開幕!殺戮ショー!
「みんな、殺っちゃって!」
処刑台の上の少年が甲高い声で叫ぶと、場内の蛇人間達が一斉に動き出した。
私の眼前の一体も素早くフードを払いのけ、こちらに向かってまっすぐに突っこんでくる。
身長2メートルほどの巨漢が私に覆い被さるようにして右腕を振り上げた。
丸太のように太い腕回り。
……こんなのに殴られたらひとたまりもないわね。
「私に全ての理を見せよ、アイナ!」
素早く呪文を唱え、一歩前に踏み出す。
魔法によって時間が間延びした世界。
そのまま、相手のガラ空きの胴に右手を添えると、続けざまに二つ目の魔法を行使した。
「鮮血の喜びを私に、ヒスマ!」
私の右腕の血管が濃く浮かび上がり、内側から紅く光る。
虫属性上級魔法、ヒスマ。
対象の血を抜き取る吸血魔法で、どんな大男も10秒で干からびてしまう。
「グゲェェェ……」
腹部から私の手を伝い、一気に血を抜かれた蛇人間が貧血を起こしてふらつく。
前屈みになり、胸の高さまで落ち込んだ頭を両手で掴み、三つ目の呪文を唱えた。
「灼熱よこの手に宿れ、エンテ!」
私の両手から炎の柱が顕現する。
声を上げる間も無く、蛇人間の頭が炭化した。
2メートル超の巨体が糸を切られた操り人形のように地面に倒れこむ。
とりあえず、一匹排除……。
私がゆっくりと息を吐き出し、周囲を見渡すと、広場内は大混乱に陥っていた。
我先にと処刑場を後にする人々。
台上の四人は既に姿をくらましており、どこにも見当たらない。
見える範囲だけでも5匹以上の蛇人間が、好き放題に暴れまわっている。
「嬢ちゃん、これからどうするつもりじゃ?」
「それは……」
私が老爺の質問に答えようとしたその時、広場の中央で鎧の一団が三体の蛇人間に襲われているのが見えた。
「馬鹿!お前ら逃げるな!俺のことを守れ!」
「お金なら幾らでもあげますよ!」
パワーもスピードも常人の域を逸脱した蛇人間達を止められるものはいない。
鎧の一団は総崩れとなり、その殆どが既に逃げ出している。
ネクル兄弟が必死に呼び戻そうとしているが、どうやら金の為に命を張る者はいないようだ。
「一先ず、あの二人を助けて来ます」
私の言葉に老爺がこくりと頷くのを見て、ゆっくりと走り出す。
処刑場の外へ向かう人の流れに逆らい、中央へと急いだ。
「誰か!助けてくれ!」
ネクル兄弟の兄、ベンが切羽詰まった声で叫ぶ。
一匹の蛇人間が今まさに右手の爪で彼を引き裂こうとしていた。
私とネクル兄弟との間に横たわる距離は約10メートル。
このまま普通に走っていたのでは間に合わない……。
素早く辺りに視線を走らせると、ネクル兄弟の上空でまっすぐにこちらを見つめる一匹の虫と目が合う。
監視役としてネクル兄弟につけていたテントウムシ。
私と目が合うと同時にこくりと一つ頷いた。
……仕方ないわね。本当はやりたくないんだけど。
内心で大きなため息を吐きつつ、魔法の呪文を唱える。
「小さき者よ真の力を示せ、エイセント!」
私の声に呼応して、テントウムシが青白い輝きを放った。
以前使用した際に、二度と使うまいと決意した魔法。
一寸ほどだったテントウムシが、あっという間に体調3メートル超の怪物に姿を変える。
そのまま、蛇人間の頭に齧り付くと、ムシャムシャと全身を喰らい尽くした。
ああ、この魔法やっぱり最悪……。
同じような光景が二度繰り返され、ネクル兄弟に迫っていた他2体もあっさりと退治される。
「ふへへ、ヘルの嬢ちゃんありがとうよ。お陰で命拾いしたぜ」
