スタンピード 17 その怪物の倒し方
キャロットがオークキングの前に降り立ったのとほぼ同時刻、アインフォードはアーマードタートルの脚に嵐の黒剣を突き立てていた。
アーマードタートルが城壁にボディプレスを行ったため、城壁は完全に破壊され凄まじい土煙があたり一帯を覆っていた。
アインフォードはその直後にキャロットをオークキングの前に落とし、自身はアーマードタートルの対応に向かっていたのである。
アーマードタートルの特徴はその異様に硬い甲羅である。そのアーマードタートルの甲羅が破壊できるのかどうかは実はソウル・ワールドのプレイヤーの中でも一つの謎になっていた。
そもそも頻繁に会うことができるモンスターではない上、そんな異常に硬い甲羅を攻撃するメリットは何もないのだ。検証しようと思えば勝敗を無視して甲羅ばかりを攻撃し続ければそのうち甲羅の耐久力なども判明するかもしれないが、そんな暇なプレイヤーは存在していなかった。ごく一部の変質的なプレイヤー以外は。
アインフォードもこのレイド戦には参加した経験がある。貴重な神話級武器を持つプレイヤーなのだ。魔法戦士が器用貧乏であるという事で生粋の戦士や魔術師に比べると参加する機会は少なかったが、それでも嵐の黒剣という超攻撃力は重宝されていた。
アーマードタートルの弱点はもちろん頭部であるが、そもそもまともにダメージを受け付けてくれる部位は頭と4本の脚、そして尻尾くらいしかない。
レイド戦の基本は足を攻撃しつつ動きを止め、貫通力のある武器で頭部を狙うのが常套手段であった。
ではこれが現実になるとどうなるのか。
以前にも触れたが、ゲームの場合HP残り1であるならどこでもいいので剣が当たれば対象を殺すことができる。しかし現実では瀕死の状態の動物のつま先を剣がかすってもその動物を即座に死に至らしめることはできない。
つまり、アーマードタートルの脚をどれだけ切りつけようが殺すことはできないのだ。もっとも4本の足を全部切り取ってしまえばその場から逃げ出すことも出来ずにいずれは失血死するであろうが、それまでにどれほどの被害が街に出るか想像もつかない。
リコリスがアーマードタートルの頭部を貫通するべく、オリハルコンでジャベリンを作ったのは実は最適解であったと言える。現実的に考えるなら、たとえ一切のダメージを与えていなくとも頭部をジャベリンが貫通すればアーマードタートルといえど即死するはずである。これはモンスターだけでなく人間にも当てはまる。アインフォードやキャロットとて寝ている間に首を落とされれば即死するのだ。現実にはHPという概念はあまり意味がない。
つまり、どれだけ早くオリハルコンのジャベリンをクリティカルにヒットさせるかという事がこの戦いのポイントといえたのだ。
アインフォードは土煙の中で嵐の大剣をアーマードタートルの脚に突き立てたまま、剣の力を解放する。
嵐の大剣の力は名前の通り、第六位階魔術「ストーム」の魔術と同等の現象を起こすことができる。その他にも嵐の黒剣にはスペシャルパワーがあるが、1日当たりの使用制限はあるが特にペナルティがないため「ストーム」はアインフォードも重宝していた。
ストームに巻き上げられてあたりの土煙は上空に群れていたハーピィを巻き込み霧散した。
「やあ、リコリス。待たせたね。」
アインフォードの惚けたような声がリコリスの耳に届く。
「アインフォード様!」
リコリスは満面の笑顔でアインフォードの帰還を歓迎した。
「おい、お前たしかアインフォードといったか?」
アインフォードの傍らに降りてきたのはダーク・アポストルである。
「ダーク・アポストル…。何の用だ?今は忙しいので後にしてもらえると助かるのだが。」
アインフォードもダーク・アポストルの事は敵認定している。
