マジックショー
「よし、問題なし」
検問は形だけのものだった。
一切咎められることなく、ケムルスの街に足を踏み入れることができる。
敷き詰められた石畳に石造りの建物。
中世ヨーロッパを思わせる景観だ。
思ったより……普通?
パッと見は小綺麗で人通りが多い。
治安の悪さは伺えない。
さて、これからどうしようかな?
考えるために、一度その場で立ち止まる。
現状確認。
既に時刻は昼過ぎで、私は一文無しだ。
男に渡した魔法の粉は元々失敗作だからいいとして……ハチミツを失ったのは痛いなぁ。
他にお金に成りそうな物は持っていないし、あと半日で今夜の宿代を稼がないと路頭に迷ってしまう。
何か手っ取り早くお金を稼げる方法ないかなぁ?
思考を巡らせる私の眼前で藍色チョウがヒラリヒラリと踊った。
『ヘル様には困った時に頼る素晴らしい力があるじゃないですかぁー』
押し売り紛いのいつもの言葉。
「やっぱり……虫魔法?」
私が今居る場所は街の中央を走る大通りで、かなりの賑わいがある。
多くの出店が立ち並ぶその横に、幾つかの人だかりが出来ていた。
飛び散る火花に、滴る水しぶき。
数人の男女が魔法を操っている。
これは……マジックショー?
その光景に目を見張った。
この世界の住人で魔法を扱えるのは一割ほどだ。
魔力を身に宿して生まれて来るかは全くの運。
レンドルシ-家の姉弟たちは当たり前のように魔法の才能を持っていたが、世間的には少数派なのだ。
……気付かなかった。魔法にこんな使い道があったとは。
複数の神創魔法を組み合わせ、ど派手な演出をする魔法使いたち。
その足元に置かれた帽子の中に多くの硬貨が投げ込まれていた。
おお、これは……金になる!
目を輝かせて息をのむ。
「そうね、虫魔法に頼りましょう」
『わーい!』
◇◆◇◆
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「大切に育てるよ!」
立派なクワガタ虫を両手に持った子供たちが、満面の笑みで走り去っていった。
「ま、またねぇ」
その後ろ姿に弱弱しく手を振り、手元の硬貨を眺める。
汚れた銅貨三枚。
……全然、金にならんじゃないかい!
硬貨を力任せに地面に叩きつけた。
『あー。貴重なお金がー!』
藍色チョウが忙しなく行き交う。
日は傾き、時刻は既に夕方だ。
……マズイ。本格的に時間がなくなってきた。
虫魔法を使ったマジックショー。
集まってきたのは子供達ばかりだった。
私は今まで数々の魔導書を読んできたが、虫魔法について詳しく書かれた本は一冊だって存在しなかった。
記されていたのは決まって簡単な呪文が二、三個。
どの本にも虫魔法は最弱と記されているが、そもそもあまり知られていないのだ。
「珍しさはピカイチなんだけどなぁ。いかんせん地味だからなぁ」
『……どうせだったら、ド派手な炎魔法でも使えばよかったのに。ヘル様だったら、余裕でしょう』
耳元で藍色チョウがぼそりと呟いた。
……この羽虫、どの口で言ってるの?
「早く別の方法を考えないと」
私が散らばった銅貨をせっせと拾い集めていると、シルクハットを被った一人のおじ様が近づいてきた。
「君のショー、素晴らしかったよ。よかったら、この銀貨を受け取ってくれ」
そう言って一枚の硬貨を差し出してくる。
あっ、この人……私の隣でショーをやっていた人だ。
「あ、ありがとうございます」
両手で銀貨を受け取る。
おお、予期せぬ所から宿代ゲット!
私ってラッキー。
「それじゃあ、リトルレディ。またどこかで」
素早く踵を返した男が、背を向けて去って行った。
お、おじ様かっこいい……。
頬を赤く染める。
『全く。昆虫神様というものがありながら、他の男に現を抜かすとは……』
「べ、別に現なんて抜かしてないし!」
四枚の硬貨を握りしめた私は、軽い足取りで宿屋を探した。
《宿屋 ブロッコリー》
幸い、宿屋はすぐに見つかった。
真っ赤な看板が掲げられており、かなり目立つ建物だ。
「いらっしゃいませ」
私がドアを開けると宿屋の女将が声をかけてきた。
どうやら、宿屋の内部は一回が酒場、二階が貸し部屋という造りになっているようだ。
木造建てで、歩みを進めるたびに床が軋むような音を立てる。
「何泊おとまりでしょうか?」
「一泊で」
即答し、銀貨一枚を手渡した。
宿屋の女将から鍵を受け取り、そのまま二階へと上がる。
私に与えられたのは四畳半ほどの一人部屋で、簡素なベッドとクローゼットが置かれていた。
おお、夢にまで見たフカフカのベッド……。
ふらつく足取りで窓辺に近づく。
精一杯の助走をつけた私は、勢いよくベッドに飛び込んだ。
肌に伝わるゴワゴワとした感触。
「何このベッド……硬すぎ!」
◇◆◇◆
「何?物を奪われた?」
「ほ、本当にすみません!」
薄暗い路地裏の真ん中で、二人の男が言葉を交わしていた。
サングラスを掛けた大柄な男の足元で、もう一人の男が何度も土下座する。
「おいおい、勘弁してくれよ。後でメイズィーさんに叱られるのは俺なんだぞ?」
グラサン男が頭を抱えて嘆いた。
「本当の本当にすみません!」
尚も土下座を繰り返す中年男。
「これだから新人を採用するのは嫌だったんだ……」
そこにグラサン男が近づいていく。
「それで?お前が大事そうに抱えているその布袋はなんだ?」
「え?こ、これですか?」
中年男が自らの足元に置かれた巾着袋の口を開いた。
袋一杯に詰まった白透明の粉末。
「その粉は……一体何だ?」
鋭い声で尋ねたグラサン男に、中年男が首を傾げる。
「さ、さぁ?何でしょう?……魔法の薬?」
黙って見つめ合った男達。
路地裏に青い沈黙が降りた。




