不死の魔法使い
「ど、どうしてこうなった……?」
ベン・ネクルは目の前で繰り広げられた光景に目を疑った。
視線の先では、両の手を真っ赤に染めた金髪男が獰猛な笑みを浮かべている。
その足元に転がる10を超える死体。
全てベンが雇った凄腕の魔法使い達のものだ。
「俺には当たらねーよ。神創魔法なんて」
そう言った金髪男が素早く上衣を脱ぎ捨てた。
露わになった彼の上半身を見て、そこにいる全ての人々が絶句する。
男の胴全体が漆黒に染まっていた。
全身に墨を塗りたくったように、肌が黒光りしている。
なんだ……これは?
驚くベンの眼前で、金髪男が首をコキリと鳴らした。
「呪文を唱えた後に魔法名を言ってから発動?それだけの時間があれば、首を掻っ切るのは容易だ」
余裕綽々と語る男の言葉に偽りはない。
実際に彼は集団の先頭にいた魔法使いの首元を呪文の完成直前に切り裂いてみせたのだ。
それどころか、後続の魔法使い達によって放たれた魔法も全て躱してみせた。
「だから、俺は神創魔法ではなく人造魔法を選び、人体改造を経て無敵となったのだ!」
そう声高らかに言い放った男。
足元の死体を乗り越え、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
(こ、このままでは殺される……)
彼の一歩一歩に全ての民衆が恐怖した。
互いの間に横たわる距離はもう5メートルもない。
(せっかく大金持ちになったって言うのに、こんな所で死んでたまるか……)
ベンがそう思った刹那、
ヒラリ。
視界の端で山吹色の光がチラついた。
直後、震えるベンの指先に一匹の蝶々が止まる。
小ぶりで美しい黄金蝶。
何事かと騒めく民衆の頭上を数百羽の蝶が舞い踊った。
「なんだこれは⁉︎」
驚き、足を止めた金髪男の眼前に蚊柱ならぬ蝶柱ができあがる。
徐々に形成されてゆく人間のシルエット。
やがて、黄金蝶が凝縮され、雪のような白肌へと姿を変えた。
銀色の長髪に漆黒のドレス。
黄金の渦の中心で瑠璃色の双眸がゆっくりと開かれる。
突如、戦場に舞い降りた少女。
(そうだ。俺たちにはまだ最強の魔法使いがついている……)
「ヘルの嬢ちゃん!その男を殺せぇぇ!」
目の前に現れた少女に向かって大声で叫んだ。
その声に反応して、少女が金髪男に向き直る。
それと同時に金髪男が走り出していた。
「遅い!」
短い一言と共に少女の眼前へと迫る。
次の瞬間、その首筋に向けて物凄い速さで右の手刀を放った。
金髪男の口元に獰猛な笑みが浮かぶ。
既に自らの勝ちを確信している。
しかし、その手刀が首元に届く直前、少女が左手で虚空を凪いだ。
空気を劈き唸る雷鳴。
少女の手元から放たれた稲妻が金髪男の顔面を急襲し、視界を青く染めた。
◇◆◇◆
「か、かぁぁ……」
私の放った稲妻を顔面に受けた金髪男が、乾いた息を吐き出す。
魔法によって生み出された高電圧の電流は、彼の全身に致命的な大火傷を負わせていた。
普通の人間ならとっくに死んでいる容態だ。
全身黒焦げの男が、蹌踉めくようにして私から離れる。
「て、てめぇ……魔女か⁉︎」
両手で頭を抱えながら尋ねてくる金髪男。
その皮膚表面の細胞が泡立つようにして再生していく。
見る見る間に全身の火傷跡が癒え、数十秒後には完全に消え去ってしまった。
わーお、すごい回復力……。
鮮やかな金髪に黒光りする胴部。肩を怒らせた男がゆっくりとこちらに向き直り、やがてニヤリと笑う。
「フッ、お前と最初に出会ったのが不死身の俺で良かったぜ。他の仲間だったら今の一撃で確実に死んでいた」
静かに呟く金髪男の言葉に眉をひそめた。
「……不死身ですって?」
「ああ、そうだ。数多の人体改造を経て俺が手にした神殺しの力さ」
