スタンピード 12 オークキング
オークキングがヘルツォーゲンの救援に現れた諸侯連合軍に攻撃命令を出した時、彼は背後に迫るアーマードタートルに気が付いていなかった。
彼らはまさかそのような化け物が自分たちをも狙っていることなど想像もしていなかったのだ。
しかしハイオーク氏族に率いられ約半数のオークが諸侯連合軍に攻撃を仕掛けた時、背後から迫る大亀が自分たちをエサと認識し、襲い掛かり始めたことにようやく気が付いたのである。
オークの大群は恐慌に陥った。ただでさえ目の前の人間の都市をいつまでたっても攻略できずにいらだっていたのである。空腹もそろそろ限界に達していた。
オークたちは後ろから迫る脅威に半ばパニックになりヘルツォーゲンに押し寄せることとなったのだ。
ここにヘルツォーゲン史上もっとも長い一日が幕を開けることとなった。
この日、ヘルツォーゲンに押し寄せたオークの攻撃はこれまでで最大の規模に達した。もはや背後を絶たれた状態のオークはなりふりかまわぬ攻撃を行ったのである。
ロックジャイアントもその巨体を城壁に打ち付けるまさに捨て身の戦いを仕掛けてきた。
ロックジャイアントが城壁に迫ってくる恐怖はこれまで何度も味わっているヘルツォーゲン防衛陣は、リコリスの弟子というスピネルとラピスラズリを中心としてなんとしてもまずはロックジャイアントの排除に取り掛かったのである。
リコリスは工房にこもったまま、まだこの場には表れていない。スピネルとラピスラズリはガトリンガンを乱射しながらロックジャイアントを城壁に近づけないようにしていたが、ロックジャイアントはその両手にオークの死体を盾のように掲げて城壁に体当たりを敢行したのである。
昨晩のうちに、鍛冶工房で製作したというガトリングガンの弾丸が2万発スピネルたちに届けられたが、残念ながらそのうち使用に耐えられる弾丸は半分に満たなかった。下手な弾丸を使用するとガトリングガンそのものが壊れてしまう可能性があったため、スピネルとラピスラズリは夜を徹してその選別に当たっていたのである。
しかし、それでもそれだけの弾丸を得られたことは大きな意味を持っていた。リコリスが弾丸を製作している時間がない現状において、鍛冶師たちの製作技術に頼るほかなかったのだ。
そしてその鍛冶師たちが作った弾丸によるガトリングガンの集中砲火により、ついにロックジャイアントは15mを超える最大の1体を残すのみとなったのである。
「よし!デカ物は後一匹だけだ!ここが踏ん張りどころだ!」
轟音を立てロックジャイアントが倒れたところでマクガイヤーを中心とする冒険者たちは歓声を上げた。
「小僧ども!あと弾丸はどれくらいある?!」
マクガイヤーの問い掛けにスピネルとラピスラズリはお互いに顔を見合わせ、そしてガトリングガンを城壁の上に降ろした。
もう弾丸はない。そういう意味であった。
マクガイヤーたちが一瞬顔をひきつらせたところに、残ったロックジャイアントが城門に体当たりを敢行した。
これまでの攻撃で城門のみならず城壁は大いに損傷していた。15mを超えるロックジャイアントの体当たりに、ついに城門は城壁ごと破壊されてしまったのだ。
轟音と共に城壁が破壊されるとロックジャイアントはそのまま城内に転がり込み、そして即座にオークの大群が城内になだれ込んできた。上空を舞うハーピィも次々と城門内の兵士に襲い掛かってきた。
もはや城門だとか城壁だとか言っている状態ではなかった。むしろここまでよく城門が持ったというべきであろう。
「騎士団前へ!」
第1騎士団長ハインリヒは自らの騎士団を前に出し、密集隊形でこれを迎え撃つ。
「ヘルツォーゲンの騎士を舐めるなぁああ!」
騎士団は一斉にランスを構え、街中にオークを一匹たりとも入れない覚悟でオークの軍団に突撃を行った。
騎士の突撃は兵士や冒険者の攻撃とはその破壊力においては圧倒的な違いがある。重装備の騎士による密集突撃のその圧力はさすがというほかないのである。
その突撃を見たマクガイヤーはさすが騎士の戦争能力は冒険者個人での戦いとは違うな、と感心した。
スピネルとラピスラズリはそれを見て、腰のショートソードを抜き放ち、城門上から地上に飛び降りた。
「お、おい!無茶するな!」
周りにいた冒険者がその無謀な行いをとがめるが、その少年少女はまさに猫のような身のこなしで着地すると一気にロックジャイアントのもとに駆け出した。
小さな子供のような二人がロックジャイアントに斬りかかるさまは誰の目にも無謀に思われたが、次の瞬間にはその認識を改めざるを得ないこととなった。
彼ら二人は信じられない身体能力でロックジャイアントを切り刻み始めたのである。
彼らの持つ武器は黒い刀身の「カタナ」であった。
もちろんそれはリコリスが彼ら用に特別に仕立てた逸品である。アインフォードやキャロットが持つ強化セラミックのバスタードソードではなく、小ぶりなカタナにしたのは理由がある。
もともと彼らの装備はゲーム時代から「脇差」であった。かつての辻斬り事件でラピスラズリが使用していたのもその脇差であったのだ。
