予兆
『おお、凄い!』
『綺麗な炎……』
『素晴らしい!』
私の周囲を取り囲んだ人々が歓声と共に拍手を送った。
ケムルスの街に来てから一週間。
私はひたすら路上でのマジックショーを行なっていた。
二日目から虫魔法の使用をやめ、炎や水に切り替えた。
そのお陰か一週間経った今では、多くのリピーターを抱える人気パフォーマーだ。
今も私の周りには目を輝かせた多くの男女が円を成している。
……ムフフ。やっぱり私って天才ね。
何をやっても常人より上手くできる。
最後にやたらと大きな火球を空へ打ち上げて、その日のマジックショーはお開きとなった。
私の足元に置かれたシルクハット帽に一斉に硬化が投げ込まれる。
チャリン。チャリン。
お金の立てる軽快な音に思わず笑みがこぼれた。
やばい、マジックショー。思ったより金になる。
蜘蛛の子を散らすように離れていった客達。
その後ろ姿を見送り、シルクハットを拾い上げた。
……おお、銅貨の中に幾つか銀貨も混ざってる。今までで一番の稼ぎかも。
帽子の中の硬化を手にした私が満足げに頷いていると、
『ヘル様ー。なんか変な男がこちらを見てますよ?』
私の元に近づいて来た藍色チョウが静かに耳打ちした。
変な男?
藍色チョウの言葉を受け、視線を上げる。
すると、私の正面にボロボロの衣服を身に纏った歯抜けの中年男が立っていた。
鬼のような形相でこちらを睨みつけてくる。
私と視線が合うや否や、男が身を翻し、走り去っていった。
その後ろ姿を無言で見送る。
……うーん、何か恨みでも買ったかな?
私が釈然としない面持ちで突っ立っていると、
「あの男は神然教徒なんだよ。我々、魔法使いのことが嫌いなのさ」
別の男性が近づいて来た。
黒のタキーシードに身を包んだ長身の男。
ケムルスの街に来た当初、文無しだった私に銀貨をくれたおじ様だ。
「あっ、クレイさん。こんにちは」
男の正体に気づき、挨拶をする。
男性、クレイ・ローマンはこの近辺の路上アーティスト達のカリスマ的存在だ。
私もこの一週間、何度も顔を合わせては、話し相手をしてもらっている。
……あれが神然教徒か。初めて見たかも。
男の言葉に顔をしかめた私はゆっくりと息を吐き出した。
神善教と神然教。
この世界で信仰される二大宗教。
これらの名前はこの世界の歴史を学べば嫌でも目にする。
二つの宗教はどちらも同じ神を敬い、魔法を奇跡の力として崇めているが、その使用に対する認識にズレがあるのだ。
神善教の考え方では、魔法は神様がくださったものなのだから、率先して使うべき。
神然教の考え方では、奇跡は神のみの特権であり、それを侵害することは何人たりとも許されない。
この二つの教えは決して交わることなく、常に争いの火種となっている。
この国が神善教を掲げる国家でなければ、路上でマジックショーなどとてもできなかっただろう。
「しかし、君のパフォーマンスはいつ見ても素晴らしいね。本当に今日で辞めてしまうのかい?」
眼前の男が酷く残念そうな顔をした。
「はい。元々、一週間だけと決めていたので」
男の言葉に頷き、握手を交わす。
「君と君の行く先に幸あれ」
笑顔で呟いた男が、素早く身を翻した。そのまま颯爽と去って行く。
うーん、やっぱりおじ様かっこいいなぁ。
その後ろ姿をうっとりと見送った。
『ヘル様は本当に年上が好きですねぇ』
「べ、別に好きじゃねーし」
思わず藍色チョウを叩きそうになる。
あ、危ない。勢い余って危うく自ら虫に触れるところだった……。
何とか踏み止まった私が安堵の息を吐いていると、
『それで、ヘル様。これからはどうやってお金を稼ぐつもりですか?』
