スタンピード 16 ヴァルキュリア
「さあ、豚の王、ここからは私がお相手いたします!」
キャロットが高らかにそう宣言すると、双子のオートマタがすかさずキャロットの両脇に並び立った。
「あなたたちは?」
オートマタ達が完成したのはアインフォードとキャロットがヘルツォーゲンを離れてからである。ある程度形になっているところはキャロットも見ていたが、完成した姿を見るのは初めてなのだ。
スピネルとラピスラズリはキャロットにリコリスの作った脇差を見せた。最初何のことかわからなかったキャロットだが、その黒い刀身を見てだんだんと理解が追い付いてきた。
「ひょっとしてあなたたちはリコリスさんが作っていた…。」
キャロットが皆まで言う前にスピネルとラピスラズリは慌てて口に人差し指を当て「シー!」というサインをした。
「なるほど。理解しました!それではあなたたちは私のサポートに入りなさい。ホーリーブレイド。」
キャロットは即座にスピネルとラピスラズリの黒い脇差に威力増加のエンチャントを施した。オークキングに対してこの武器では不足であるとのとっさの判断である。
キャロットの言葉に彼らは頷くと両サイドに展開し、キャロットの動きに合わせるようにオークキングとの距離を取った。
「いきます!」
キャロットは聖剣デュランダーナを上段に構える。
「ラッシュ!」
剣士の基本スキル、5連撃のスキルをオークキングに向け発動させた。
瞬間、白銀の輝きが白い軌跡を残しオークキングに肉薄する。上段斬りから回転しての横なぎ、下段からの斬り上げのあと側面に回り胴薙ぎと喉に向けての突きを放つ。
その一撃一撃は重く、また通常の剣士ではとてもさばききれない速さを持つ。
異形と化したオークキングもそのすべてには対応できない。キャロットが舞うように剣を振るうたびに体に傷を負う。
さすが神話級武器、聖剣デュランダーナである。スピネルたちではろくに傷をつけられなかったオークキングの皮膚に幾つもの傷をつけていた。
しかし、オークキングの回復力はトロール並みである。オークキングを倒すには回復力を上回る傷を連続で与えていくしかないのだ。
スピネルとラピスラズリはその回復力にずいぶん苦戦させられていたのだ。レアレベルの武器ではオークキングを倒し切ることは実質不可能なのである。最低でもユニーク、出来るならレジェンド級の武器がないとオークキングは倒せない。
キャロットのエンチャントでこれまでとは格段の攻撃力を得たオートマタ達はキャロットのスキルによる攻撃の隙間を埋めるようにオークキングに斬り掛かっていった。
その連携攻撃はキャロットとの共闘が初めてであるにもかかわらず、全く見事というほかない動きだった。
それを見ていた騎士ハインリヒは騎士の存在理由についてぼんやりと考えていた。血を流しすぎたため意識が朦朧としてきたことも現実から逃避するような思考になってしまった理由かもしれない。
「ハインリヒ様、これを!」
騎士の一人がハインリヒにヒーリングポーションを差し出した。
「あ、ああ、すまない。」
ハインリヒは素直に受け取るとポーションを飲み干した。それほど上位のポーションではなさそうだが、痛みは引いた。
実のところハインリヒはかなりの重傷を負っている。右目は完全に失明し、オークキングの一撃を胸にもろに受けたため、あばらも数本骨折していた。折れたあばらが内臓を傷つけていなかったことは奇跡である。
「なあ。お前ら、キャロット嬢は戦女神なのか?」
ハインリヒの問いに騎士は咄嗟には答えられなかった。
ヘルツォーゲンにおいて、いやこの世界において騎士団は最高戦力である。冒険者の中にマクガイヤーのような突出した実力者もいることは間違いないが、今目の前で戦っているのはいかにも華奢で上級貴族の令嬢とも言えそうな美しい女性や、まだ少年少女というべき一般人である。
そんな彼女らが自分達では全く歯が立たなかった化け物と対等に戦っているのだ。
「神が遣わした…奇跡…でしょうか…。」
