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リコリス魔法商会  作者: 慶天
3章 スタンピード
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スタンピード 10 諸侯連合軍 1

 エイブラハムはリコリスがリーベルト辺境伯と会っている間、アーマードタートル・グレイターに近づきつぶさに観察していた。

 この巨大な亀にとってエイブラハムの大きさはそのあたりを飛んでいる鳥と変わらず、全く注意を払われなかったのである。


 エイブラハムは従者NPCであり、第九位階の魔術を扱う高レベル魔術師でもある。「ソウル・ワールド」であるならプレイヤーキャラクターやそれに準ずるNPCが近づいたなら即座に反応をし、攻撃を受けるはずである。

 エイブラハムが攻撃を行ったならほとんどのモンスターはなすすべもなく殺されてしまうのだ。アーマードタートルといえ無視できないダメージを被ることになるだろう。にもかかわらずこの大亀はエイブラハムに全く注意を払わず悠然と歩を進めていた。


 エイブラハムも攻撃を受けないという事を知っているかの如く、アーマードタートルの周囲を周回し観察を続けていた。




 リコリスが工房にこもって一晩たった次の朝、リコリス魔法商会に4人の人物が現れた。

 現れたのはリコリス魔法商会の常連と化している領主令嬢ヘルミーナと護衛の騎士ホルスト、側仕えであるとともに魔術師であるサラ、そして魔術師団長コンラートである。


「リコリスはいるかしら?」

 ヘルミーナは店に入ると大声でリコリスを呼んだ。

「あら、ヘルミーナ様。ごきげんよう。今日はどういったご用件かしら。」

 リコリスは工房から手を拭きながら店内に現れた。

「何を言っているのリコリス。あなたがお父さまに吹っ掛けた無理難題を届けに来たのですわよ。」

 ヘルミーナは呆れたように肩をすくめてリコリスを見た。


「という事はオリハルコンが準備できたのかしら?」

 リコリスの問いかけに騎士ホルストは幾重にも布でくるんだ幅1mほどの包みをリコリスに差し出した。

「リコリス殿、正直言って私は其方がこれを加工できるという事が信じられん。オリハルコンだぞ?ミスリルの剣で斬りつけても傷を負わすことができない伝説の金属だ。一体其方はどうするつもりなのか。」

 魔術師団長コンラートはリコリスにそう問いかけた。


 彼らが持ってきたのはリーベルト辺境伯家に伝わる伝説の盾「アルグラン」である。

 リーベルト辺境伯はかつて武名鳴らした武闘派として知られている。彼の持つ剣も炎の魔剣「煉獄」である。


 アインフォードの持つ大剣「嵐の黒剣」やキャロットの持つ聖剣「デュランダーナ」は『神話級』武器に当たる。まさに神々すら殺すことのできる神話に語られる武器である。対してリーベルト辺境伯の持つ「煉獄」は『伝説級』の武器に相当する。神話級武器には劣るものの、この世界においてはまさに国宝として扱われるものである。アインフォード達が持っている武器が異常なのだ。


 そして今回コンラートがリコリスのもとに持ってきたオリハルコンの盾「アルグラン」もその『伝説級』の盾なのだ。まさに国宝級の盾を惜しげもなくリーベルト辺境伯はリコリスに託したのである。


「私はオリハルコンを加工する技術を持っていますのでご安心ください。」

 リコリスはにっこりと微笑み、コンラートからその布の包みを受け取った。意外に重量があるな、リコリスはそう思った。


 リコリスは彼らの前でその布を丁寧にはがしていった。そして現れたのは白い色に塗装され、盾の中央にリーベルト辺境伯家の紋章である三羽の鷹が描かれたまさにオリハルコンの盾であった。


「コンラート様、これは見事な盾ですわね。リーベルト辺境伯様のご英断に感謝いたします。不肖リコリス、必ずやあの大亀を打ち倒せる武器を作り上げて御覧に入れますわ。」

 リコリスは思った以上に大きなオリハルコンの塊が手に入ったことに大満足であった。これだけのオリハルコンがあれば3本は作れるかな。いや、ちゃんと測定しないとオリハルコンの純度に問題があってはいけない。などとリコリスは思いながらじっくりとその盾を観察していた。


