得紋を眺めつつ、ゆっくり視線を上げた。
荷台の正面では酒に酔い潰れたネクル兄弟が仲良く寝込んでいる。
御者台の老爺ザック・アルバーンを含めて同行者は4人。
私が王都を目指している理由は、王族と結婚するというレンドルシー家の長女ネイルの身辺を探るためだ。
そのままの姿勢でしばらく馬車に揺られていると、やがて正面に巨大な石門が見えてきた。
その足元に長い人の列ができている。
どうやら入国者の検問を行なっているようだ。
「これは少し手を打つ必要がありそうじゃのぉ」
そう言った老爺が馬車を脇道に止め、私に向かって右手を突き出してきた。
その手のひらの上に薄汚れた土のような丸い物体が載っている。
「何ですか……これ?」
私が首を傾げながら尋ねると、
「これは魔力封じの丸薬というものじゃ。この薬を飲むことで一時的に嬢ちゃんの習得紋を消すことができよう」
アルバーンさんが得意げに胸を張った。
「おお〜。それは凄いですねぇ」
素直に感嘆の声を漏らす。
「そうじゃろ?とっても希少な薬なのじゃ。早速、飲んでみると良い」
笑顔のアルバーンさんに勧められ、丸薬を口に放り込んだ。
直後に、
「あっ。そういえば言い忘れていたが……」
アルバーンさんが口を開く。
「その薬には副作用があってのぉ。服用から1ヶ月の間、魔法が使えなくなるから気をつけるのじゃぞ?」
「……」
ウゲェェェ!
老爺の言葉を聞き、慌てて薬を吐き出そうとするが、時すでに遅し。
気づくと、身体全体が猛烈な倦怠感に包まれていた。
ああ……怠い。
ぼうっとしてきた頭を何とか回転させる。
検問を安全に通過できる代わりに、1ヶ月の間魔力を失うか。
……まあ、この習得紋は目立ち過ぎるし、これが検問を通過する唯一の方法だとプラスに考えることにしよう。
半分投げやりになった私が、熱を持った頭で適当に理由付けをしていると、ふと一つの疑問が浮かんだ。
「そういえば、アルバーンさんは魔法が使えないんですよね。何でそんな希少な薬を持っているんですか?……特に使い道はなさそうですが」
私が興味本位で尋ねてみると、
「そ、それはあれじゃ……この薬には体内の魔力生成を抑える効果とは別に、強力な育毛効果もあるからじゃよ!」
アルバーンさんがぎごちなく笑った。
その言葉に釣られ、老爺の頭部に視線を移す。
まるで、磨き上げられた水晶のように綺麗な球面。
いや、嘘つけぇぇぇ!
◇◆◇◆
俺、ベン・ネクルは元時計技師だ。
数年前に戦争で故郷を追われ、ケムルスの街へと流れ着いた。
異国の地でまともな職に就けず、燻っていた所を、レンドルシー家のお嬢様に雇われ、気づけば大金持ちだ。
今現在、ケムルスの地から王都へと移動してきた俺たちは、街の中心にある最高ランクの宿屋で今後の活動方針について話し合っている。
暖炉の前で雇い主のお嬢様と見たことのない四十路の男が顔をつき合わせてヒソヒソと言葉を交わしていた。
「あー、それがラフレシア製造用の働き蜂の増員がしばらく出来ないのよねぇ。魔法が使えなくなっちゃって……」
「なるほど。それは由々しき問題ですね……」
次節聞こえてくる会話の断片からその全容が容易に想像できる。
さてはあの嬢ちゃん、薬物売買にも手を出しているな?良くも悪くも金の為には手段を選ばないといった感じか。
「それじゃあリックさん。また一月後に同じ場所で」
「分かりました。失礼します」
その後しばらくして四十路の男が部屋を出ていった。その後ろ姿を見送ったお嬢様がこちらに向き直る。
雇い主のヘル・レンドルシーは今年14歳になったばかりの若い少女だ。
国内一の大富豪であるレンドルシー家の三女で、あらゆる面で非凡な才に恵まれている。
最近は透き通るような銀髪を背中の後ろで一つに束ねており、花のような美しさというよりは悪魔的な美しさをその身に宿し始めている。
容姿端麗、頭脳明晰で、魔法に関しても破格な才能を持つ彼女の唯一の欠点は、恵まれ過ぎた環境で形成されたワガママな性格だろう。
自身は虚弱で動きたがらないくせに人使いは荒い典型的なお嬢様気質。
仕事上の付き合いでなければ、とても関わり合いになりたくないタイプだ。
まあ、俺も人の事を言えた義理じゃないがな……。
嗜虐的に笑い、一気に手元の酒瓶を煽った。
その様子をぼんやりと眺めていたヘルが、ゆっくりと口を開く。
「そうねぇ……ベンさんとビンさんには王都でも引き続き蜂蜜の売買をして欲しいかしら?ミツバチ達は私が後で適当に集めておくわ」
「了解だ。それでヘルの嬢ちゃんはどうする?また魔法の研究かい?」
俺が尋ねてみると、
「いいえ、それは無理ね。私は1ヶ月間、魔法が使えないし」
ヘルが左右に首を振り、楽しげに笑った。
そして、偉そうに胸を張る。
「私は……王宮に侵入するわ」




