冒険者と行進曲 4 行進曲再び
アインフォード様とキャロットさん、エイブラハムさんが帰還されました。
想定よりはるかに早い帰還です。アインフォード様たちはアクサナさんの故郷であるエルフの森を探しに行ったのですが、北方であるという手掛かりしかなく相当困難が予想されたからです。
エルフの森は基本的に魔術で集落そのものを森にカムフラージュされ、通常では発見することが困難であるというのです。ソウル・ワールドの世界では私もお父さまとエルフの森を訪れたことがありましたが、この世界ではどこに存在しているのかという情報は全くなかったのです。
それが出発してからわずか1ヵ月での帰還ですので何か問題が発生したのかと思ってしまいました。
「実はリコリスの作ってくれた『共振の指輪』が割れたんだ。これはアクサナさんとゲラシムさんが故郷を発見したのではないかと思うんだよね。」
ああ、なるほど。アインフォード様達かアクサナさん達か、どちらかがアクサナさんの故郷を発見したら指輪を割る手はずになっていました。
今回それが割れたという事は村が発見されたので、一度このお店に集合をするという事なのでしょう。
「アクサナさん達は北の砦から北方を捜索に行っていたからね。きっと良い結果が出たんだと思うよ。彼らがここに戻るまでどれくらいかかるかわからないけど、1ヵ月ほど待っていれば現れるだろう。」
「なるほど。アクサナさんが故郷に帰ることができていればよいですね。」
「ああ、カタリナの事を知っているというアクサナさんのおばあさんと会わせてくれるといいんだけどね。」
アインフォード様は今から非常に楽しみにされているようでした。
アインフォード様が朝に戻っていらしたそのお昼過ぎ、ヘルミーナ様とサラさんホルストさんがいらっしゃいました。以前はヘルミーナ様が来られるときは貴族用の大きな馬車で店の前をほぼ通行止めにしていたヘルミーナ様ですが、今は小さめの馬車で来店しその馬車も少し離れたところで待機させてくれています。
ただし、護衛騎士であるホルストさんと従士の方々がお店の中で目を光らせていますので一般のお客様はやはり居づらくなるようです。
たまたまいらしたお客様がそそくさと出て行ってしまわれました。辺境伯家御用達の看板を頂いたため、辺境伯家のみならず貴族の方にご利用いただくことも増えたのですが基本的に貴族家の方は従者をお店によこすことが多いのであまり混乱は起きていません。
しかしヘルミーナ様や一部の騎士の方は普通に来店されるのでやはり居心地が悪くなる平民の人も多いようです。貴族街に2号店とか必要なのでしょうか。
「ヘルミーナ様いらっしゃいませ。魔道具の件かしら?」
「ええ、そうよ。コンラートから聞いたわ。少し調べてきたから上がらせてもらってよいかしら?」
「わざわざありがとうございます。ではこちらに。スピネル、ラピスラズリ。お店をお願いね。」
私がオートマタ達にそう指示しますと彼らは小さく頷き、所定の位置に立ちました。もうすっかりお留守番は手慣れたものです。
「彼らもすっかり店員が板についてきたわね。」
ヘルミーナ様もそう思ったようで感心した顔でそうおっしゃいました。
「そうですわね。会話機能がないのが残念ですが、その部分はオートマタである以上仕方がないですからね。」
「オートマタは会話できないというのが基本なのかしら?」
ヘルミーナ様が不思議そうに質問してきました。
「オートマタに会話機能はない。というのが常識ですのよ。」
「そ、そうなのね?リコリスでも会話機能はつけられないのかしら?」
「え?…考えたこともありませんでした。そういうものだと思っていましたので…。」
オートマタに会話機能がないのは当たり前です。そういうものですから。…なぜそういうものなのでしょう。なぜ私はそう思い込んでいるのでしょう…。
工房にヘルミーナ様とサラさんを伴って入りますとちょうどアインフォード様とキャロットさんが2階から降りてこられました。今日はお二人とも平服をお召しですので散策にでも出られるのかしら。
「これはヘルミーナ様、お久しぶりでございます。」
アインフォード様はヘルミーナ様を認めると略式のご挨拶をされました。このあたりはさすがアインフォード様です。貴族位を受けて以来アインフォード様は騎士団長ハインリヒ様やエーデルトラウト様と親しくしており、騎士の礼などを勉強していたのです。
アインフォード様はもとより温厚で人当りも良いので騎士団からの評判も良いようで、今でもハインリヒ様や第3騎士団長のボニファティウス様から騎士にならないのかと頻繁に誘われるそうです。
「あら、アインフォード殿、キャロットさん。お久しぶりですわ。お父さまが会いたがっていたわよ。」
「それは光栄なことです。また以前のような危機がございましたら即座に参上いたしますとお伝えください。」
「そうね。そう伝えておくわ。頻繁に呼び出されたら困るものね。」
ヘルミーナ様はそう言ってクスリと笑われました。
これはつまり「そんな簡単に呼び出さないで」という事なのでしょうか。
それにしてもヘルミーナ様本当に10歳なのかしらね。どうしてそこまで大人のような会話ができるのかしら。
「ところでヘルミーナ様。わざわざお越しという事は?」
「ええ、そうよ。やっと時間取れたの。グレゴリオ・ジョヴァンネッティが作成した魔道具と聞いたのだけれど。」
