スタンピード 13 それぞれの思惑
オークキングが城壁内に現れたその前の日の夜、リコリスは工房であるアイテムを作成していた。
リコリスの技術では実はオリハルコンを加工することはできない。それを可能としたのはラケルス師の残した賢者の石である。
神の金属ともいわれるオリハルコンは、この世界の技術では加工ができないとされていた。
もちろんそれではここに存在するオリハルコンの盾は誰が加工したのだという話になるのだがそれはドワーフの鍛冶師、それも伝説級の鍛冶師による一品なのである。
オリハルコン自体もその産出地は一般には知られておらず、ドワーフ族のみが知る秘密中の秘密であった。ドワーフはよく知られている通り山岳地帯に坑道を掘り、そこに部族ごとに都市を形成している。
その鍛冶能力は人間をはるかに凌駕し、人間では加工不可能なオリハルコンすら武器防具に成型する技能を有しているのだ。
そんなドワーフの中でも神匠といわれる一流の鍛冶師が作り上げた「伝説級」アイテム、それが不滅盾「アルグラン」である。中央に辺境伯の紋章である3羽の鷹が描かれたその白い盾は、まさに伝説級にふさわしい存在感を醸し出していた。
このアルグランはかつてヘルツォーゲンを興したとされる初代リーベルト辺境伯が親交のあったドワーフの鍛冶師に作らせたとされるもので、もちろんこの街の至宝である。
そのような宝をあっさりと手放し、あまつさえ正体の良くわからぬ一介の錬金術師に与えたリーベルト辺境伯の決断はまさに英断といえた。売り払えば金貨500枚(1億円)は下らぬであろうと言われる伝説の盾なのである。
リコリスは「伝説級」アイテムであるならアーマードタートルにも通用するかもしれない、というくらいの認識であったが差し出した方とすれば一大決心である。
リコリスが工房で作業する手伝いをしていた筆頭魔術師コンラートはまさに祈るような思いでその作業を見守っていた。
リコリスが作ろうとしていたアイテムは2種類。
一つはそのオリハルコンを加工して作る「ジャベリン」、いわゆる手投げ槍である。
かつてのレイド戦でアーマードタートルと戦った際、とどめとなったのは高レベル戦士がアーマードタートルの顔面を神話級のランスで貫いたことであった。
異常に硬い甲羅以外にも足や首も堅い鱗に覆われたこの大亀の弱点は比較的柔らかい喉の部分と、鱗で覆いようがない眼や口の中といった場所なのだ。
リコリスは自分が参加したレイド戦で戦士が突き出したランスの一撃がその眼を貫き、とどめを刺したことを覚えていた。
ゲームシステム上アーマードタートルの弱点は「頭部」と設定されているだけなので、戦士の放った一撃がアーマードタートルの眼に当たったのは全くの偶然であるのだが、リコリスにとってこの大亀の最大の弱点は眼であると思われたのだ。
もっともこれはNPCであったリコリスには知る由もない事なのであるが、ゲームにおいては敵のどこを攻撃しても有効打であるならHPを削り取ることができる。
例えば残りHP1の状態で足先に剣が掠ればそれでもモンスターは死ぬことになるのだ。
ところが一転これが現実となるとどうであろうか。確かに放って置けば失血死するかもしれないが、どんなに傷を負っていようが瀕死であろうが、足先に剣を掠めたくらいではモンスターのみならずいかなる動物も死ぬといったことはないだろう。
生物をその場で殺すためには致命の一撃が必要である。
しかしリコリスがその戦士の攻撃を見ていたのはある意味幸いであった。少なくとも眼はどんな生物にとっても弱点である。
そしてもう一つ作ろうとしていたのはそのジャベリンを射出する投射機である。リコリスは錬金術師であり、手投げ槍に関するスキルは持ち合わせていない。
しかし、ソウル・ワールドにおける錬金術師は銃器の扱いが可能であり、リコリスもガトリングガンをはじめとした銃器を取り扱うことはできる。
それならジャベリンの投射機を銃器扱いで開発すればリコリスのスキルが活かせるという発想である。
リコリスは賢者の石の助けを得、炉の中でドロドロに溶けたオリハルコンを形成していく。時間はもうあまりない。
少しだけ焦りを感じながらも、リコリスは丁寧にオリハルコンをジャベリンにと錬成していった。
工房でリコリスが錬成をしている間、2階のリビングではヘルミーナとサラがくつろいでいた。
くつろいでいられるような状況でもないのだが、リコリスの補助はコンラートが行っているので二人にはこれといってすることがない。
「ねえ、サラ。やっぱりリコリスは異常よね。いやそれはわかっていたけどオリハルコンを加工するなんて初めて聞いたわ。」
「そうですね。オリハルコンを加工できるのはドワーフ族の匠だけだと聞いています。まさかリコリス様がそこまでの錬金術師だとは私も思いませんでした。」
ヘルミーナとサラは先の北門奪還作戦の顛末を聞いていた。そのためリコリスが第六位階魔術を行使したという情報も知っていたのだ。
筆頭魔術師のコンラートでさえ第四位階の魔術が最高位である。第六位階を扱える魔術師は知られているのは王都の筆頭宮廷魔術師ホリガー卿ただ一人なのだ。
そんな中、リコリスが第六位階を使用しさらにオリハルコンの加工までできるというのである。この戦いが終わった後、リコリスをめぐって貴族間で争いが起きるのではないかとヘルミーナは考えていた。