「それでリコリス、一体どんな武器を作るつもりなのかしら?」

 ヘルミーナはリコリスがオリハルコンを加工できるという事については疑問を持っていなかった。しかしそれがあの大亀に効果のあるものなのかどうかは別である。ものによっては騎士団と共同で使用せねばならないものなのかもしれないのだ。


「それは私も気になるところだ。家宝ともいえるオリハルコンの盾を使用するのだ。閣下にも私からどのような物を作成するのか報告する義務がある。」

 コンラートもリコリスに説明を求めた。


「そうですわね。ではこちらの設計図をお見せしましょう。」

 リコリスは自ら錬金して作った紙に書かれた設計図を広げてヘルミーナとコンラートに説明をすることにした。

 横で成り行きを見守っていたサラも興味をそそられたのか、ヘルミーナの後ろから覗き込んでいた。小さなヘルミーナの頭の上から顔を出すサラを見てなんとなく微笑ましいなと、リコリス場場違いな事を考えていた。


「これは…なんなの?ただの筒にしか見えないのだけれど?」

「私にもそう見えるな。例のガトリングガンの砲身よりずいぶん太いようではあるが。」

 ヘルミーナとコンラートはとても武器には見えないただの筒の設計図を前に首をかしげるしかなかった。


「これは…そうね、何という名前を付けましょうかしら?『魔道投槍機(仮)』という風にしておきますわね。」

 リコリスはそう言うと設計図を並べ3人に説明を始めた。




 王国諸侯連合軍はヘルツォーゲンまであと1日というところで夜営を行っていた。今回のスタンピードは100年前よりも規模が小さいという情報は各諸侯にすでにいきわたっていたため、部隊の中心である傭兵たちはいかに多くのオークを討ち取り報酬を得るかという事が話題の中心になっていた。


 そのため、もともと寄せ集めの連合軍であることもあり、部隊のまとまりは決して良いものではなかった。いやむしろ極めて悪かった。ヘルツォーゲンではオークの狂化は最も警戒しなければならない事態なのだが、遠く離れた王都に至っては「オークが大量に現れた」くらいの認識だったのである。


 そんな中でも連合軍総司令官は何と王子であった。カスパル・エトヴィン・エルスハイマー・シャルフェン王子が総指揮官として参戦することで王国がこの事態をいかに重要視しているかをアピールする意図があったのだ。


 第3王子が総司令官として出陣していたのだがこの肥満児の王子、全く闘いなどというものに興味を持っていなかった。王宮での放蕩三昧の生活を27年も送っていただけの凡庸な男である。貴族間の主導権争いの果てに担ぎ出されたという、ある意味かわいそうな存在でもあった。


 この第3王子を総指揮官に、王都第3騎士団、騎士団名「赤狐騎士団」団長フォルクハルト・マリウス・ベレントが実質的な司令官として出陣していた。騎士団の名前は団長の風貌からつけられたものではないのだが、このべレント伯爵はまさに赤狐というにふさわしい風貌をしていた。歳は50歳、髪は赤毛であり、細く鋭い顔立ちはまさに老練な狐を連想させる。


 赤狐騎士団は騎士偏重主義の権化のような騎士団であるため、騎士団内に魔術師を擁していない。騎士団の練度は決して低くはなかったが、その評判は王都では決して高いものではなかった。

 素行に問題がある騎士が多かったのである。ベレント伯爵自身も騎士団長としては極めて粗暴な性格をしていたため王都の中でも鼻つまみ者として名が知られていた。


 そのくせ貴族としての選民意識は異常に高く、このような陣中にありながら、多くの女官という名の娼婦を引き連れてまるで物見遊山のような陣を組んでいたのである。


 放蕩三昧で第3王子という権力の座にいるカスパルとそういう意味ではよい主従であると言えた。カスパルを接待する目的もベレント伯爵にはあるため、この女官という名の娼婦は毎晩大活躍をしていたのである。