ロックジャイアントはまとわりつく小さな人影に両手を振り回し暴れまわったが、オートマタ2体の連携攻撃はかつてのベテラン高レベルプレイヤーですら「脅威である」と言わしめたものなのだ。ロックジャイアントがいかに巨大であろうとそう簡単に捕まえることなど出来なかった。
「おいおい、何だよあいつら。ひょっとして俺達より強いんじゃねーのか?」
マクガイヤーはたまたま隣にいたシロウにそうこぼした。
「全くでござるな。しかもあのカタナ、見事な切味でござる。拙者もリコリス殿に作ってもらいたいものであるな。」
「あんたが見てもそうなのね。私なんかあの子たちの足元にも及ばないわよ。なんか自信無くしちゃうなぁ。」
そうシロウに語り掛けたのはジェシカである。まとわりつくハーピィを打ち払いながら彼女もまたスピネルとラピスラズリの戦いに目を奪われていた。
周りの冒険者や兵士、そして騎士が驚くような戦いを繰り広げていたオートマタ2体はもちろんそんな視線など気にすることもなく、確実にロックジャイアントに傷を与えていく。
その連携攻撃は見事なもので、スピネルが大きくロックジャイアントの注意を惹きその隙にラピスラズリが足首を切りつける。かと思えばいつの間にかその位置を入れ替えたラピスラズリがロックジャイアントの眼前に現れ、逆の足をスピネルが狙っているといったまさに変幻自在な攻撃を繰り広げていた。
スピネルとラピスラズリがロックジャイアントを抑えていてくれているお陰で、騎士や兵士、そして冒険者はオークとハーピィに集中することができたのは大いに意味があった。
少なくとも東門の戦いは城門前広場で抑えることができていたのだ。
しかし、ついに恐れていた事態が発生した。オークが城門だけでなく、城壁を超える者も現れ始めたのだ。
ここまでのロックジャイアントの投石攻撃で城壁が何か所も破壊され、土嚢で補修していたような箇所が破られ始めたのである。
一度場内に進入し始めるとまさに堰を切ったように涎をまき散らしながら飢えたオークが侵入を始めた。
城門前広場では騎士団が奮闘していることで何とか抑えることができていたが、城壁を超えてきたオークは一気に市街地に流れ込み始めたのである。
もちろんすでに非戦闘員である女子供や老人は避難しており、街の男たちで組織された義勇軍がこれを迎え撃つことになった。義勇軍は所詮戦闘経験のない街の男達である。しかし彼らはこの街を誇りに思い、守るべき妻や子そして生活が懸かっているのだ。そう簡単にやられるわけにはいかなかった。
そしてそんな彼らをまとめるのは治安維持軍の兵士たちである。治安維持軍はいわば警察の様な役目を普段負っている。街の男衆との仲も良好であったため、男たちも治安維持軍の指揮に素直に従ったのである。これも比較的治安が良いとされるヘルツォーゲンならではの現象であったかもしれない。市民から賄賂を受け取るような腐敗した警察組織ではこううまく機能しなかったであろう。
ついにヘルツォーゲンはオークの侵入を街中にまで許してしまう事態となったが、義勇軍の活躍もあり、一方的に蹂躙されるような事態になっていなかった。
しかし、こうなった以上街が被る被害は甚大なものになる。ついこの間起こった北街の火災だけでも相当の被害を出しているのだ。
しかし、それでもこの街をこのまま蹂躙されてしまったら復興も何もないのだ。皆が必死になって武器になりそうなものを手に持ち、襲い掛かるオークに立ち向かっていった。
東門での戦いも苛烈を極めていた。騎士たちはオークの侵入を何とか抑えていたが、ここにきてハイオークの一団が戦闘に加わり始めたのである。
騎士たちはそれでも奮闘した。あっさりと瓦解した諸侯連合軍とはその士気や練度も全く違うのだ。彼らはここを抜かれるとそのすべてを失う覚悟で挑んでいる。いかにハイオークが強敵であっても簡単に後れを取るような者たちではなかったのだ。
そうして騎士団がハイオークを抑え込んでいる横でついに最後のロックジャイアントが地に伏した。スピネルとラピスラズリはロックジャイアントを翻弄し、その両目に脇差を突き立てていた。
いかなロックジャイアントとて目を突き刺され、その脳を破壊されれば生きていくことはできない。ヘルツォーゲンを悩ませていた巨人はその巨大な体を横たえ、ついには動かなくなった。
大歓声が巻き起こった。その小さな体で巨人を仕留めた二人はまさに救世主といえた。
この場にいる誰もがまさかこの二人にそこまでの戦闘力があるなどとは思っていなかったのだ。
騎士たちの士気は大いに上がり、ハイオークの一団を押し返し始めるきっかけとなったのである。
「やりやがったな、あの二人。」
「まったく、リコリス殿の身内は想像を超えるものたちだらけでござるな。」
シロウはリコリスの身内といったが、アインフォードの身内というべきなのかもしれない、そう心の中では呟いていた。
「勝機は近づいた!絶対にここを通すな!」
ハインリヒは崩れ去った城壁をゆっくりと歩きながらこちらに向かってくるひときわ大きなオークを見据えながらそう吠えた。
あれこそがオークキングか!