そうなったときには何としてもお父さまを説得してリコリスを保護しなくてはならない。リコリスは嫌がるだろうがヘルツォーゲンの宮廷魔術師にしてしまうのが一番無難であると思われる。王都にこの話が伝わったなら確実に面倒くさい貴族連中がリコリスにまとわりついてくるだろう。
一番避けなくてはいけないのが、そのような権力闘争に巻き込まれ嫌気をさしたリコリスやアインフォードが帝国に移動してしまう事である。
身分上彼らは冒険者であるため、国外に移動することを防ぐことはできない。なんとしても彼らをヘルツォーゲン、最悪でもこの王国に留めておかなければならないとヘルミーナは考えていた。
「とはいっても、彼らがどこかに行くと言ったら誰もそれを止めることはできないのだけれど。」
「そのためにお嬢様は人間関係を作っておいでなのでしょう?」
「私はそんなに器用じゃないわよ。リコリスの事は好きだし、仲良くしてもらってうれしくは思っているけど、私の事をそこまで大事にしてくれるとは思えないわ。」
ヘルミーナには基本的に友達がいない。年齢的にまだ10歳なのでデビュッタントも済ませていない上、その天才的な頭脳についてこられる同年代の学友はいなかったのだ。
そのため実はヘルミーナは案外コミュニケーションが苦手だったりする。友達もおらず、周りにいるのはサラやホルストのような護衛や使用人しかいないのだ。
「ねえサラ。私実はリコリスに嫌われたりしてないわよね?」
そんな事を考えているとヘルミーナは急に不安になってきた。
「大丈夫ですわよ。お嬢様はリコリス様のお友達をちゃんとなさっています。」
「そ、そうかしら。だったらいいのだけど。」
サラにそう言われてヘルミーナは顔を赤くした。
ヘルミーナはこの騒動が起こる直前までリコリスの店で店員をすると言いながらオートマタの修復を手伝っていた。
ヘルミーナは実はそれが物凄く楽しかったのだ。自分の知識や思考についてこられるものが身近に居らず、魔道具の研究が趣味のこの天才少女にとって自分を上回る魔道知識を持ち、奇跡とも思える錬金術を操るリコリスはまさに得難い存在だったのだ。
リコリスが私の事を友達とか思っていてくれるだろうか。聞いたことはないけどリコリスはたぶん20台前半だと思うし、私みたいな小さな子は友達とは思ってくれないかな。
なんとなく弱気な考えに取りつかれたヘルミーナは頭をぶんぶんと振り、その考えを振り払った。そんなことリコリスに聞かなくちゃわからないし!
基本的には前向きが身上のヘルミーナである。サラの言葉に少し勇気をもらったので、今はそれでよしとすることにした。
リコリスがオリハルコンからジャベリンを錬成し始めたその夜、尖塔の上からゆっくりとこちらに向かってくるアーマードタートルを眺めている人影が一人。
ダーク・アポストルである。
リコリスがそれを見たのなら「あなた、まだいたの?」くらいは言いそうだが、幸いなことに彼の周りには誰もいなかった。
ダーク・アポストルは困惑していた。彼にしてもアーマードタートルの出現は予想外であったのだ。
「これはさすがに不味いんじゃないのかな。ジャクリーヌさんもヘルツォーゲンが壊滅しちゃうのは困ると思うんだよな。だいたい、あのアインフォードとかいう男はどこに行ったんだ?多分転移者だろうからオークキングくらいならあの男がいれば対処できるかと思っていたけどね。」
ダーク・アポストルは少し前にオークの侵攻が思いのほか進まないことに苛立ち北門を開け放ち、街に火を放っていた。しかしどうやらヘルツォーゲンが壊滅してしまう事は彼の意に沿う事ではなかったらしい。
「うーん。あんな大亀がまさか現れるとはなぁ。あれしかもレイドボスじゃん。あの錬金術師のおねーさんだけでオークキングとアーマードタートル相手にするのは…無理だよなぁ。」
しかたない。手伝うか。
そう呟くと彼は転移してその場から姿を消した。
一方アインフォードとキャロットはアインフォードがキャロットをお姫様抱っこをする形でヘルツォーゲンに向かって空を飛んでいた。
こういう時のためにキャロットにフライの魔術を付与したアイテムを持たせたかったのだが、今回もそれは間に合わなかった形である。
アインフォード達はデボラ峡谷を完全に崩落させることでオークの大群約1万匹を完全に沈黙させていた。少しは逃げ出したものもいるかもしれないが、組織立った行動をできるような状態に無いことは明らかである。
この一件により北の砦とヘルツォーゲンや近隣の村との交通は完全に遮断されてしまったのだが、それは仕方がないという事にアインフォードは無理やり自分を納得させていた。
地震のような自然災害は仕方ないよね!完全に言い訳なのだが、それでも合計で2万匹のオークを殲滅したのだから良しとしてもらわねばと考えていた。
もっともこの2万匹のオークはデボラ峡谷で勝手に地震に巻き込まれたことにするつもりなので、そこまで深くは考えていなかったのだが。
アインフォード達は夜営を引き払い朝日と共にヘルツォーゲンを目指していた。上空からようやくヘルツォーゲンが見え始めた時、初めてアインフォードはヘルツォーゲンを襲っているもう一つの脅威に気が付いた。
「キャロット…あれはなんだ?」
「…亀ですわね。」
「…亀だな。でかくないか?」
「大きいですね。100mほどあるのかしら。」
「まずくないか?」
「非常に問題がありやがりますわね。」
「…急ぐぞ。」
「頑張ってくださりやがりませ。」
ここにようやく役者がそろったのであった。




