新たな金脈
黄金の鎧を纏った剣士が、先頭の蛇人間を斬り倒したのが見えた。
それと同時に他の二体の蛇人間が、こちらに向かって突っ込んでくる。
「アルバーンさん!後ろに隠れて!」
老爺の一歩前に出た私は、両手を広げて呪文を唱えた。
「水流よ敵を切り裂け、ウォーターカッター!」
私の一声に呼応して、両の手のひらから圧縮された水の刃が放たれる。
手元を離れた二対の水刃が物凄い速さで空を切り裂き、近づいてくる二体の蛇人間を急襲した。
ズパンッ。
ド派手な音を立てて直撃する。
しかし、
……あれ?全然効いてないんだけど。
蛇人間達はまるで水刃など無かったかのように、変わらぬスピードで進み続けていた。
ちょっ、これは手段を選んでいられない。
静かに決意を固め、再び両手を広げる。
敵をまっすぐに見つめた私は、素早く呪文を唱えた。
「この手のひらから命の温みを、アミル!モード『キラービー』」
宙空に真っ黒な球体が現れ、無数の蜂達が蠢く。
「刺し殺しなさい!」
私の呼びかけで殺人蜂達が一斉に二体の蛇人間達に襲いかかった。
「グモォォォ!」
万単位の蜂に群がられた蛇人間達が、くぐもった声を上げてそのまま地面に倒れこむ。
気づけば肌一つ見えない真っ黒なシルエット。
数秒後には抵抗する間も無く絶命していた。
「なんとか、二匹」
役目を終えた虫達が宙空で霧散する。
残された死体はとても直視できるような状態ではなかった。
……ふう、見ていて気分の良いものではないけど殺傷能力だけは折り紙つきね。
息を整える私の元に、二つの死体を乗り越えるようにして、更に三体の蛇人間が近づいてくる。
今度はこちらの様子を伺うようにゆっくりとだ。
広場内には既に二十体以上の蛇人間が存在しているが、森の奥から侵入してくる者は未だに後を絶たない。
「これはキリがないわね……」
私がため息混じりに呟いていると、
「お嬢ちゃん、後ろからも敵が来てるぞい!」
突然、背後から老爺の叫び声が聞こえて来た。
後ろ?
声がした方を振り返ると、一列に並んだ石像の間から蛇人間が出てくるところだった。
うわっ、挟まれた……。
内心で舌打ちする。
「宿りし者を内から喰らえ、バイト!」
呪文を唱えると共に、私の全身から無数の緑光子が放たれた。
数ミリ単位の光子が、風に乗り、空気中をゆったりと漂う。
虫属性超級魔法、バイト。
捕食寄生の概念を具現化した魔法で、宙空にばら撒いた光子を敵対生物に吸い込ませることで、中から生命機関を破壊するという恐ろしいものだ。
捕食寄生者は中から宿主を食い破る。
「グゲェェェェェ!」
広場内に複数の蛇人間達の悲鳴が響いた。
前から近づいて来ていた三体が、身体中の穴という穴から血を流し、地面に伏せっている。
体内に取り込んだ光子が、肉を食い破って外に出ようと暴れまわっているのだ。
その様子を見た背後の一体が足を止めた。
警戒したのか、全く近づいてこない。
……うーむ。この蛇男達、案外賢いわね。
私がその反応に若干感心していると、
「どわっ!」
素っ頓狂な声を上げ、金鎧の剣士が吹っ飛んで来た。
派手な音を立て、私の隣の地面に倒れこむ。
「おお。隊長さん大丈夫ですか?」
体中に擦り傷を負った男に私が声をかけると、
「クソッ、あばらが二、三本折れた」
脇腹を抑えつつ、男が苦しそうに答えた。
男が飛んで来た方向から二匹の蛇人間達が走り寄ってくる。
弱った男にとどめをさそうとしているのだろう。
しかし、私たちの元に辿り着く前に足を止めた。
突然、その場で苦しみ出し、身体中から血を流す。
バイトの効果は未だ健在。
不用意に吸い込んだ光子に内部から生命機関を破壊され、そのまま動かなくなった。
「おい、お前……俺たち二人でこいつら全てを倒せると思うか?」
その様子を見ていた剣士の男がゆっくりと立ち上がる。
「いえ、流石に全ては無理では……」
私がおずおずと答えると、
「そうか。実は俺も同意見だ」
その言葉に大きく頷いた男が、背筋を伸ばし、大声で叫んだ。
「撤退するぞ!俺の後についてこい!」
◇◆◇◆
「あれから何の音沙汰もないわね……」
蛇人間との戦闘から二日後。
