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16/24

公開処刑

「あー、よく寝た……」

三年前から変わらず利用する宿屋のベッドの上で目を開けた私は、大きく伸びをした。


『ヘル様、おはようございまーす!』

頭上でヒラヒラと舞い踊る藍色チョウが、元気に挨拶をしてくる。


「ええ、おはよ……」

この三日間、私は唯々寝ていた。

三年分の眠りを取り返すかのように。


窓の外は既に明るく、時計の針は頂上を回っている。

頭の中が澄み渡り、ここ数年分の疲れが一気に飛んでいったような気がした。


壁際のベッドから窓の外を眺める。

そこにはケムルスの中央を横切る大通りが見えた。


「今日は何だか人通りが多いわね。何か催し物でもあったかしら?」

首を傾げつつ、窓辺から離れる。


『今日は確か魔女の公開処刑の日ですよ?』

藍色チョウの言葉を聞きつつ、鏡台に近づいた。

椅子に座り、ブラシを使って髪をとかす。


……そう言えば、今日の夕方から魔女の公開処刑だっけ?既に街全体がお祭りムードね。


『おお、珍しくヘル様が身嗜みに気を使っている……』

驚いたように呟く藍色チョウ。


「ちょっと、その反応は主人に失礼でしょ!」

私が投げつけたヘアブラシをヒラリと躱した。


……チッ、思ったよりもすばしっこいわね。

内心で舌打ちしつつ、鏡面を見つめる。


すると、凛とした顔立ちの少女と目が合った。

陶磁器ようなスベスベな肌に、パッチリとした薄青の瞳。

私が前世で憧れた白人美女そのものだ。


ちょっと、痩せ気味だけど……。


長い髪を後ろで一つ結びにし、鏡台から離れる。

クローゼットに近づいた私は、ゴスロリのドレスを身に纏うと、そのまま一階へと降りた。


人が疎らな食堂で遅めの昼食を摂る。

今日のランチメニューは、トマトパスタと野菜のサラダ。

私がせっせとフォークを動かしていると、テーブルの隅に置かれた新聞紙が目に入った。


おお、新しくなってる!

この世界は木板印刷が主流な為、新聞の発行頻度が月単位だ。


素早くサラダを平らげ、新聞紙を広げる。

記された項目に上から順に目を通していった。


ええっと、最初の記事は……トーマス第二王子がレンドルシー家の長女と婚約。


「ん?」

最初の一文で首を傾げる。


レンドルシー家の長女ってネイルお姉様?

姿を思い浮かべようとするが、上手くいかない。


んー、レンドルシー家の中でも特に顔を合わす機会が少なかったからなぁ。


記事の内容に目を通し、深く溜息をついた。


……王族と結婚かぁ。確かにこれが最良の手よねぇ。


巨万の富と最上の地位が同時に手に入る。

今年で二十歳になるネイルだからこそとれた作戦だ。


でも、お姉様は平民よね?

王族と結婚なんて貴族達が許しそうにないけど……。


事の運びには若干、府に落ちない部分もあった。

しかし、新聞に記されている以上は事実なのだろう。


これは何か手を打たないとなぁ。


最初の記事の衝撃が強すぎて、次の記事の内容など全く頭に入って来ない。


王都でラフレシアが蔓延?どうでもいいー。


完全に興味を失い、新聞を閉じた。


ラフレシアとは私が魔法で生み出したドラッグの名称だ。

人体に一切害のない謎の快楽薬として世に出回っている。


まあ、実際には吸引した瞬間に運気が下がってるんだけど……気づかないよねぇ。


食後のコーヒーを飲んだ私は、静かに席を立った。

◇◆◇◆

すっかり暗くなった寒空の下に、木組みの断頭台が不気味に浮かび上がっていた。

円形の広場を取り囲む篝火がパチリパチリと小気味の良い音を立てる。


ここはケムルスの街外れにある巨大な処刑場。

普段は人の寄り付かない寂れた場所だが、今夜は魔女の公開処刑が執り行われるとあって多くの人が集まっていた。


『うう、凍死する〜』

先程から私の頭上では、藍色のチョウが忙しなく羽を動かしている。

本人曰く、体を温めているらしい。


あれ?そういえば、蝶って成虫のまま越冬できるんだっけ?

