スタンピード 5 暗躍する者
その日はそれ以上の攻撃が加えられることもなく夜を迎えることになった。
夜になると街の有志による炊き出しが行われ、兵士たちは見張りのものを除いて温かい食事が振舞われることになった。
昼間行われた戦闘の戦果があちこちで盛んに話し合われたが、やはり話題の中心はリコリスたちによるガトリングガンの戦果が話題の中心であった。
その恐ろしいまでの破壊力を目の当たりにした兵士たちに、今回のスタンピードは援軍を待たずして何とかなるのではないかという楽観的なムードが漂っていることも仕方がない事だったかもしれない。
しかし、いまだ街の外には5万匹近いオークと3匹まで減らしたとはいえ、致命的な破壊力を持つロックジャイアントが健在なのである。そしてリコリスたちの持つガトリングガンには弾丸の補給が容易ではないという弱点を抱えていることを知る者はあまりいなかった。
リコリスは軍の主だったものにガトリングガンの弱点である弾丸について説明をしたが、そもそもそのような兵器など見た事がないものしかいないのだ。「矢が尽きる」という表現でおぼろげながらにも理解をしてもらえたが、それなら鍛冶屋に作らせればよいと簡単に考えるものが多く、あまり危機感は伝わった様には感じられなかった。
そんな弛緩したムードが漂う中、街の尖塔の上に人影が一つ。
「おいおい、一体何なんだありゃ。中世世界に現代兵器持ち出しちゃ反則じゃないか。あの錬金術師は間違いなく転移者だろ。」
その男はやたらとベルトのたくさんついた外套をなびかせつつ、尖塔の上に片膝をついて城門を眺めていた。
男の名はダーク・アポストル。闘技会決勝に現れアインフォードと互角に渡り合った自称暗黒神の使徒(中二病患者)である。
「そういや、闘技会で優勝した剣士もこの世界基準じゃ異常に強かったな。マーキナ倒しちまうんだからな。…確かアインフォードという名前だったか。」
ダーク・アポストルも大会優勝者の名前くらいは憶えていたが、その仲間であるリコリスやキャロットについては何の情報も持っていなかった。しかし、今回リコリスがガトリングガンなどという明らかなオーバーテクノロジーを持ち出したことで、さすがに転移者ではないかという疑問を持つに至った様である。
「まいったなぁ。これジャクリーヌさんが知ったらめんどくさいことになるんじゃないかなぁ。絶対取り込もうとするぞ…。皇妃くらいで満足する人じゃないしなぁ。」
そう言って彼はお得意の体を半身にするスタイルで立ち上がり、左腕の手のひらで顔面を覆いくぐもった笑いを漏らした。誰も見ていないがこじらせているので自然とこういう仕草になるのである。
「まぁいいか。しかし、このままじゃせっかくのオークの狂化が禄に被害も与えられず鎮められちまうんじゃないのか?ロックジャイアントなんてものも混じってたからあっさりヘルツォーゲンは滅んじまうと思ってたんだけどな。」
ダーク・アポストルはしばらく考えていたが、邪悪そうな笑み(本人はそう思っている)をうかべ、さらに呟いた。
「やっぱりこのままだとジャクリーヌさんまた機嫌悪くするし、少しだけ手を加えるとするか。やれやれ厄介なお姫さまだぜ。」
そう呟いた後、その場から掻き消えるように彼は何処かに転移した。
リコリスは一度自分の店に戻り弾丸の製作に取り掛かっていた。なんといっても毎分500発以上の弾丸を射出するのである。その弾丸消費速度は尋常ではない。また弓矢のように矢を回収して再利用など出来ない代物であるのだ。
ヘルミーナはサラに弾丸を鍛冶屋や他の錬金術師に製作してもらえるよう手配することを命令した。一応見本としてガトリングガンの弾丸を幾つかサラには渡していたが、果たしてどれほどの精度のものが作られるかリコリスには疑問であった。