そんな私の心情など露知らず、藍色チョウが尋ねてきた。
「フフ、フフフフ」
自然と口元から笑みがこぼれる。
『ヘル様?』
私の様子を訝しむ蝶々に、ニヤリとして答えた。
「まあ、見てなさい。とっておきの方法を考えてあるわ」
◇◆◇◆
頭上から小鳥の鳴き声がした。
木々の間から柔らかな陽光が降り注ぐ。
「何故だ?今日は獲物が一匹もいないな……」
僕の前を歩く男が不機嫌そうに呟いた。
「本当ね。普段なら魔物達がウヨウヨしているのに」
その呟きに別の女性が反応する。
彼らはどちらもピタリとした革鎧を身に纏っており、腰に長い剣を下げていた。
魔物退治を生業とする戦闘のプロ、狩人。
その中でも彼らは突出した実力を誇っており、同業者達の尊敬の的である。
かく言う僕も彼らに憧れる見習い狩人の一人。
とても幸運なことに今現在、荷物持ちとして狩りに同行させてもらっている。
……今日もレオさんはカッコいいし、レイナさんは綺麗だなぁ。
羨望の眼差しで二人の後ろ姿を眺めた。
足場の悪い山道をゆっくりと登る。
しかし、本当に魔物の姿がないなぁ。折角、二人の華麗な戦いが見れると思ったのに。
……どこからか、ドラゴンでも出てこないかなぁ。
深い溜息と共に肩を落とした。
何とは無しに背後を振り返ってみる。
すると、木々の隙間に一瞬、黒い人影のようなものが見えた気がした。
ん?……子供かな?
その周囲に視線を走らせるが、何一つ動くものはない。
見間違い?
僕が何度か目をこすり、再び前を向くと、先を歩いていた二人が足を止めていた。
「気をつけて。近くに何かいるわ」
レイナさんが目を細め、呟く。
ジャキリ。
鞘から長剣を引き抜く音が静かな森の中に木霊した。
目にも止まらぬ速さで抜刀した二人が周囲に視線を走らせる。
いつの間にか鳥の囀りは止み、聞こえてくるは自分の荒い息遣いだけだった。
……なんだ?魔物か?
ゴクリと唾を飲み込み、一つ瞬きをする。
ガサリ。
近くの茂みから物音がした。
少し遅れて黒い影が立ち上がる。
その姿を見て安堵の息を吐き出した。
フードを目深に被った背の高い男性。
……何だ、人間か。
全身の緊張を解く。
しかし、次の瞬間には自らの判断が誤っていたことを悟った。
『ヴ、クヴァァァー』
男性が低い唸り声を上げ、荒々しくフードを取り払う。
その下から現れたのは、人間の顔ではなかった。
鱗に覆われた角ばった頭に、前方に突き出た巨大な顎。
爬虫類特有の長い舌が口元でチロチロと踊る。
「蛇……人間?」
その姿を目にしたレオさんがポツリと呟いた。
蛇人間。
正にそうとしか形容しようがない。
首から下は人間の男性で、その上に蛇の頭がついているのだから。
魔物?……だよな。
血走った黄金色の瞳に知性の色はない。
ダラダラと涎を垂らした怪物。
『グゲェェェ!!』
奇声を上げ、一番近くにいたレイナさんに襲い掛かった。
いつの間にか、両手の爪が1メートル程まで伸びている。
「ぐっ!」
レイナさんが眼前に長剣を掲げ、蛇人間の一撃を受け止めた。
物凄い速さで振り下ろされた右腕。
刃物のように尖った爪先と長剣の刃がけたたましい音を立てる。
「解放!」
レイナさんの斜め後方に位置取ったレオさんが長剣を頭上に振りかぶり、叫んだ。
その周囲から青白い蒸気が立ち昇る。
剣術を極めた者のみが身に纏えるという超常の力、オーラ。
「こっちを向け!蛇野郎!」
怒号を上げたレオさんが、蛇人間に長剣を叩きつけた。
『ガァ!』
蛇人間がそれを左手で受け止める。
拮抗する両者の力。
両の手で一本ずつ、長剣を受け止めた蛇人間が咆哮した。
『グォォォォ‼︎! 』
爆発的な力で二人を払い退ける。
「なに⁉︎ 」