14年間共に過ごしてきて不意に湧いてきた疑問。

神託によって与えられた数多の知識達が即座に否だと主張した。


このチョウに常識を求めても無駄かぁ……。

静かにため息をついた私は、冷え切った指先に白い息を吐きかけた。


今現在、断頭台の上には二人の人物がいる。

鉄仮面を被った筋骨隆々の男と、目隠しをされた若い女。


男の方は巨大な斧を手にしており、一目で処刑人であると分かる。


すると……あの女性がこれから処刑される魔女かな?


改めて台上の女性の様子をじっくりと観察すると、口にボロ布が詰められていることに気づいた。


成る程ぉ。あれで神創魔法の呪文詠唱を封じてるのね。


「よく考えると、魔女を拘束するのって至難の技よね」

私の呟きに、


『ん?そうですか?』

藍色チョウが不思議そうに首をかしげた。


「だって、神創魔法は呪文の詠唱さえ封じてしまえばいいけど、人造魔法はどうしようもないでしょう?」

『まあ……そうですね』


「だったら、拘束しても意味ないじゃない。魔法で簡単に逃げ出せるんだから」

大きく肩をすくめる私の足元で、


『そうとも限りませんよー?』

不意に甲高い声がした。


誰だろう?

私が恐る恐る足元に視線をやると、そこには一匹の小さな虫がいた。


細長い体に10本以上ある脚。

……ムカデだ。

その正体に気づき、ジト目で凝視する。


『ヘル様、お久しぶりです!』

元気な声で挨拶したムカデが地面を這うようにして近づいてきた。


久しぶり?……私が今まで話したことあるムカデなんて一匹しかいないけど。


「あなた、リンドール家の裏山にいたムカデね?」

『はい!そのムカデです!』


三年前の魔物狩りで出会った陽気なムカデ。

私の魔法で巨大化させて魔物を襲わせた記憶がある。


「あなた……なんでここにいるの?」

眉間にしわを寄せ、思い立った質問をムカデにぶつけてみる。


リンドール家とこの処刑場は真逆の方角にあり、とてもムカデの足で歩いてこれる距離とは思えない。


ムカデが空を飛べるなら別だけど……。


「その子はワシが連れてきたんじゃよ」

突然、背後から聞こえてくるしわがれた声。

意外にも私の質問に答えたのは、足元のムカデではなかった。

驚く私の視界に一人の老人がゆっくりと割り込んでくる。


ちゃんちゃんこのような上着を纏った人の良さそうな老爺。

地面に膝をつくと、右手でムカデをすくい上げた。


「やあ、銀髪のお嬢ちゃん。久しぶりじゃの」

顔を上げた老爺が、私の方を見てニッコリと笑う。


あっ、このお爺さんは……。

見覚えのあるその顔にハッとした。

三年前の魔物狩りで出会った女好きの老爺、アルバーン・ザック。


「アルバーンさん、まだそのムカデ連れてたんですね……」

「ほほ、この子は既にワシの相棒じゃよ」

ピンと背筋を伸ばした老爺が、手のひら上のムカデを優しく撫でる。


ムカデが相棒って……どんだけ寂しい人なのよ。


顔を引きつらせた私が空を仰ぐと、頭上の藍色チョウと目が合った。


視線が交わると同時に、嬉しそうに羽を動かす蝶々。


「……」

その様子をしばらく無言で眺め、ゆっくりと視線を逸らす。

一つ深呼吸をした私は、気を取り直すようにして老爺が持つムカデに尋ねた。


「あなたさっき、魔女への拘束が無意味だとは限らないって言ったでしょ?」

『はい!』

私からの質問にムカデがこくりと頷く。


「それは何故かしら?人造魔法を封じるのは不可能だと思うのだけど……」

眉をひそめる私の前で、ムカデが大きく胸を張った。


『それはですね……人造魔法では鉄の拘束器具を破壊することができないからですよ!』

ドヤ顔で言い放つムカデの前で首をかしげる。


……どういうこと?