なんとか無事に山を下った私は、ケムルス内の喫茶店で優雅にコーヒーを飲んでいた。
魔物狩りで得た報酬は銀貨二枚に加えて金貨一枚。
予想外の大金だった。
私たちが下山した直後に、リンドール家の私兵隊が裏山に入り、蛇人間の掃討作戦を行なったそうだ。
しかし、あの広場には蛇人間どころか石像一つなかったとか。
まるで、神隠しのように消えてしまったのだ。
未だ私とお爺さん以外の参加者は行方不明。
リンドール家と街の警備隊が全力をあげて捜索中らしい。
「全くあの蛇男達のせいで無駄に気疲れしたわ。慣れないことするものじゃないわね」
私がブツブツと文句を言いつつ、運ばれてきたケーキを食べていると、
『あっ、彼らが来ましたよ』
頭上を飛んでいた藍色チョウが、店の入り口を見て呟いた。
カランコロンと扉の鈴が鳴り、店内に二人の男が入ってくる。
太った男と痩せ細った男。
どちらも薄汚れた衣服を身に纏った中年だ。
店内に視線を走らせ、私の姿を見つけると、近づいてくる。
「よお、嬢ちゃん。三日ぶりだなぁ。へへへ」
太った男が腹を揺らして笑った。
向かいの席に座り、テーブルの上に麻袋を置く。
「言われた通り、うまく捌いておきましたぜぇー」
太った男の隣に立った痩せ男が、手元のビール瓶を煽りながら言った。
彼らはネクル兄弟。
太ってる方が兄のベンで、痩せてる方が弟のビンだ。
三日前に私が雇った戦争難民の男達。大量の蜂蜜瓶を与え、街で売り払うように命じた。
どれどれ〜。
麻袋の口を開け、中を覗き込む。
すると、金、銀、銅、大量の硬貨がぎっしりと詰まっていた。
わーお、これは想像以上……。
予想外の大金に思わず目を疑う。
「販売経路は訊かないでくれよ?そういう約束だからな」
男達が二人揃って悪い顔をした。
『この男達の体臭なんとかならないんですかね?くさいんですけど』
酒の匂いをプンプンさせる二人の男に、藍色チョウが嫌そうな顔をする。
まあ、それは同感ね……。
片手で鼻をつまんだ私は、逆の手で袋から硬貨を取り出した。
「いいわ、約束通りの報酬よ」
私が銀貨五枚をテーブル上に置くと、
「へへ、ありがとな」
それを太った男、ベンが素早く回収した。
「また一週間後に会いにくるぜ」
それだけ言い残して去って行く。
彼らと入れ替わるようにして、一匹のテントウムシが店内に入ってきた。
しばらく天井付近をさまよった後、私が座るテーブルの向かい側にとまる。
こちらにペコリと頭を下げると、元気に挨拶をしてきた。
『どうも!ヘル様、お久しぶりです!』
小さな口がヒクヒクと動く。
「ええ、久しぶりね。早速、報告を始めてちょうだい」
私の言葉を受け、テントウムシがペラペラと話し始めた。
このテントウムシは、私がネクル兄弟を見張らせるために魔法で生み出した存在だ。
数ある虫の中からテントウムシを選んだのは、世間一般で彼らが幸運の象徴とされているから。
……こんな悍ましいのが幸運の象徴って言うんだから、世間の価値観は分からないわねぇ。
『彼らは別の蜂蜜業者に瓶を売りつけました。自らで新たに販売経路を築くより簡単だと思ったのでしょう。ただ、その過程でいくつか揉め事がありまして……』
淡々と事実を述べていくテントウムシ。
その話は長く、終わる頃には外が夕焼け色に染まっていた。
コーヒーカップはとっくに底が見えている。
話長すぎ……。
会計を済ませた私は、大通りを歩いて、自らがとまっている宿へと戻った。
入口を潜ると、一人の女性が近づいてくる。
「ヘルちゃん、あなたの知り合いって人が訪ねてきてるわよ」
そばかすがチャーミングなお姉さん。
この宿屋の女将の娘で、私によく構ってくれる。
「名前は確かリック・ジェイルだったかな?あなたの部屋で待ってるわ」
リック・ジェイル?そんな名前の知り合いいたっけ?
聞き覚えのない名前に首を傾げる。
「分かりました、リンダさん。ありがとうございます」
小さく頭を下げた私は、素早く階段を登った。
勢いよく自室の扉を開けると、そこには、
「やあ、お嬢ちゃん。随分と探したよ!やっと、会えたね!」
満面の笑みを浮かべて、冴えない男が待っていた。