「奇跡か。そうかもしれん。…しかし、奇跡に頼りっぱなしではヘルツォーゲンの騎士の名が泣くな。うむ!騎士団!オークどもを彼らに近づけるな!彼らを援護しろ!」
ハインリヒはポーションのおかげで少しは動くようになった体を起こし、残っている騎士団、及び兵士団に檄を飛ばした。もはや指揮権がどうのというような愚か者はこの場にいなかった。
「召喚!ヴァルキュリア!」
その時オークキングと闘っているキャロットの声が響いた。
オークキングが城壁内に現れ、騎士団と戦い始めたその頃、指揮塔ではリーベルト辺境伯と第2騎士団団長エーデルトラウト、第3騎士団団長ボニファティウスの軍議が行われていた。
第2騎士団は今回南門を守っていたが、東門、北門に比べるとオークの攻撃も比較的少なかったため、損耗はほぼなかった。第3騎士団が守っていた北門は一度はダーク・アポストルのせいでオークに奪われたことがあったが、リコリスと騎士ライナーの活躍により現在は小康状態である。
そして現在東門にアーマードタートルが襲い掛かっていたため、両騎士団の応援が辺境伯より命令されたところであった。そこにオークキングが東門に現れた報告が舞い込む。
「報告します!オークキングと思われる特殊個体が東門より城壁内に侵入しました!現在第1騎士団と交戦中であります!」
「ほ、報告!アーマードタートルの攻撃により東門一帯の城壁は崩壊!オークを防ぎきれません!」
「城壁内にて市民義勇団とオークの市街戦が起こっております!」
悪い知らせが次々に辺境伯のもとに飛び込んでくる。
「先ほどの地揺れはあの大亀が起こしたものであったのか?」
「は!かの大亀がその体を城壁に打ち付けたために起こったものであります!」
伝令の兵士もかなり混乱している。
「辺境伯様、今のうちにドナウド河を超え街西側に渡られ、その上で指揮をとられた方が良いのではないでしょうか。」
エーデルトラウトは暗に領主一族の避難を進言する。
「馬鹿を言うな。だが市民の避難はどうなっている?」
「すでに女性や子供、老人の避難は始まっています。」
「ならば問題ない。私が逃げ出しては士気にも影響しよう。」
「ほ、報告します!第1騎士団長ハインリヒ様、重傷!部隊の指揮は困難!」
「くそ!行くぞ!」
リーベルト辺境伯は炎の魔剣「煉獄」を握りしめ、エーデルトラウトとボニファティウスを従え、指揮塔を飛び出そうとした。
そこに新たな伝令が飛び込んでくる。
「報告します!女神が降臨なさいました!」
「な、なんだと?どういう意味だ?」
訳の分からない報告にボニファティウスが伝令の兵士に詰め寄る。
「は!異形と化したオークキングに対し天より女神が降臨し、現在オークキングと交戦中であります!」
全く要領を得ない兵士の言葉に3人は顔を見合わせた。
「女神?」
「それは…何かの比喩なのか?」
エーデルトラウトが首をかしげながら呟いた。
「…いくぞ!行けばわかる。」
3人は主戦場となっている東門に向けて駆けていった。
「召喚!ヴァルキュリア!」
キャロットの召還魔術に応え上空に光の渦が浮かび上がった。その光は一瞬爆発的に瞬いたかと思うとすぐに収まり、そこには一人の女騎士が浮かんでいた。
その女騎士は青いスケールメイルを纏い、羽飾りのついたヘルムをかぶっていた。
そのヘルムから零れ落ちる長い髪は金色で、陽の光に煌めき風にはためいていた。
白いマントと同じく白いスカート状のドレススカートを風にはためかせ、右手にはランスを構えていた。
そしてその騎士が決して普通の人でないことは、背中から2枚の純白の翼が伸びていることでも明らかであった。
「ロスヴァイセ、あの豚野郎を倒すことを手伝ってくれるかしら?」
「まあ、なんと汚らわしい化け物なのでしょう。エインヘリアルは必要かしら?」
「あなたがいれば問題ないわ。」
「そう。では滅ぼしましょう。」
ロスヴァイセ、それは9番目のヴァルキュリア。キャロットの持てる最強の戦力であり、盟友。