「くっ!」
後方に吹き飛んだ二人が、近くの木の根元に叩きつけられた。
「レオさん!レイナさん!」
その光景に思わず大声を出してしまう。
ギロリ。
すぐさま、蛇人間の目が僕の姿を捉えた。
……ヤバい。殺される。
慌てて腰に差した剣を抜き、体の前で構える。
しかし、恐怖からか体が思うように動かない。
地面を滑るように動き出した蛇人間。
あっという間に眼前に迫った。
あっ、死んだ……。
素直にそう思った。
だが、叩きつけられた右爪と僕との間に真っ赤な炎を纏った長剣が割り込む。
「紅蓮の輝きを纏え、ネセル!」
魔法を付与された長剣の一撃が、蛇人間の右腕を弾き返した。
『グゲッ』
蛇人間がくぐもった声を上げ、後ろに仰け反る。
「大丈夫?」
姿が霞むほどの速さで割り込んできたのは、口の端から血を流したレイナさんだった。
その周囲にレオさんと同じく、青いオーラが渦巻いている。
一瞬、僕の方に視線を向けたレイナさんが再び蛇人間と向かい合った。
体勢を立て直した蛇人間と対峙し、何度も切り結ぶ。
二人の間で高速で交わる刃。
ビシリ、ビシリと肉を裂く音が断続的に響いた。
「ぐっ!」
レイナさんが苦悶に表情を歪め、唇を噛みしめる。
……押し負けてる。
十、二十と刃を交える内の数回、レイナさんの反応が遅れていた。
蛇人間の爪先が剣の間を潜り抜けては、レイナさんの体を傷つけているのだ。
徐々にその数が増え、血飛沫が上がり始める。
「もうダメ……」
遂にはレイナさんが膝をついてしまった。
ガクリと項垂れた頭。
その首元に尖爪を叩き込もうと、蛇人間が右腕を振り上げる。
今まで一切の感情がなかった蛇人間の瞳に初めて色が宿った。
野生の獣が獲物を狩る時のような嗜虐的な笑みを口元に浮かべる。
自らの勝利を確信し、微塵も疑っていない。
典型的な……油断。
「驕ったな?怪物め」
静かな言葉が投げかけられた。
次の瞬間、蛇人間の胸のど真ん中から長剣が突き出す。
ドスリ。
背中から胸まで一直線に白銀の刃が貫通した。
『ガァ⁉︎ 』
驚いたように蛇人間が眼を見張る。
「馬鹿が。隙を見せやがって」
背後に立ったレオさんが蛇人間の胸元から長剣を引き抜いた。
噴水のように溢れ出す鮮血。
フラついた蛇人間が声も上げず、地面に倒れこむ。
そのまま、しばらく痙攣を繰り返し、やがて動かなくなった。
未だ早鐘のように打つ心臓。
森に再び静けさが戻る。
「これは肋骨が数本折れてるな……」
脇腹を抑えたレオさんが、荒い息のまま呟いた。
「はは、私の方は止血が必要みたい」
力なく笑ったレイナさんが、ゆっくりと立ち上がる。
戦いの緊張感から解放されたからか、二人の間の空気は明るい。
「今日はもう山を降りよう。こいつの死体一つでも大分価値がありそうだからな」
「そうね。それにしてもこの蛇男、いったいなんなの?」
「さあな。この山にこんなヤバいヤツがいるなんて、聞いたこともないぞ」
……蛇人間に睨まれた時にはもう駄目かと思ったよ。
ぼんやりとレオさんとレイナさんの会話を聞いていた僕はふと背後が気になった。
……そういえば、ヤツが現れる直前に子供の影を見たような。あれは結局、気のせいだったのだろうか?
そう思い、ゆっくりと後ろを振り返ると、数メートル先にその子供の姿があった。
黒いフードを目深に被っており、こちら様子をじっと伺っている。
こちらに背を向けているレイナさんとレオさんに気づいた様子はない。
……なんだろう?迷子かな?
山の中に子供が一人でいることをとても不思議に思った。
まだ10にも満たないほどの小さな子供だ。
声をかけようとするが、次の瞬間にはその姿を見失う。
ん?どこにいった?