「はい。魔術師としての経歴ではとても製作できないはずですので気になりまして。」
「ん?魔道具?何か面白いものが手に入ったのかい?」
アインフォード様が食いつきました。キャロットさんはあまり興味がなさそうな顔をしておられますが、アインフォード様が興味を示されたので少しは興味が出たのか後ろから覗き込んでおられます。さらにその上からエイブラハムさんも覗き込んでおられます。
「ええ、アインフォード様。ヘルミーナ様もこれをご覧ください。」
そう言って「マーチング・バンド」を取り出し、皆さんにこのアイテムの効果を説明いたしました。
「なんとも珍妙なアイテムだね。演奏してもらってもいいかな?」
「では少し大きな音が鳴りますので、壁にサイレンスをかけますね。」
私は部屋の壁と天井にサイレンスをかけて音が外に漏れないようにしました。迷惑ですからね。
「キャロットさん、これを身に着けて10歩歩いてくださいな。」
キャロットさんがそのアームバンドを身に着け部屋の中を歩きますと、例によって勇壮な行進曲が流れ始めました。
「これは面白いね。それで発見当時は呪いで一度身に着けると取り外せなくなっていたという事なんだね。」
「ええ、そうです。これをここに持ち込んだ冒険者さんは死にそうになりながらここまで逃げ込んでこられたみたいです。」
「それは大変だっただろうね…。」
そう言うと一同大いに納得されたようです。
「でもそのアイテムはグレゴリオ・ジョヴァンネッティ氏の残した論文と関係があるとは思えないわ。」
アイテムを披露するとヘルミーナ様はすぐにグレゴリオ・ジョヴァンネッティの論文について語ってくれました。
「彼の残している論文は『アニメイトオブジェクトの効率化と単純化』というものなのだけれど、これは物品操作に対する論文ね。主にギミックを自動化する魔術について書かれているわ。これが書かれたのはジョヴァンネッティが50歳の時で当時は流行っていた精神感応系の理論を完全に否定していることが特徴ね。ジョヴァンネッティ氏の持論は魔道具自体に自律性を持たせることを基本としていながら精神感応による操作理論を否定し、ナチュラルマナの自動集積を目指しているというところに独自性があるわ。」
「それではこの方の研究はオートマタの作成を目指していたことになりませんでしょうか。ナチュラルマナの自動集積とはまさにマナリアクターです。マナリアクターは私にとってもブラックボックスであるため、その論文は非常に興味深いですわね。」
「あー。えーっと。君たちが仲が良いのはよくわかったよ。うん、その理由も。ところでヘルミーナ様はその論文をここにお持ちされているようには思えませんが、良く知られた論文なのでしょうか?」
アインフォード様がちょっと引き気味で私たちの会話に入ってこられました。
「いえ、私も今回の件で初めて目を通した論文だったわ。ジョヴァンネッティ氏はあまり功績もなくこの論文もどちらかというと異端とされているわね。」
「それじゃここに来るまでにその論文を読んできたのですか?」
「これくらいのものなら一度読めば覚えてしまいますわ。」
アインフォード様はさらに一歩引いたようでした。
「アインフォード様、これはこの世界においては画期的な理論構成ですわ。このジョヴァンネッティ氏は世界の革命児かも知れません。」
「リコリス、そうは言うけれどこれは確かに異端ですわ。そもそもアニメイトオブジェクトの自律行動理論についてはその必要位階とマナの集積回路から現実的ではないという論調が一般的ですのよ。」
「ヘルミーナ様、その結論は早計と思いますわ。事実私にはマナリアクターの開発以外は可能です。必要位階に達していないのにこれだけの理論構成を行ったジョヴァンネッティ氏は天才かもしれません。」
アインフォード様にこの理論の面白さをお聞かせしようとしたところに(アインフォード様は微妙にひきつった笑顔をされていましたが)、お店の方からスピネルがクラーラを伴ってやってきました。
「リコリス、盛り上がっているところ悪いんだけどたぶんお客さんだわ。…うん、きっとここに来ると思うな。」
「あら?クラーラ。来ていたのね。」
「ええ。今来たところよ。それで早く来てほしいのよ。そのお客様、もうそこまで来てるから。」
「なんだかよくわからないけれどわかったわ。お客様が来られるようなので行ってきますわね。」
「それなら私達も店に行ってみようか。」
そう言って皆さんもお店に出てこられました。
店に出てきてすぐに聞き覚えのある行進曲が聞こえてきました。
「あら?キャロットさんもうそのアームバンド外しても結構ですわよ?」
そう言ってキャロットさんを見たところ、彼女はアームバンドを手に持ち、プラプラとさせています。
おや?これはどういう事でしょう。
「ねぇリコリス。なんかね、冒険者だと思うんだけどボロボロの4人組の男の人たちがこちらに向かって歩いてきてるんだよね。なんかすごく賑やかなマーチを演奏しながら?みたいな。」
…何かどこかで聞いたような話ですわね。
もうなんだか悪い予感しかしませんでしたが、とりあえずお店の外に出てみました。
…やはりというかなんというか…。そこにいたのはボロボロにくたびれた4人の冒険者でした。
そして賑やかな行進曲がヘルツォーゲンの街に空しく響き渡っていました。