ロスヴァイセは上空からランスでオークキングに向け降下攻撃を繰り出す。キャロットは地上からスキルによる連撃を行う。その間隙を縫ってオートマタ達が強化された脇差でオークキングの動きを阻害していた。
いらだった異形オークキングは4本の腕を振り回し、最も邪魔と感じたのかキャロットに襲い掛かる。もっともそれはキャロットによるヘイト管理がうまくいっている証拠でもあった。
「戦女神が二人…!」
騎士団はまさかの戦女神の降臨に目を奪われたが、呆然としている余裕などない。城壁を超えてくる無限とも思えるオークを殲滅するために必死で戦いを繰り広げていた。
そんなところに第2、第3騎士団が合流する。オークキングとハイオークに押し込まれていた戦線は徐々に持ち直しつつあった。
「あ、あれはまさか戦女神か?」
戦場に到着したエーデルトラウトはオークキングの頭上を舞うように戦うロスヴァイセの姿に息をのんだ。
息をのんだのはリーベルト辺境伯も同じである。しかし辺境伯はすぐにその光景を見てあらん限りの声で檄を飛ばした。
「この戦いには女神が味方をしてくれている!我らの勝利は約束された!オークどもを一掃せよ!」
「おおおおおおおおおおおおおお!!!」
辺境伯の言葉にその場にいた騎士、戦士は勇躍した。
「我らには女神がついている!蹴散らせ!」
ボニファティウスも気勢を上げ、戦場に飛び込んでいった。
騎士の力はオークなど歯牙にもかけない。士気の上がった騎士団が戦場に駆け込んだことにより、兵士たちも力を取り戻したかのように奮戦した。
津波のようになだれ込んでくるオークは後どれだけ殺せば尽きるのか見当もつかない。自分たちの体力がどこまでもつのかそんなことを気にしている余裕すらない。もはや城壁はないのだ。まさに我らこそが最後の城壁、騎士たちは皆そう覚悟を決めていた。
そしてついにその瞬間は訪れた。
ロスヴァイセのランスがオークキングの肩に突き刺さり、スピネルの脇差が左足の腱を斬り割いた。そしてラピスラズリはオークキングの右腕を1本斬り飛ばしたのである。
一度に大ダメージを受けたオークキングの動きが一瞬止まる。
「これで終わりです!スキル、ジャスティス!!」
キャロットのスキルが発動する。
そのスキルは一撃必殺の聖戦士の独自スキル。キャロットは意識していなかったが、これまでの戦いの中で獲得していた最強のスキルであった。つまり彼女は従者NPCの限界レベル79を超えていたことになる。
このことは後にアインフォードを驚愕させることになる。限界を超えた成長が可能なのだと。
キャロットの放ったスキルはまさに一撃必殺。上段からの神速の一撃はもはや誰の目にもとまらなかった。
踏み込んだ瞬間に剣先はオークキングの体を袈裟懸けに駆け抜け、キャロットの動きは止まっていた。
そうしてゆっくりとオークキングの体は斜めにずれ、大量の血と臓物をまき散らしその場に崩れ落ちた。
「オークキング、討ち取ったり!!」
キャロットの宣言が高らかに響き渡った。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
大歓声がそれに答える。
「オークキングは死んだ!残るはオークだけだ!騎士団!突撃せよ!」
それを聞いたリーベルト辺境伯はすぐに騎士団に指示を出す。
巨大な異形を足元に下し剣を高く掲げ、翼のあるヴァルキュリアとオートマタ達を従えたキャロットは神々しく、その姿はヘルツォーゲンの新たな伝説の一つとなる。
騎士たちはそんなキャロット達を称えながらオークに向かって突撃をしていった。
「戦女神…おお神はヘルツォーゲンを守ってくださった…。」
リーベルト辺境伯はキャロットとスピネル、ラピスラズリに見送られ天に消えていくヴァルキュリアを呆然と眺めていた。
オークキングが死んだとはいえまだ数万のオークがひしめいている。それにアーマードタートルの方も片が付いていない。
まだ戦いは終わっていないのだ。
その時突然、上空から幅100mはあろうかという巨大な光の柱が城壁に向けそそり立った。