突然、姿を消した子供に驚き、何度も目を擦った。
木々の隙間に視線を走らせるが、子供の姿はない。
これは……さっきと同じだ。
僕がそう思った直後、近くの茂みでガサゴソと何かが動いた。
「静かに。近くに何かいるわ」
これまた先程と似たような台詞を口にしたレイナさんが、抜刀する。
ふつふつと湧き上がる嫌な予感。
やがて、それが現実になる。
茂みの中から黒い影が立ち上がった。
それも一つではない。
前後左右、あらゆる場所から現れ、僕らを取り囲む。
おい、嘘だろ……。
その数はゆうに二十を超えていた。
抗えない絶望感。
目深に被ったフードの下で、爬虫類特有の長い舌がチロチロと揺れていた。
◇◆◇◆
ケムルスの街の外れに小さな倉庫があった。
元は厩だったのか、中には藁が敷かれている。
周囲には荒れた畑が広がり、人が寄り付く気配はない。
『ヘル様の言いつけ通り、瓶いっぱいに蜜を詰めておきました』
私の眼前で黄黒縞の小さい虫がペコリと頭を下げた。
藁の上に所狭しと並べられたガラス瓶。
その全てに黄金の液体が並々と注がれている。
「ありがとう。これから二人の男に瓶を運び出させるから誤って襲わないようにあなたから命令しておいて」
そう言いつつ頭上を見上げると、天井全体がゆっくりと蠢いていた。
うわっ、蜜蜂の大群だ。目眩がする……。
『分かりました。徹底させておきます』
再び私に頭を下げた女王蜂が、群の中へと戻っていった。
小屋の中から目を背け、外へ出る。
すると、入口の側に二人の中年男性が座り込んでいた。
でっぷりとした髭面男に、ガリガリの眼鏡男。
どちらも汗臭く、鼻が曲がりそうだ。
「お?嬢ちゃん。そろそろ俺たちの出番かい?」
私の姿を目にした髭面男がのそりと立ち上がった。
「ええ、そうよ。この中にある瓶を全て運び出して、街で売り払って欲しいの」
男の言葉に静かにうなずく。
「あいよー」
呑気な声で返事をした髭面男が眼鏡男を伴い、小屋の中へ入って行った。
その後、複数の瓶を抱へて外に出てくる。
入口付近においてあった荷車の上に瓶を置くと、再び小屋の中へ消えていった。
小屋と荷車の間を黙々と往復する男達。
『本当にあんな男達に任せて大丈夫ですか?』
私の元に近寄ってきた藍色チョウが、釈然としない面持ちで尋ねてくる。
「さぁ?どうだろう?」
『どうだろうって……』
ふわりふわりと舞う藍色チョウ。
二人組みの中年男は兄弟らしい。
兄のベン・ネクルと弟のビン・ネクルだ。
大通りの隅に座り込んでいたので、声を掛けてみると、無職だというので金で雇った。
「聞けば彼ら、戦争難民らしいじゃない。持て余してる労力は積極的に活用するべきだわ」
男達だけを残して小屋を離れた私は、懐から折りたたまれた紙を取り出した。
『何ですかそれは?』
「求人広告よ。街に張り出されていたのを少し前に見つけたの」
藍色チョウの質問に答え、紙を開く。
「最近、この近くにある貴族の館の周辺に魔物が頻繁に出没するんだって」
『ほほう』
「それで、魔物の一斉退治をするための人員を募っているみたい」
『成る程ぉ。実施日は明日……ヘル様はこれに参加するんですね?』
私の手元を覗き込んだ藍色チョウが確認するように尋ねてくる。
「そういうこと。中級以上の魔法使いは参加するだけで銀貨二枚が貰えるみたいだし、貴族に恩も売れて一石二鳥でしょ?」
『貴族に恩を……そこまで考えているとは、流石ヘル様!』
興奮気味に叫ぶ藍色チョウを伴い、荒れた道を進む。
「大金を得るには大金が募る場所へ……一先ず、魔物退治といきましょう」




