スタンピード 6 転移者達
ライナーは必死で戦った。もうすでに何体のオークを葬ったかわからない程であり、彼の持つ剣も限界を迎えそうだった。
「っち!キリがないとはこのことだな!」
全く動かない左手を庇うことなく彼は機械のように迫りくるオークをただただ切り捨てていた。
しかし、さすがの騎士ライナーも限界を感じていた。周りに戦っていた騎士や兵士もすでになく撤退するにもまわりはオークだらけである。そもそもどこに撤退するというのだ。ライナーはいよいよ覚悟を決めた。
「ライナーよ!まだあきらめるには早すぎじゃぞ!」
驚いて振り返ったライナーが見たものは自分の父親が従士を連れ切り込んでくるところであった。
「親父殿!」
フランツ男爵はすでに60を超える高齢である。しかし彼は全く体力が衰えたようなそぶりもなく、周りのオークを斬り伏せていく。
「ぼっちゃん!助太刀しますぜ!」
従士長エーゴンは得意のショートスピアを振り回し、フランツ男爵の背後を守っていた。
ライナーのもとに救援に駆け付けたフランツ男爵率いる部隊はおよそ20人。窮地を脱したライナーであったが、城門に辿り着くことはとてもではないがオークの数が多すぎて不可能な状態であった。
くそ!誰か魔術であのあたりのオークを一掃してくれれば。ライナーはどんどんと押し寄せてくるオークの大軍をにらみ、動かない左腕を忌々しく思うのだった。
「いったん引くぞ!ここはすでに持ちこたえられん!」
ライナーはそう叫ぶと城門を放棄する決断をした。しかしすでに相当数のオークが市街に侵入し、白兵戦が展開されているのだ。どうにかして城門を閉鎖しないと5万匹のオークが場内に入ってきてしまう。
「昼間の戦いでリコリス殿が新兵器を持ち出したという噂があったが…。」
ライナーは北門に居たため、直接リコリスのガトリングガンを見たわけではなかったが噂は北門にも届いていた。
しかし、そのリコリスは東門の重要な戦力として配備されることが決まったという話も聞いていた。
街に火の手があがり始めたころ、異変を感じたリコリスは飛行の魔術で空高く昇っていた。
「北門が破られたのかしら。」
リコリスの店は南門からまっすぐ入った大通りにほど近い道具屋筋にある。北門までは徒歩で行くなら貴族街を迂回して一刻(2時間)以上かかる距離である。
リコリスだけであるなら北門までの移動はフライで物の数分で移動できるが、オートマタのスピネルとラピスラズリは空を飛ぶことができないため、彼らの移動速度をもってしても1時間はかかると思われた。
リコリスは一度店に戻ると手早く2体を起動させた。そしてガトリングガンを装備させるとあらかじめ決められていた東門に配備につくことを指示した。オートマタの2体にはすでにヘルツォーゲンのマップはインストール済である。
リコリス自身もガトリングガンを装備すると、背中のアタッチメントに魔道ケーブルをセットし、そのままフライで北門に飛んで向かった。すでにアインフォードの元から戻っていたエイブラハムもリコリスの後を追うように夜空に舞い上がった。
「早くアインフォード様帰ってこないかな。」
リコリスはこれだけのオークを現状の戦力で殲滅することは難しいと考えていたのだ。アインフォード様がいれば、きっと最適なアイデアを出してくれるだろうな。
当のアインフォードが聞けば頭を抱えそうな事をリコリスは漠然と考えていた。
ところでリコリスはアインフォード達が今どのような状況になっているかはエイブラハムの持ってきた手紙により大体把握していた。
「北側に現れたオークの大軍は北の砦に誘導し、そこで殲滅する。」アインフォードはリコリスにそのように伝言していた。
この伝言に困ったのは実はリコリスである。アインフォードであるなら自重さえしなければオークの1万や2万、殲滅することは可能であると考えられたが、この情報をヘルツォーゲンの首脳陣に伝えたものかどうか判断できなかったのだ。
常識的に考えて一人の戦力で数万に及ぶオークを殲滅するなど、どう考えてもあり得ないことなのだ。アインフォードの規格外の魔術に比べればリコリスのガトリングガンなどまだ常識の範疇である。