尻餅をついていたベンが、腹を揺らしながらゆっくりと立ち上がった。
「いやぁ、もうダメかと思いましたよ……」
その後ろに隠れていた弟のビンも、安堵の息を吐き出す。
「クソ!あいつら2年近く高給で雇ってやったのに、いざとなったら逃げ出しやがって!」
「次会ったらとっちめてやろうぜ、兄貴!」
「あなた達、本当に人望ないわねぇ……」
私が息巻く兄弟に呆れていると、
「嬢ちゃん、これからどうするつもりじゃ?この蛇男達、街中で暴れ回っているようじゃぞ?」
背後からアルバーンさんが近づいて来た。
彼の言う通り、風に乗って運ばれてくる悲鳴は処刑場の中だけに留まらない。
空を見上げると、街の至る所で火の手が上がっているのが見えた。
「これは早く街を出た方が良さそうね」
「ああ、そのようだな」
私の言葉にベンが頷く。
「だが、その前に一度蜂蜜農園に戻らないといけねぇ。あそこには俺たち兄弟の全財産がある」
「兄貴、まさかお金を取りに戻るつもりか?蛇人間に会ったらお終いだぜ?」
驚くビンを横目にベンが豪快にわらう。
「当然だ。人生で金より大事なものはないからな。ガハハ」
『こいつ、本物の馬鹿ですね』
『ええ、本物の馬鹿です』
呆れたように呟く藍色チョウと、それに同意するムカデ。
「……はぁ、仕方ないわね。あなた達を二人だけにする訳にもいかないし、私もついて行くわ」
深くため息をついた私は、ネクル兄弟、老爺を伴い、処刑場を後にした。
そのまま、真っ直ぐに蜂蜜農園を目指す。
その道中、ふと疑問に思ったことを、頭上のテントウムシと、老爺が持つムカデに尋ねてみた。
「そういえば、テントウムシとムカデのあなた達が何で冬の間も活動しているの?」
私からの質問に、
『あれ?、ムカデって冬の間も活動できませんでしたっけ……?』
『できるんじゃないですか?ハハッ……』
ぎこちなく笑うテントウムシとムカデ。
うわ、嘘くさっ……。
神託によって与えられた数多の知識達が即座に否だと主張した。
◇◆◇◆
牧場のような広い草地に多くの人々が集まっていた。
ここはケムルスの街最西端にある蜂蜜農園で、ネクル兄弟が管理する土地である。
夏場は草地全体に蜜の滴る木箱が置かれているのだが、冬真っ盛りの今は取り払われている。
まるで、家畜が逃げ出した後の牧場だ。
『なるほど。確かにこれほど見通しの良い場所なら、蛇人間達に突然襲われる心配がないですね』
私の頭上で藍色チョウが感心したように呟く。
人々は一箇所に集まり、互いに守りあっていた。
魔法使い達が円となり、非戦闘員を取り囲んでいる。
彼らに近づこうとした数体の蛇人間達が、魔法の総攻撃に合い、地面にひれ伏すのが見えた。
強靭な腕力を持つ怪物たちも、遠距離からの魔法攻撃には弱いようだ。
「あっ、ベン様!ビン様!こちらへお願いします!」
魔法使いのうちの一人が私達の存在に気づき、ネクル兄弟の名前を呼びながら手招きする。
どうやら市民達を守っていた魔法使い達は、蜂蜜農園を見張る為にネクル兄弟がお金で雇った者達らしく、私達は比較的歓迎ムードで輪の中に加わることができた。
「フハハ、こいつらは俺が雇った一流の魔法使い達よ。脳筋の蛇男など相手にならんわ」
人々の先頭に立ったベンが満足げに笑う。
最初、農園内に10体以上いた蛇人間達は魔法使い達の攻撃によって徐々に数を減らして行き、30分が経過した頃にはその全てが地面に伏せっていた。
「ビン、今の内に必要なものを取ってきてくれ!」
「あいよ」
兄の言葉に頷き、ビンが人々の輪を離れようとする。
しかし、その直前に新たな敵が現れた。