「フッ。そんなこと言っていいのか?この化け物亀の討伐を手伝ってやっているのだぞ俺は?」
アインフォードは極めて胡散臭そうにダーク・アポストルを睨んでから視線をリコリスに向けた。
「ええ、全く不可解な事態ですが今は彼と共闘しています。」
「リコリスがそう言うのならそうなんだろう。ふむ…。」
アインフォードはアーマードタートルに踏みつぶされないようにフライの魔法で一度リコリスのところに移動してきた。ダーク・アポストルもそれについてきた。
「リコリス、何か対策は立てているのか?」
アインフォードにしてもレイドボスの中でも最大級の耐久力を誇るこの大亀を簡単に始末できるとは思えなかったのだ。
「アーマードタートルといえど生物には違いありません。かつてのレイド戦では伝説級のランスであの大亀の頭を貫いて倒していましたので、リーベルト辺境伯様よりオリハルコンを譲り受け、ジャベリンを作成しました。それとその射出機も作りました。」
アインフォードはリコリスの抱えているバズーカ砲のような巨大なジャベリン射出機をみて感嘆の声を上げた。
「リコリスはオリハルコンの加工ができたのかい?それは…驚きだな。」
従者NPCに伝説級の武器を製作することはできない。それが常識である。もちろんプレイヤーでもそう簡単にはできないことである。
「ちょっとまて、そのカッコいい…もとい武骨な武器はお前が作ったのか?それに何だと?オリハルコンを加工?そんなことがお前にできるのか?」
「出来るも何もここにあるでしょう?そんなこと言っている場合ではないのではなくて?」
リコリスはどうにもこのダーク・アポストルが好きになれなかった。当然である。街に火を放ち北門を解放したダーク・アポストルを許す気にはなれなかった。
「なるほど、そのジャベリンで大亀の頭を撃ち抜こうという作戦だね?うん、理にかなっている。」
「ありがとうございます、アインフォード様。しかし、そこの役立たずニンジャはあの大亀の頭を少しの間だけでも固定させることも出来ない半端な男ですので少し困っていました。」
「おい!おまえ!さっきはちゃんと一瞬固定しただろうが!そもそもそんな武器が役に立つのか?」
「少なくとも役立たずのニンジャよりははるかに役に立ちます!アインフォード様、やはり大亀の前にこの男を殺しましょう。ええ、直ちに!」
「うわっ、何だこの物騒な女。暗黒神の使徒の力を舐めるなよ。俺の左腕の龍が目を覚ましたら貴様など一瞬で消し炭だぜ?」
ひょっとしてリコリスとダーク・アポストルは気が合うのではないだろうか?アインフォードは何となくそんな風に思ってしまった。
「まてまて、今はそんなことはどうでもよい。リコリス、大亀の頭を固定すればいいのだな?」
「はい!アインフォード様!そこのニンジャは役立たずですが囮くらいには使えると思いますので、アインフォード様が手伝ってくだされば今度こそ仕留めて御覧に入れます!」
リコリスはジャベリン射出機のハンドルをぐっと握りしめ力強く宣言した。
しかしアーマードタートルは頭に引き続き、脚にも大きなダメージを受け暴れまわっている。いったいどうやってあの頭の動きを止めたらよいのだろうか。
相変わらずリコリスとダーク・アポストルはぎゃーぎゃーと騒いでいるのを横目で見ながらアインフォードは方策を考えた。
「ダーク・アポストル、君はニンジャなのか?なら幻術系の魔術が使えるな?」
アインフォードは幻術でアーマードタートルの気を引くことはできないかと考えた。
「ああ、幻術は得意だぞ。しかし奴に効果あるのか?レイドで幻術など使ったことがないぞ?」
「君はこっちに来てからどれくらいになるのかな?そんなゲームの常識は通用しないことくらい気が付いているだろう?」
「・・・・・・ああ。」
ダーク・アポストルの答えはどこか引っかかるものであったが、一応アインフォードの言葉には同意した。