 ベレント伯爵に限らず、王都の騎士団はどの騎士団にも言えることではあるが選民意識が強く、平民から成り立っている兵士団と折り合いが悪い事が多い。特にこの赤狐騎士団はそういう意味ではいかにも貴族然とした騎士が多く、野盗紛いの傭兵たちと馬が合うはずがなかった。毎晩のように乱闘やトラブルが発生していたのだ。


 基本的にそういったトラブルは起きることが分かっているため、騎士団と傭兵団は同じ宿営地においても場所を隔て、間に兵士団を置くなど工夫を凝らすものなのだが、今回に限ってはあまりにも傭兵の数が多かったのだ。


 ここまで傭兵が多くなったのにはもちろん理由がある。総指揮官が第3王子であるからだ。

 カスパル第3王子が総指揮官と決まった瞬間、カスパルを担ぎ上げようとする派閥以外の多くの貴族は自身の騎士団を派遣する代わりに傭兵団を大量に雇用し始めた。王都をはじめ各都市には先の戦争が停戦して以来職にあぶれた傭兵がごろごろしていたのも好都合であった。


 騎士や兵士を一切派遣しない諸侯まで存在しているのである。


「で、今度はどこの馬鹿が暴れているのだ。」

 ベレント伯爵は部下の報告にめんどうくさそうに尋ねた。

「はっ!傭兵団同士の乱闘騒ぎの様です。よくある腕自慢に酒が入っていたこともあり、乱闘騒ぎになったという事です。」


 そんな事は日常的に起こっている。いちいち報告の必要もないとベレントは部下に捨て置くように指示を出した。そんな事よりも自身の最も大事な役目はカスパル王子の接待である。


 乱闘騒ぎに騎士や兵士が巻き込まれているなら放って置くわけにいかないが、傭兵団達のいざこざなら下手に手を出すと余計にややこしくなる。「騎士はあの傭兵団を贔屓している」などといった噂になりかねないのだ。


 当然軍規などそもそもこの伯爵自身がまともに考えていなかったこともあり、カオスと化したこの討伐軍はだらだらと進軍を行っていた。予定通りの期日でヘルツォーゲンに辿り着いたのはある意味奇跡であった。


 やはり傭兵は傭兵よ。戦場働きさえしてくれればよい。ベレントはすでに軍団としての諸侯連合軍のまとまりをあきらめていた。

 ベレント伯爵だけでなく、この軍に所属している者は相手がただのオークであり、戦術などなくても簡単に蹴散らせると高をくくっていたのだ。


 また強力なモンスターに会う機会が少ない王都方面の傭兵団もロックジャイアントがいかに危険なモンスターであるか、またオークキングがただのオークとはどれだけ違ったものであるかなど知る由もなかったのである。

 彼らが冒険者であったなら少なくともそんな認識はしていなかったはずである。


 そんな諸侯連合軍がヘルツォーゲンまであと一日の距離まで近づいたとき、先頭集団がその異変に気が付いた。


「おい一体ありゃ何なんだ?」

 傭兵の一人が赤ら顔でヘルツォーゲンを見つめながら同僚の傭兵に聞いた。

「あー?あんなところに山なんかあったか?」

「知るわけねーだろ。俺はこっちくんの初めてだからよ。ヘルツォーゲンてのは変な街なんだな?」


 このときすでにアーマードタートル・グレイターはヘルツォーゲンの城壁に肉薄していた。


「お、おい!オークの大群がこっち向かってきてるぞ!」

「伝令!司令部に伝令をおくれ!この分だと1刻程でぶち当たるぞ!」

 途端に討伐軍の動きは慌ただしくなった。最低限の指揮体系は何とか維持できていたようで、先ほどの傭兵が発見した小山のような何かとこちらに向かって突撃してくるオークの群れについては比較的速やかにカスパル王子とベレント伯爵にまで報告が届いていたのだ。


 しかし、斥候を放ってヘルツォーゲンの様子を探っていない時点で全くやる気がないことは明らかであった。


 そんな緩み切った遠征軍に悪夢が襲い掛かる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 第3王子は担ぎ出されただけか、そら可哀想なこったけど(´・ω・`)辺境伯の危機に対してこいつらでは王家との信頼関係にも影響しかねんレベルの低さですね。  そんな緩み切った遠征軍に悪夢が襲い…
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