尚も府に落ちない表情を浮かべる私に藍色チョウが説明してくれた。


『人造魔法とは大抵、神創魔法の威力を大幅に落とす代わりにその形を弄ったものです』

「……はぁ」


『虫魔法との適合率が異常に高いヘル様は元となる神創魔法の威力が高く、体内で緻密な魔力コントロールが可能なため手から稲妻を放ったりできますが、本来、人造魔法とはそれほど大きな事象は起こせないのです。魔女や魔人と言っても、爪先に炎を灯せる程度の人が殆どで、とても鉄の拘束器具を破壊して逃走することなどできません』

「……ふーん、そんなものなのね」

藍色チョウの説明を受け、改めて台上の女性を眺める。


手足に繋がれた多数の鎖。

一本一本がかなり太く、断ち切るにはかなり高威力の魔法が必要そうだ。


なるほど、確かに指先に炎を灯す程度の魔法であそこから脱走はできないわね……。


私が藍色チョウの説明に納得し、何度も頷いていると、


ドンドンドン。ドンドンドン。

突然、処刑場全体に太鼓の音が響き出した。

それに合わせて処刑人の男が踊り出す。


斧を振り回しながら台上を右へ左へ。

この世界特有の儀式なのか、公開処刑の前には必ずこの荒々しい舞が行われる。


「そろそろ処刑開始のようじゃの」

「そのようですね」


広場の隅に位置取った私が全体の様子を静かに眺めていると、

フルフェイスの鉄兜を身につけた鎧の一団が、多くの人々を押しのけながら中央に向かっているのが見えた。


「貴様ら邪魔だ!道を開けろ!」

先頭の鎧戦士が大声を上げながら道を切り開いて行く。

周囲の人々は一瞬嫌そうな顔をするものの、揉め事を起こすのは避けたいのか、渋々といった感じで道を譲っていった。


うわぁ、何あれ……感じわるーい。

私がその様子を遠目から眺めつつ、眉をひそめていると、円形に広がった10人ほどの鎧戦士達の間に貴族のような格好をした二人組の男がいるのが見えた。


処刑台の正面に位置取り、下卑た笑みを浮かべる男達。


げっ……ネクル兄弟だ。

その姿を見た瞬間、二人の正体に気づいた。


『あの兄弟、相変わらずのクズっぷりですねぇ』

鎧戦士達の雇い主である見知った男達に、頭上の藍色チョウも呆れたように呟く。


あの二人とは他人のふりをしておいた方がよさそうね……。

私が再び台上に視線を戻すと、いつの間にか処刑人とは別の男が魔女の隣に立っていた。


白装束の金髪の男。

格好や立ち振る舞いからして神然教の司祭であることは間違いないだろう。


「皆の者、台上の女を見よ!こやつが今夜処刑される魔女だ!」


太鼓の音が鳴り止み、騒然とする場内。

司祭の言葉を受け、人々から「殺せ」コールが巻き起こる。

罵声や石が飛び交う異様な雰囲気の中、台上の処刑人がゆっくりと魔女に近づいていった。


既に刑執行まで秒読みの状態だ。

台上で処刑人の男が斧を天高く振り上げる。


それに合わせて群衆がどよめいた。


その間も男の視線は、膝をつき、項垂れる魔女の首筋を睨んで離さない。


『邪魔が入る?』

『ええ。捕まった魔女の仲間が、公開処刑を取りやめなければ、街の住民を皆殺しにすると宣言しているらしいですぜ?』

不意に数日前の喫茶店でのやり取りがよみがえる。


緊張と冬の寒さで氷つきそうな処刑場のその一瞬は、私の瞳にスローモーションで映った。


空に向かって突き出された斧が、静かに動き出す。

風を切り、弧を描きながら魔女の首元に一直線だ。


台上には未だ三人のみ。乱入者の影はない。