そのため、やはり自分である程度は作る必要があると思ったのである。
今現在リコリスが保有している弾丸数はすでに500発を切っていた。さすがに3人で1分間全力射撃をすればその破壊力に比例して消費量も半端ではなかったのだ。
幸いリコリスには睡眠というものは必要ない。しかし、だからと言って不眠不休で作業ができるかと言えば決してそういうわけでもないのだ。
リコリスは鍛冶屋ではなく錬金術師である。精度の高いものを作るために錬金術を使用するが、その際には必ずMPを消費する。MPの消費はアンデッドであるリコリスにも疲労感をもたらすのである。
当然、MPが0になるとリコリスとて意識を失う事になる。
ガトリングガンの発射にもMPが必要であるため、それなりに余裕を持っておかなければ、「弾丸を作ったおかげで発射するMPが足りない」などというまさに本末転倒な結果になってしまうのだ。
リコリスはその日の晩のうちに3000発の弾丸を作成することができたが、これでも3人で一斉掃射するとおよそ2分で撃ち尽くしてしまう事になる。運用方法を考えなくては…。リコリスはそう思いながらも、明日からの作戦行動にすでに組み込まれていることに多少げんなりしていた。
オートマタの運用はリコリスに一任されている。そもそもオートマタだという事を知っているのはヘルミーナやサラ達だけであり、他のものはまだ子供の錬金術師見習いだと思っているのだ。
リコリスの指導がなければ作戦行動など出来るはずもないというのは、確かにその通りであり、彼らはリコリスが指揮することとなっていた。
スピネルとラピスラズリはほぼ完ぺきなオートマタである。古代の技術で作られた魔力リアクターはこの世界の技術では絶対に復元不能であり、たとえリコリスといえそのブラックボックスに手を出すことはできなかった。
実のところ、ソウル・ワールドというゲームにおいて、オートマタはリコリスのレベルでは作成できないだけであり、それこそラケルスには完璧なオートマタの作成は可能であった。
しかし、それはたとえレベル99の錬金術師といえ簡単なことではなく、製作に必要となる素材の調達や作成期間などの問題で、ソウル・ワールドの錬金術師と言えど1体か、頑張って2体目を製作することが実質上限界となっていた。
スピネルとラピスラズリはもともとイベント用に作られたNPCであり、プレイヤーが製作できるオートマタとは若干仕様が異なっている。
プレイヤーが製作できるオートマタは当然レベル1からスタートされるのに対し、スピネルたちは修理されただけであるのでこの段階からレベル60を誇っているのだ。レベル99のアインフォードならいざ知らず、レベル79のリコリスやキャロットでは2体の連携攻撃の前にはあっさり敗北する可能性もあるのだ。
彼らには思考シーケンスを新たにリコリスを主人とするように与えられているため、リコリスに敵対するようなことはあり得ないが、まだまだ生活様式など学習させなければならない点が多い。
そのため、リコリスはできるだけ身近に彼らを置き、可能な限り命令を書き加えていこうと考えていた。
そのスピネルとラピスラズリも今は眠っているかのように椅子に腰かけ、その機能を休めていた。
そんなオートマタ2体を見ていたリコリスはふと違和感を覚え、店の外に出て北の空を見上げた。
まだ夜が明けきっていないそんな夜明け直前の事である。北門で異変が起きた。
突如として城門が開け放たれ、オークの大軍がなだれ込んできたのだ。
昼間オークたちが押し寄せてきているのは東門であり、北門は警戒されていたが大きな戦いは起こっていなかった。
そのため、見張りの人数も東門に比べ少なかった。
それでもこの非常事態である。いつ何時オークが押し寄せてくるかわからないこの状況で手を抜くような間抜けな兵士はヘルツォーゲンにはいなかった。