ダーク・アポストルは街の人々をモブNPCと断じてしまうほどのゲーム脳である。リコリスはすでに知っているが、アインフォードはそこまでこのダーク・アポストルという人間がいまだにゲーム感覚であるという事は知らなかった。
「しかし、幻術といっても何を見せるんだ?」
「見せるというか、『首が動かない』という『感覚』の幻術を見せるとかできないかい?」
「感覚の幻術…?」
「第三位階の上級幻術にあったと思うのだが?」
「ああ、あることはあるが、そんな使い方は想像したことがなかった。」
「ゲームだとそんな使い方することはないだろうからな。」
上位幻術はそれと知らなければほぼ見破ることはできない。認識阻害と重ねて使用することでその完成度はさらに上昇する。
ダーク・アポストルはゲームの知識としてはそれを知っていたが、現実としてそれを行うことがどれほど効果的であるかをあまり認識していなかったのだ。
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさとやりなさいよ。アインフォード様があなたのその足りない脳みそを大いに助けてくださったのよ?感謝しなさいな。」
「こ、この女!後で殺す。」
「リコリス、そういうな。まずはやってみよう。それとこっちの動きだが…。」
アインフォードとリコリスは幻術が展開された後の動きを相談する。レイドボス相手にどれだけ幻術が効果を発揮するのかは不明である。しかもチャンスはリコリスが持っているジャベリンの残り2本分しかないのだ。
「ダーク・アポストル、幻術でできれば奴の口が開くようにしてくれると助かる。出来るか?」
「ああ、やってみよう。ふむ、その女は後で殺すのは確定だが貴様は役に立ちそうだ。」
「暗黒神に求む。我が名はダーク・アポストル。我が願いに応じその権能を顕現せよ。大いなる闇の力とその者を惑わす偽りの…」
「ええと、その詠唱は必要なのかな?」
アインフォードはのんびりと長い詠唱を始めたダーク・アポストルに思わず突っ込んでしまった。」
「いや、こういうのは大事だろう?技術的には問題ないが?」
「だったらさっさと魔術を展開しなさい。全く使えない男ですわね。」
「っく!殺す!今殺す!」
「いや、いいから早くしてくれないか。見ている間にも被害が増える。」
「チッ。上位幻術展開!」
ダーク・アポストルが非常に残念そうに詠唱を省略したのを見てアインフォードはリコリスを抱き上げた。お姫様抱っこである。あらかじめそうするとアインフォードには言われていたが、実際にされてみるとリコリスは恥ずかしくて赤面してしまった。アインフォードの顔が思いのほかリコリスに近く、こんな状態で私は正常な判断ができるのかしら?とリコリスは動いていないはずの心臓がどきどきするのを感じていた。
アーマードタートルはダーク・アポストルの幻術が効果あったのか、不意に動きを止め、目をキョロキョロとさせた。そして唐突にその巨大な口をがばっと開いた。
「一体どんな幻術を見ているのだろうな。」
アインフォードは少しだけ興味があったが後で聞いてみようと思い、すかさず近距離テレポートを発動させた。
アインフォードはリコリスを抱きかかえたままアーマードタートルのその大きく開いた大顎の前に転移した。
「よし!リコリス!ぶっ放せ!」
「はい!喰らいやがれ!ですわ!」
リコリスがトリガーを引くと後方から爆風が吹き上がりその巨大な砲身からオリハルコンのジャベリンが射出された。
超至近距離から全く防御力のない口腔内に撃ち込まれたジャベリンは回転しながら大亀の頭蓋に突き進んでいく。いかな生物とてこれで生きていけるはずがないだろう。