得意気に言い放った金髪男が自らの眼前に右手をかざすと、その爪が2メートル超まで伸びた。
「それに加えてこの人造魔法があれば、俺は誰にも負けん!」
そう言った男が一気に重心を低くする。
臨戦体勢⁉︎
私がハッと息を飲む間に男が走り出ししていた。
地を這うような低姿勢であっという間に私の眼前に迫ると、ナイフのように尖った右爪を叩きつけてくる。
しかし、
「私に全ての理を見せよ、アイナ!」
私が呪文を唱えると、突如、時間の流れがスローモーションになり、爪先の動きがはっきりと見えた。
大振りの右腕を僅かに頭を下げることで悠々と躱すと、男の懐に飛び込み、その顔前に右手をかざした。
男の人造魔法自体は大したことがない。神父に化ける、爪を伸ばすなどの芸当を見る限り、よくある肉体変形の類いだろう。
問題は人体改造によって手に入れたという不死身の肉体の方だ。
本当に不死身なのだとしたらそれなりの手段を薨じなければならなくなる。
……少し試してみましょう。
「燃えなさい!」
先程と同様に金髪男の顔前で雷撃を放つ。
バチリッ。
私の手元で青白い火花が弾けたと思った瞬間、男の全身が発火した。
「ぐげぇぇぇ!!」
燃え上がった金髪男が苦し気な声を上げる。
どうやら痛覚はあるらしい。
「テメェ!ぶっ殺してやる!」
血走った眼で私を睨みつけ、刃物のような両爪で交互に斬りつけてきた。
右、左と身を捻ることでそれらの斬撃をかいくぐり、その度に一発ずつ稲妻を叩き込んでいく。
「うげうげうげええええぇ!!」
しかし、奇声を上げながら我武者羅に両腕を振り回す金髪男は止まらない。
全身から火煙を上げながらも迷いなくこちらに突っ込んできた。
これは幾ら燃やしても意味がなさそうね……。
高威力の雷撃に対して全く恐れる様子のない金髪男。
その迫力に若干気押されながらも、別の魔法を使用する。
「無垢なる魂よ己の内に宿れ、レイバン!モード『カマキリ』」
私が呪文を唱えると警戒したように一瞬、金髪男の動きが止まった。
先ほど『アイナ』を使用した際にも薄々感づいてはいたが、この男も竹林で私を襲ってきた殺し屋と同様に相手の唱える呪文を聞き分け、その後の動きを先読みして戦うタイプだ。
だから、全く知らない虫魔法の呪文を唱えられると逆に反応に遅れが生じてしまう。
「その隙が命取りよ……」
静かに目を細めた私は、宙空に無防備に掲げられた金髪男の右腕に手刀を叩き込んだ。
私が使用した魔法レイバンは虫魔法三大秘術の一つで、指定した虫の特性を己の身に反映させることができる。
つまり、今の私の手刀はカマキリの鎌に匹敵する鋭さと、ノコギリ並みの切れ味があるということだ。
ズパンッ。
鈍い音と共に男の肘から先を切断すると、返す動作で左腕も吹き飛ばす。
「なっ、馬鹿な⁉︎」
突如として両腕を失った金髪男が驚嘆の声を上げた。
しかし、その表情から焦りの色は伺えない。
私の見てる間にも切断面が泡立ち新たな腕が生えてこようとしているのが分かる。
四肢を完全に切り離せば再生しないかとも思ったのだけれど無駄だったようね。斯くなる上は……。
一つ深呼吸をした私は、続けて左の手刀を振り上げた。
そのまま、無防備に晒された男の首元を切断する。
男の頭が胴体と切り離され、ド派手な血飛沫が上がった。
これで死なないとなるといよいよ本物ね……。
流石に頭を断たれれば死ぬのではないかという淡い期待を抱き、距離を取って見守る。
しかし、そんな期待も虚しく、すぐに出血は止まり頭部の再生が始まった。
金髪男の全身が泡立ち、あっという間に腕と頭が新しいものに生え変わっていく。
その間僅か数十秒。
気づけば、私の攻撃など無かったかのように完全に元通りの男が悠々と佇んでいた。