「これはまた派手にやってくれたな」
逆立てた金髪に、キツイ目元。
私達の前方に現れたのは、白装束を纏った一人の若者だった。
「テ、テメェは……カーネル司祭に化けていた男!」
その姿を見たベンが一瞬、怯んだように一歩下がる。
しかし、すぐに自分が強力な魔法使い達に囲まれていたことを思い出したのか、
「ここは大丈夫だ。ビン、早く金を取って来い!ヘルの嬢ちゃんも弟の護衛を頼む!」
私達に向かって素早く命令を出してきた。
ベンの言葉を受けて、改めて金髪の若者を眺めるが、それほどの脅威には思えない。
……これだけ魔法使いがいれば問題なさそうね。
そう判断した私は、ビンと共に人の輪を離れ、金髪の若者が現れた方角と真逆にある木造の平屋を目指した。
「俺たち兄弟の全財産はこの家の地下倉庫ですぜ」
外壁の全てを白のペンキで塗られた木造の平屋建て住宅。
正面の扉を勢いよく開けたビンが、意気揚々と奥へ消えて行った。
「この家、生活感が全くないわね」
その後に続き、建物の中に足を踏み入れる。
外壁だけでなく内部の壁も一面真っ白。建物の中には家具と呼べるものが何一つ存在しなかった。
掃除だけは適度に行なっているのか、床上に埃などはなく小綺麗だ。
ビンと共に地下への階段を降りると、そこは壁の煉瓦が剥き出しの倉庫だった。
色とりどりの宝石に、天井近くまで積み上げられた金塊。
目の中に数え切れないほどの金品が飛び込んでくる。
わーお、これは想像以上かも……。
「ヘル嬢、これらをまとめて運び出せるような便利な魔法はありませんか?」
こちらを振り返ったビンが、期待の篭った眼差しで見つめてきた。
「それならピッタリのものがあるわ」
そう言って近くのネックレスに触れる。
そのまま、息を吸い込んだ私は、素早く呪文を唱えた。
「宝石よ美しき彫刻を象れ、スカラべ!」
その瞬間、手元のネックレスに付いていた五つのダイヤモンド結晶に変化が起こる。
それはまるで精巧な飴細工を作る過程を早送りで眺めているようだった。
外の輪郭から内の細かい箇所へ。
やがて、ダイヤモンド結晶の一つ一つが白く輝く美しいコガネムシへと姿を変える。
宝石彫刻であるはずのコガネムシがゆっくりと羽を広げ、一斉に宙へと舞い上がった。
んひぃぃぃ!気持悪っ!
虫型の宝石に誤って触れないように慌てて飛び退いた私の眼前で、素早く方向転換したネックレスが、地下倉庫から勢いよく飛び出して行く。
「虫属性中級魔法のスカラベは、宝石や貴金属に命を宿すことができるの。どう?凄いでしょ?」
私が得意げに魔法の説明をすると、
「また虫魔法ですか。ヘル嬢の魔法は相変わらず気色悪いっすねぇ」
ビンがグヘヘと笑った。
「き、気色悪い?そうかなー?この魔法は綺麗だと思うけどなー」
なんとなく自らの魔法を擁護しておく。
いや、実際は超絶気色悪いけど……。
その後、倉庫内にある全ての金品に触れ、順番に魔法をかけていった。
10分後には最後の宝石がコガネムシへと姿を変え、倉庫から出て行く。
「さーて、ここでの用も済んだし、農園へと戻りましょうか」
「ああ」
私がビンを伴って地下倉庫を出ようとしたその時、
『ヘル様ー!大変ですー!』
扉の隙間から一匹の小さな虫が飛び込んできた。
「そんなに慌ててどうしたの?」
その姿を見て眉をひそめる。
そこにいたのは、ベン達と一緒に農園に残っていたはずのテントウムシだった。
私達を見つけ、息をつく間も無く口を開く。
『た、大変です!このままではベンさんが殺されてしまいます!』