しかしここで想定外の出来事が起こった。大亀はジャベリンに脳を破壊されながらも目の前にいたアインフォードとリコリスに噛みついたのだ。噛みついたというようなかわいいものではない。その巨大な顎は二人を完全に口の中に納めてしまった。このまま口を閉じられてしまえばいかな高レベルプレイヤーとはいえ無事では済まない。
咄嗟にアインフォードは嵐の大剣を口の中に突き立て、その顎が閉じられることは防いだ。
「く、くそ!これはまずい!リコリス!もう一発撃ちこんでやれ!それで口が開くかもしれない!」
「は、はい!アインフォード様!」
嵐の大剣は無理やり口を閉じようとする顎の力で切っ先が下顎に刺さり貫通しようとしていた。このままでは二人とも食いちぎられてしまう。
リコリスは残りの一発も口蓋の中から斜め上に向かって発射した。アインフォードと折り重なるような窮屈な姿勢であったため、後方に排出される爆風により自分たちに被害が出ることを防ぐためだ。
しかし、その判断は間違っていなかった。ほぼゼロ距離から発射されたジャベリンは間違いなく脳を貫通し、その頭蓋骨を突き破り上空に突き抜けていった。
しかし、アーマードタートルの口が開くことはなかった。この状態でありながらまだこの大亀は生きていたのだ。間違いなくすぐに息絶えるであろうが、今この瞬間はアインフォード達を噛みちぎることにその生命力のすべてを注ぎ込んでいたのだ。
「アインフォード様!私は不死身です!たとえ体が二つになっても死にません。私が支えますから脱出してください。」
「女の子を残して一人で脱出なんてかっこ悪くて出来るわけないだろう?大丈夫だ。もう少しでこいつは息絶える。」
「しかし!」
「おいおい、愉快なことになってんな?アインフォードとやらは役に立ちそうだから助けてやっても良いが、そっちの女を殺す手間が省けそうだしこのままでよいかな?大亀もすぐに死にそうだし目的は果たした。思いのほかうまくいったな。」
「あなたどんな幻術をこの亀に見せたの!?」
「ああ、裸のお前が目の前で寝そべっている幻術だが?予想通りちゃんと食いついたな。」
「はああ!?何ですって!?わ、私の裸?な、なんて妄想を!絶対に殺します!アインフォード様良いですよね!?」
「ああーうん。いいと思うよ。さすがにそれはちょっとね…。」
「まあお前らが生き残っていればそんな機会もあるだろうさ。じゃ、俺は面倒くさくなる前に撤退するぜ。アディオース!」
そう言い残しダーク・アポストルは転移してしまった。
真っ赤になって憤慨しているリコリスを見ながらアインフォードはさすがに焦りを感じていた。この大亀の生命力はやはりとんでもない。そう言えば熊は猟銃で眉間を撃ち抜かれてもまだ襲い掛かってくるので完全に息の根を止めるまで安心できない、とか聞いたことあるな。などと現実逃避したようなことをなぜか考えていた。
じりじりとアーマードタートルの大顎が閉じようとする。支えとなっている嵐の大剣は半ばまで下顎に突き刺さってしまい、アインフォードとリコリスはいよいよ危険な状態になってきた。
その時である。
上空遥か彼方から直径100mはあろうかという巨大な光の柱がアーマードタートルに向かって突き立った。
柱はそれだけではなかった。オークの大群がいまだ群れている街の外にも合計で4本の光の柱が突き立ったのだ。
大亀に突き立った光の柱の衝撃でアーマードタートルは大きく口を開いた。その瞬間アインフォードはリコリスを抱えて死地から脱出に成功する。
「な、何が起こった?」
アインフォードは辺りを見渡し驚愕する。
何だこの光の柱は?こんな魔術見たことないぞ?破壊力だけ見ても第十位階に相当しそうな広範囲殲滅魔術なのだ。
それはソウル・ワールドには存在していない魔術だった。
そしてヘルツォーゲンを震撼させた大亀、アーマードタートル・グレイターはついにその活動を停止してその場に崩れ落ちた。




