最悪な転生
私は虫が嫌いだった。
そのグロテスクな見た目が何よりも嫌いだった。
その姿を見るだけで背筋が凍り、触れようものなら意識を失った。
そんな私は本日未明、不運な事故で命を落とした。
階段から足を滑らせて後頭部を強打。そのまま天国へと一直線だ。
二十歳の日本人少女、高坂みゆ。
永遠の眠りをもたらされる。
普通ならそうなる筈だし、私も当然そうなると思っていた。
しかし、私は再び瞼を開いたのだ。
何もない真っ白な空間。
私の目の前には謎の生物が立っていた。
『悲しい。悲し過ぎる!これは悲劇だ!』
生物が大声で喚き散らす。
その姿を一目見た瞬間、私は吐き気を催した。
慌てて自らの口元を押さえる。
『あなたは私たち昆虫に誰よりも優しかった!殺さないのは勿論、追い払うことすらしなかった!』
その生物は黄金虫と人間を足して二で割ったような見た目をしており、とても興奮している様子だった。
……ちょっ、少し待って。何も考えられない。このクレイジーな生物は何?
大きく息を吸いこみ目を閉じる私に、生物は少しずつ迫ってきた。
『あなたのような心優しい人がこんなところで死ぬのは間違ってる!この昆虫神・コガーネットがそんなことはさせません!』
訳が分からないことを口走る生物に、私は頭を抱えた。
……何言っているのかよく分からないけど、取り敢えず息がクサい。
『残念ながら一度決定してしまった死を覆すことはできません。しかし、別の方法であなたの魂を存続させることはできます』
先程までとは一転。
落ち着いた声で生物が告げる。
『異世界転生。剣と魔法の世界で二度目の人生を。これがあなたを助けられる唯一の方法です』
右肩に置かれた手のひらの感覚。
私はゆっくりと目を開けた。
目の前に巨大な複眼に触覚がある。
グラリと揺れる視界。
……ああ、もしやと思ったけれど、やっぱり私は虫が苦手だ。
白目を剥いて倒れる私の耳に、生物の声が遠く響いた。
『あなたが歩むその先に……我々、虫達の加護よあれ!』
◇◆◇◆
次に私が目を覚ますと、真っ白な天井が目に飛び込んできた。
背中に感じる柔らかな感触。
……ええっと、私どうしたんだっけ?
ぼーっとした頭で記憶を探る。
異世界転生。二度目の人生。
ああ、ヤバイ。どうしてもあの昆虫人間の顔がチラつく。
不快な思いを伴い、思い出した現状。
不思議とすんなり受け止められた。
自らの小さな手を眺め、深いため息を吐く。
いや、異世界転生って……0歳から?20歳くらいからでいいんだけど。
私が一人でゲンナリしていると、遠くから足音が聞こえてきた。
眼球だけを動かし、周囲の様子を確認する。
私が横たえられていたのは赤子用のベッド。落下防止用の柵がついている。
「アルゼンコンソンメンゾ、ヘル」
近づいてきた女性が訳の分からない言葉を口走った。
メイド服を着込んだ金髪の女性。
私の顔を一度覗き込み、すぐに離れていく。
もしかして今の……この世界の言語?何言ってるのか全然分からないんだけど。
動けない上に言葉も理解できない。
これは流石に勘弁して欲しいよ。
何もせずに何ヶ月も寝ているだけ?
考えただけで気が狂いそうだ。
せめて話し相手でもいれば、少しはマシになるんだけどな……。
そう思った私の視界に一つの影が飛び込んできた。
『ヘル様。ヘル様ー』
聞こえてくる甲高い声。
望んでいた救世主が舞い降りる。
藍色の羽を持ったその小さな生物は、私の鼻先にふわりと止まった。
ゆっくりと動く二本の触覚に、ストローのように長い口先。
話しかけてきた相手を見て絶句する。
綺麗な羽を持った一匹の蝶々。
……これは悪い夢に違いない。