既に群衆の最前列にいても止めに入るのは不可能だろう。


「殺せー!」

私の隣で見知らぬ女性が狂ったように叫んだ。

次の瞬間、処刑人の男が霞むほどの速さで斧を振り抜く。


ズパン。

空気が破裂するような音が場内に響いた。

それと同時に周囲を静寂が支配する。


誰も何も発さない。

しばらく、無音の時が流れた。


やがて、一人の男が口を開く。


「カーネル司祭……これは何のつもりだ?」

最初に言葉を発したのは、鉄の仮面をつけた処刑人の男だった。


魔女の首筋まで残り1センチ。

彼の振り下ろした斧は宙空でピタリと止まっている。


制しているのは白装束を纏った金髪の男。

右手一本で斧を上から掴み取るようにして、静止させている。


「悪いが、俺の仲間は殺させねぇ」

そう言った金髪男が、左の拳を頭上に振り上げ、処刑人の顔面に叩きつけた。


紙のようにひしゃげた鉄仮面。

2メートルほどの巨漢が宙を舞う。


「グゲェェェェェ!」

奇声を上げた処刑人が、地面に転がり、ピクリとも動かなくなった。


その様子を見届けた金髪男が、ゆっくりと群衆の方に向き直る。


ぐにゃり。

それと同時に金髪男の顔が歪んだ。

そのまま、溶けるようにして別人の顔に変わる。


きつい目元に、特徴的な鷲鼻。

先ほどまでの男の面影は一切ない。


処刑場に集った人々は皆、突然の出来事に思考が追いついていないのか、その場から動けずにいる。


「警告したはずだ!刑の執行を取りやめなければ、この街の住民を皆殺しにすると!」

金髪男が鬼のような形相で叫んだ。

その直後、彼の影が大きく膨れ上がる。


処刑台全体を覆う黒影から、這い出るようにして二人の人物が姿を現した。


一人はフードを目部下に被った背の低い少年で、もう一人は黒のタキシードを纏った髭の紳士だ。


あっ、あの人は……。

タキシードの男性を見た瞬間、その正体に気づく。


ケムルスの街に来た当初、文無しだった私に銀貨をくれたおじ様。

路上アーティスト達のカリスマ、クレイ・ローマンだ。


クレイさんも魔女の仲間なんだ……。


「悲しいことだな。これだけ多くの人々が私の仲間の死を望んでいるとは」

クレイ・ローマンがそう呟いた直後、地面が小刻みに揺れ出す。


地震⁉︎

驚く私の眼前で、突如、地面が爆発した。

砂礫が辺りに飛び散り、直径1メートルほどのクレーターができる。


「何だ⁉︎」

「どうなってるの⁉︎」

爆発は私の眼前だけでなく、場内の至る所で起こり、各所で悲鳴が上がった。


爆発に巻き込まれて地面に倒れこむ多くの人々。


ん?……影の中に何かいる。

クレーターの中心を覗き込むと、長身の人影が膝をついて座り込んでいるのが見えた。


全身を覆う長い外套に、目元まで隠す黒いフード。

見覚えのあるその姿に戦慄を覚える。


「嘘でしょ?」

「これは……嬉しくない再開じゃの」

私の隣でアルバーンさんが息を飲んだ。


フードの下で長い舌がチロリチロリと揺れる。

爬虫類特有の鋭い眼光。

そこにいたのは、三年前に遭遇した蛇人間そのものだった。


無数に響く爆発音は処刑場内に留まらず、街の至る所から聞こえてくる。


この爆音の数だけ蛇の怪物がいるってこと?……笑えないわね。


目の前の巨漢を眺め、冷や汗を垂らす私の耳元に、クレイ・ローマンの無機質な声が響いた。


「さぁ、殺戮ショーの幕開けだ」


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