「アインフォード様なら1万や2万のオークなど問題なく殲滅できます。」そんな事を言って誰が信じてくれるのか。かといってヘルツォーゲンの北側からもオークの大軍が迫っていることを報告しないわけにもいかない。だが下手に報告したらただでさえ危うい状態であるこの街の市民にさらなる恐怖を与えることになってしまう。
完全に籠城作戦を取っている兵士たちには、北側の住人の避難を誘導できるはずもないのだ。
散々迷った挙句、リコリスはこの情報を握りつぶすことにした。きっとアインフォード様は手紙に書いてあった通り、オークの軍団を北の砦とやらで殲滅してくださるでしょう。であるなら、ここは下手に不安をあおるような報告をせずにこの街の防衛に全力を尽くせるようにする方が結果的に良いのではないかと判断したのだ。
このリコリスの判断は決して褒められたものではないかもしれない。信じる、信じないは別として、その判断をするのは司令官でなければならないはずである。
だが、結果としてこのリコリスの判断は後にアインフォード達を大きく救う事になる。
「そこの飛んでるお嬢さん。俺とお茶などいかがかな?」
空を飛ぶリコリスの耳元でそんな声が聞こえた。慌ててリコリスはあたりを見渡すが、自分の周りにはもちろんエイブラハム以外誰もいなかった。
「何らかの魔術?ベントリロキズムかしら?」
リコリスはもちろん夜目が利く。あたりを見渡したリコリスは燃え盛る大きな倉庫の上にこちらに向かって魔力を放っている人物を見つけた。
「あの男は…ダーク・アポストル!」
リコリスはその場に立ち止まりしばしその不審な男を見下ろしていたが、やがてゆっくりと高度を落としダーク・アポストルの近くまで移動して倉庫の上に降り立った。
「いい月夜ね、色男さん。」
リコリスは風で乱れた長い黒髪をかき上げながらダーク・アポストルに向かってまるで散歩中に出会った友人に声をかけるように話しかけた。
「ククク、そうだな。お嬢さん。確か、リコリスといったか?お目にかかるのは二度目だな?」
「そうだったかしら?残念だけど私興味のない殿方は覚えられないのよ。」
「これはしたり。残念な事だな。…それで、一つ提案があるのだが?」
相変わらず半身に構えたダーク・アポストルは皮肉な笑顔を浮かべリコリスに提案をした。彼の左手から垂れ下がる包帯はゆらゆらと揺れながらその先端に火をともしていた。
「君は転移者だろう?どうだい、俺と手を組まないか?」
リコリスはアインフォードからダーク・アポストルは間違いなく転移者だと聞かされていた。
「あら。私をお誘いくださるの?でもあなたの上司はジャクリーヌという方ではなくて?勝手なことして大丈夫なのかしら?」
ジャクリーヌの名前が出たことでダーク・アポストルはわずかに顔をしかめたが、それを悟られないように努めて冷静にリコリスに言った。
「何か勘違いしているようだな、ジャクリーヌは俺の同盟者よ。いちいち指示を仰ぐことなどないのさ。」
「あら、そうだったの?てっきりとっても怖い鬼上司の様な方だと思っていましたわ。」
大正解であった。ダーク・アポストルは一瞬なぜ知っている!という顔をしたが、あわてて右手で顔を覆いクククという謎笑いで取り繕った。
「それにこの街に火を放ったのはあなたかしら?」
「それはどうだろうな?」
そう言ってダーク・アポストルは左手を頭上に持ち上げ、ゆらゆらと揺れる包帯の先に付いた火をリコリスの目の高さにもっていった。
包帯が光の帯を残して左右に揺れる。
リコリスは少しだけめまいに似た感覚に捕らわれたが、それだけだった。あれ?これは…。
「ああ、催眠術の類ですわね。残念だけれど私に状態異常系の魔術は効きませんわよ?」
リコリスは少しだけその赤い眼に力を入れ、ダーク・アポストルを見つめた。
「…なるほど。だが残念だな。俺にも状態異常系の魔術は効かぬ。」
リコリスの瞳には魅了の力が宿っている。ヴァンパイアの固有スキルである。
「あらそうだったのね。それでもう一度聞くのだけれど、この火を放ったのはあなたかしら?」
リコリスのその問いにはダーク・アポストルは答えなかった。
「転移者はこの世界で生きるには少々手狭だろう?俺たちと手を組めば君はやりたいことを権力者を気にせずに行うことができる。どうだい、異世界で本当の自由を手に入れたいと思わないかい?」
リコリスは思った。本当の自由って何だろう。今の私は結構自由にさせてもらっているのだけれど?