ハイオークが押され始めたのを見たオークキングはついにその巨体を人間の前に現したのである。
オークキングは2mをゆうに超える異常に大きなオークである。その腕力もオークの比ではない。大森林最強の存在の一角であるオークキングは、両手に巨大な鉈のような刃物を持って悠然と歩いていた。
そしてその巨体から街中を震わすような咆哮を上げた。
その声を聴いた者は人間だけでなく、味方であるはずのオークさえ震え上がらせた。すべてのものの目がオークキングに注がれた。
大きくめくれ上がった口から覗く大きな牙、その頭髪は真っ赤なたてがみの様であり膨れ上がった筋肉で覆われた肉体は赤銅色の金属の様である。それはとてもオークとは言えない見た目であった。
真っ赤な目を周囲に向けたオークの王は両手に持った二振りの巨大な鉈を一閃するとたまたま側にいたハイオークが2体、真っ二つに両断されその場に転がった。
怒れる王は咆哮を上げながら騎士団に突撃した。
それはまさに疾風ともいうべき速度であった。オークキングが動いたと思った瞬間、騎士3人の首がその場に転がった。
―これは勝てない。
ハインリヒは咄嗟にそう思った。こんな化け物どうすればいいのだ。ロックジャイアントの方がまだ戦いようがある。
それほどまでにオークキングの覇気は凄まじいものであった。
「怯むな!こやつを討ち取ればオークなど烏合の衆だ!騎士団、密集隊形!」
ハインリヒは恐怖を押し殺し、自らも剣を握りしめた。
「うおおおおおおおお!」
騎士たちは一斉にオークキングにランスを突き出した。いかなオークの王とて数で掛かれば討ち取れるはずである。
騎士たちは雄叫びを上げオークキングに襲い掛かった。
しかしオークキングはそんなもの全く歯牙にもかけなかった。襲い掛かった騎士のランスが彼に届くまでもなく、5人の騎士がその場に崩れ落ちた。
誰にも見えなかった。オークキングがその大鉈を振るった素振りさえ見えなかったのだ。
それはまさに大森林の王の風格であった。下位のモンスターとして蔑まれるオークの王がなぜこのような常識外の化け物であるのか。なぜこんな規格外のオークが突然生まれるのか。そんなことはオークキングですら知る由もない。
オークキングはただオークキングであるのみである。そしてそのオークキングが聞く者の魂を削り取るような怒声で吠えた。
『ぶち殺せ!!!!』
もちろん人間にその言葉はわからない。しかしなぜかその声が届いたものは全員そう聞こえた。いや、そうとしか理解できなかったのだ。
オークキングの登場にハイオーク達が大いに気勢を上げる。破壊された城門からオークが次々になだれ込んでくる。
城門前広場は一気に人間側が劣勢に立たされることになった。
それでも騎士団は勇敢であった。一人で勝てないなら二人で、それでも勝てないなら集団で立ち向かう。ヘルツォーゲンの騎士はもちろん誇り高い。人間同士の戦いであるなら1対1の騎士の戦いを望むものが多いが、ことモンスター相手にそのような事など全く考えない戦士の集団である。自分が殺されるならその隙に仲間が何とかしてくれる。その思いは全員のものである。
第1騎士団団長ハインリヒ・イェレミアス・エルレンマイアーはここを自らの死に場所と定め、愛剣「オーガ―キラー」をオークキングに突き付け配下の騎士と一団となり駆け出した。