「フハハ!クハハハ!だから、不死身だと言っただろう?そんな攻撃では俺は倒せん」
金髪男が再び獰猛な笑みを浮かべる。
自分は死なないという絶対的な自信と、場を支配している優越感。
さぞかし良い気分でしょうね。
「クハハ!今からは俺がお前に一方的な死の押し売りをしてやる!」
そう言った男が三たび臨戦態勢をとり、
霞むほどの速さで私に向かって突っ込んできた。
それを両手を広げ、静かに迎え撃つ。
「死ねぇぇぇ!!」
あっという間に私の眼前に到達した金髪男が、右の爪を渾身の力で叩きつけてきた。
しかし、私は両手をだらりと下げ、防ぐそぶりも避けるそぶりも一切見せなかった。
だからこそ、男は確実に私を切り裂けると思ったし、勝ちを確信しただろう。
その分、実際にそうはならなかった時の驚きが大きかった。
ズドン。
男の手刀が私の左胸を貫通する。
通常の人間ならば心臓を貫かれて即死しているところだ。
しかし、私の体からは数匹の黄金蝶が舞い出るだけで、血の一滴すら出なかった。
「なんだ……これは?」
予想外の結果に驚き、たたらを踏む男。
その左胸に私も全く同じ形で右の手刀を叩き込んだ。
ズドン。
重量のある音と共に胸元にどデカイ穴が開く。
「いいえ、死ぬのはあなたよ」
私の言葉に金髪男が顔を引きつらせて笑った。
「クハハ!本当に学びのない奴だな。何をしても無駄だとまだ気づかないのか!俺の不死身はホンモ……ノ……だ」
途中まで流暢に話していた男が、突然詰まったように息を吐き出す。
その視線は自らの胸に開いた風穴に釘付けになっていた。
そのまま、何が起こっているのか分からないと言った表情で荒い呼吸を繰り返す。
男の胸元を貫通した私の右腕。
いつの間にかその周囲の血肉が金色の固形物へと変わっていた。
その物質の正体には男もすぐに気づいただろう。
非常に重く柔らかい金属、純正の『金』だ。
金がじわりじわりと男の体を侵食し、やがて肩や腹にも広がっていく。
私が三年かけて習得した人造魔法『錬金術』はある物質を全く因果関係のない別の物質へ作り変えてしまうという恐ろしいものだ。
絶対に死なない肉体を手に入れた男を殺したければ、その肉体を別の物質へと作り変えてしまえばいい。
男の全身を別の物質に作り変えた時、その物質と男との間に何一つ因果関係がなければ、それはもう不死身の男ではないのだ。
「ゔぁぁぁぁぉぁ!!」
首元まで金に侵食された男が突然、発狂し、両爪を振り回し出した。
「ふざけるなあぁぁ!!!離せ!離せぇぇぇ!!」
刃物のような爪先が私の体に何度も触れるが、一切傷つけることはできない。
肌に斬りつける度に体の輪郭が崩れ、金色の蝶が宙空を飛び回るだけだ。
「こんな小娘に……この俺が……」
自らが死に向かっていることは男もとっくに気づいていたはずだ。
しかし、抵抗するのが遅すぎた。
それは自らを不死身だとおもいこんでいた為の奢りからか……。
最後は諦めたように力なく笑った金髪男。遂には全身を魔法に侵食され、精巧な金像へと姿を変えた。
不死身の肉体を手に入れても尚、死を克服することはできない。
一口に不死と言っても難しいものね。
私が戦いの余韻に浸っていると、
「よっしゃああ!!助かったぞぉぉぉぉ!!」
金髪男の死によって静まり返った農場に、ベンの歓喜の声が響き渡る。
それと共に人々が安堵の表情を浮かべ、互いの無事を喜び合った。
その光景を眺めながらホッと息を吐き出す私の元に、ヒラリヒラリと一羽の金色蝶が戻ってくる。
その姿を見た時、ふとイタズラ心が芽生えた。
既に声の届かなくなった金髪男の元に駆け寄ると、その耳元で彼にだけ聞こえるように呟く。
「知ってる?とある言い伝えによると金色の蝶は人々に不死を授けるのよ……面白いでしょ?」