「本当の自由って何かしら?」
「君は思わないかい?領地を経営して内政チートで巨万の富を得ようとか、または、そう君は錬金術師なんだろう?エリキシル剤を調合して薬剤チートで病院を経営して聖女になるとか。もっと単純にドラゴンを討伐してSクラス冒険者として皆の尊敬を集めるなどはどうだい?さらに俺たちに協力すれば国だって盗れるんだぜ?新しい国を俺達と立ち上げる!そしてその国は奴隷や犯罪者のない民主的な国にすることも出来るんだ。どうだワクワクするだろう?」
「全く興味ないわ。」
リコリスはバッサリと切り捨てた。
「へ?そ、そうなのか?」
ダーク・アポストルは大きな勘違いをしていた。リコリスは元従者NPCである。そのようなプレイヤーが持つような異世界無双願望は持っていなかったのだ。
リコリスはただひたすらに主人であるラケルス師に仕えることを喜びとしていた。そのラケルス師が病没して以来、生きるための目的を失っていたリコリスがどうやって死のうかと200年も考え続けていたことなどダーク・アポストルには想像もつかなかった。
ではダーク・アポストルは従者NPCを持っていなかったかと言えばそんなことはなかった。彼ほど中二病を拗らせたものが従者NPCを作らないはずがない。
自らの従者NPCをサーヴァントと呼び、戦闘メイドをしっかりと育成していた。
しかし、残念なことにこの世界に転移したのは彼だけで、アインフォードやラケルスのように従者NPCごと転移したわけではなかったのだ。
そのため、たとえリコリスが元NPCだと知っていたとしても、その思考など想像することが出来なかった。逆に言うとキャロットやリコリスの思考を比較的理解しているアインフォードは極めて柔軟な考え方をしていると言える。
「私の質問には答えて下さらないのね。まあ、聞くまでもなかったのでしょうけれど。」
そう言ってリコリスはガトリングガンを構えた。
「あなたの愚かな行いでこの街は危機に陥っています。…ですのでめんどくさいですから死んで下さるかしら?」
リコリスは返事を聞かずにガトリングガンを発射した。
泡を食ったのはダーク・アポストルである。まさか突然発砲されるとは思っていなかったのだ。
いくらなんでもこの女イカレてやがる。転移者のメリットを説いて出来ることなら仲間に引き入れようと交渉していたはずなのに、この女いきなり発砲しやがった。
ダーク・アポストルは彼なりに誠意を込めて交渉していたつもりだったが、生来の中二病故明らかに上から目線で話していたことなど全く気が付いていなかった。
しかも彼は気が付いていなかったが、リコリスは怒っていた。激怒していたと言ってよい。
ダーク・アポストルにとってこの世界の住人など只のNPCのようなものである。自分と同じように普通に生きている人間であるという意識が全くなかったのだ。
そのため、彼はこの世界の人間がどれだけ死のうと、それはゲームの中と同じ感覚で良心が咎めるなどといったことがなかった。
リコリスはこの世界の、というよりこの街の住人とそれなりの交流があり、すでにこの世界の一部として自分をみなしていた。そんな自分の住む世界を破壊する転移者が許せなかったのだ。
「うわ!と、っとと。」
間一髪ダーク・アポストルは転移魔法を発動し、ガトリングガンの弾丸から身をかわした。
「いきなり発砲するとは少々オイタが過ぎる様だ。では実力でお前を連れ去るとしよう。」
そう言うとすかさずダーク・アポストルは腰のナイフを投擲した。
リコリスにとってそのようなただ単に投げられただけのナイフをかわすのはそれこそ目をつぶっても出来ることであり、また万が一それが当たったところで上位アンデッドであるリコリスにダメージを与えることはできないのだ。
しかし、一瞬でもナイフに目がいったリコリスは目の前にダーク・アポストルの姿がないことに気が付くのが一瞬遅れた。
「どこに!?」
その時リコリスの背後にいたエイブラハムが空に向かってブレスを吐いた。
「うおっと!」
リコリスが振り返ると身を捻るように器用に空中で回転しながらエイブラハムのブレスをかわしているダーク・アポストルが浮かんでいた。
「なるほど近距離転移からの奇襲ですか。ならばこれでどうかしら?ブラッドミスト。」
リコリスの発動した魔術は自身の周囲に血でできた霧を発生させるものである。これは錬金魔術ではなく、ネクロマンサーの使用する魔術でありしかもただの毒ではなく呪いの一種である。リコリスはヴァンパイアの固有スキルとしてこの魔術を所持していた。
「エイブラハムさん、範囲外からのフォローをお願いするわね。」
エイブラハムは術を発動させる前に言えというような顔をしながら距離を取った。
リコリスの周りに発生した血の霧はそのエリア内に侵入する者の魔力や生命力を感知し、相手の行動を予測しやすくさせる。また長時間その中にとどまった者は徐々にHPが減っていくという非常にいやらしい魔術である。
リコリスは当然近接戦闘もこなすことができるが、その本来最も得意にする戦闘距離は中距離である。常に近距離に居ることを困難にするブラッドミストはリコリスにとって非常に使い勝手の良い魔術であった。
「それは死霊術の魔術だな。お前は錬金術師だと思っていたのだが、奇妙な魔術を使用する…。」
ダーク・アポストルはエイブラハムの存在と近接戦闘に持ち込みにくくなったことにいら立ちを感じていた。
「ならば。斬滅鋼糸陣!」
次の瞬間、彼の手から放たれたのは合計10本のクナイであった。クナイはリコリスの周りに広く投射された。
「爆・火炎槍。」
続けて彼は第四位階魔術フレイムランスを放った。相変わらずのオリジナル魔法名付きである。
「下手によけると大怪我するぜ。」
「見え見えね。アイスシールド。」
リコリスは氷の盾を目の前に出現させるとフレイムランスを防ぐ。
それと同時に両手の爪を50cm程伸ばし、周囲に張り巡らされたワイヤーを切った。
「鋼糸術ね。あなたその魔術構成とスキルはニンジャね。」
ダーク・アポストルの放ったクナイには極細のワイヤーがつながっていた。そのワイヤーで敵対者の行動を阻害し、場合によってはそのワイヤーによって殺害することを目的としたスキルが鋼糸術である。
ニンジャは暗殺者として諜報、暗殺そして移動系の魔術やスキルが豊富である。短距離転移からのバックスタブはソウル・ワールドプレイヤーのニンジャに非常に重宝されていた戦術であった。
「次はこちらの手番ね。サウザンドナイブズ。」
リコリスは一本のナイフを投げるとそれはすぐに空気の中に消え失せた。そしてダーク・アポストルの周囲360度からまさに千本に及ぶナイフの大群が彼に押し寄せた。しかもそのナイフはすべて電気を帯びたようにスパークしていた。
「っく、転移…できない?!」
ダーク・アポストルは転移魔法で脱出しようとしたが、魔法が発動しなかった。ハッとして彼はエイブラハムを睨むと理由が分かったようで、いらだった顔をリコリスに向けた。
「卑怯者!一対一で戦え!」
その瞬間、千本のナイフがダーク・アポストルに突き刺さった。
「ぐあああああああ!」
「何を言っているの?バカなの?死ぬの?どうして私がそんなことしなくちゃいけないの。でもまだ生きているのね。見苦しいわ。」
リコリスは別に決闘しているつもりはなかったし、何でこいつはエイブラハムが攻撃してこないなどと思ったのか、理解に苦しんだ。
リコリスが次の魔術を繰り出そうとしたとき、ダーク・アポストルのいた場所には1mほどの丸太が浮かんでいた。ナイフがその丸太に無数に突き刺さっている。
「ちっ!今日の所はこれで勘弁してやる!次に会ったときは最初から敵だと思え!」
姿は見えないが、声だけがあたりに響いた。どうやら転移魔術で逃げ去ったようだ。
「私にとっては最初から敵だったのですけれど。」
リコリスはクスクスと妖艶な笑顔を彼がいると思われる辺りに投げかけると、それを無視して北門に飛んでいった。
「やっべぇ。あの女やっべぇよ。あれひょっとしたらジャクリーヌさんよりやばいんじゃないか?俺を殺すことに全く躊躇なかったぞ…。」
ダーク・アポストルはリコリスが飛び去った後を見つめながら、ナイフだらけになった自分の体を癒すためヒーリングポーションを取り出した。