ところが、城門がなぜか内側から開かれ、まるで内通者がいるかのようにオークの集団を招き入れてしまったのだ。
北門の周辺は主に平民の住宅街が広がっている。もちろん今回襲撃が行われたことで、門付近の住人は避難していたが、この二日ほどの戦闘が東門で行われたこともあり自宅に戻っている市民も多かった。
そして見張りがいることで安心しきっていた市民に悪夢が襲った。
城門から侵入したオークはおよそ200匹。通常オークは夜目が利くためたいまつなど明りを必要としない。まだ夜が明けきらない闇夜であってもその行動が阻害されることはなかった。
オークはたいまつなど火を持っていない。 にもかかわらず北門のあちこちで火の手が上がりだした。
突然の火災とオークの破壊活動で近隣の住人はパニックに陥った。
火災の勢いは想像以上に早く、夜が明けるまでに北側の住宅街に大きく延焼していった。
兵士たちは突然のオークの侵入に驚き、初期動作が遅れることになったがそれでも比較的早期に立ち直ることができた。その中心になって動いていたのは騎士ライナーである。
通常騎士団と兵士団は同じ部隊で編成されることはない。しかし、東門での戦闘が激化し騎士の一部が東門に移動した為、北門においては一時的に騎士団と兵士団、さらに冒険者の混成部隊が出来上がっていたのだ。
この極めて連携の悪そうな部隊編成を行ったがまさに騎士ライナーであった。
彼は王都で近衛部隊に所属したほどのエリート騎士である。しかしヘルツォーゲンに戻ってから彼は多くの経験をしていた。
中でも彼の職業意識を大きく変えたのは例のマシーナリー事件である。彼はマシーナリーに対してほぼ無力であった。
王都において中隊長まで務めた彼をしてもマシーナリーには手も足も出なかったのだ。そんな中マシーナリーをこともなげに撃破して回った冒険者がいたのだ。
彼は自身の未熟さを悟り、また冒険者を見直すことになった。それと同時に街の治安を預かる兵士団の働きがいかに重要な事であるかをその目で確認することになったのだ。
「第1から第3小隊!城門のオークを迎撃する!これ以上侵入させるな!第4から第6小隊は街に侵入したオークを殲滅しろ!第7小隊は市民と協力して街の消火を急がせろ!」
ライナーは大声で指示を飛ばし、自身も続々と侵入してくるオークを阻止すべく北門に向かった。
北門の戦いは凄絶を極めた。ようやく夜が明け始めた頃には城壁内に進入したオークの数はもはや数えることができないほどの量になっていた。
騎士や兵士、さらに戦いに参加した冒険者や市民にも多くの犠牲者が出ていた。たとえ相手がオークと言えその圧倒的な数の暴力の前に騎士たちは次々と命を落としていった。
ライナーもすでに満身創痍である。すでに盾を失いその盾を構えていた左腕も大きく斬り割かれ血を流していた。
それでも騎士ライナーは最後まで騎士であろうと愛剣を振るい続けた。
「こんなところでくたばっちまったらキャロットさんに笑われる。」
騎士ライナーは自虐的な笑みを浮かべ、もはや絶望的な戦いを繰り広げていた。
火の勢いは考えられない程に早かった。もちろんそれは通常の火災ではなかった。
ダーク・アポストルは城門で見張りをしていた兵士を魔術で暗殺し、城門を開け放ったのだ。もともと5万匹に及ぶオークの大軍は東門から北に向かってヘルツォーゲンの城壁にとりついていたため、北門が開け放たれたことにすぐにオークは気が付いたのである。
もちろんあらかじめダーク・アポストルがオークを北門近くまで誘導していたというのが真相であるのだが。
ダーク・アポストルはオークが場内に進入したのを確認すると、次々と周りの民家に火を放っていった。
彼の目論見は大いに成功し、オークの大軍と戦闘を行いながらの消火活動は遅々として進まず、ヘルツォーゲン北ブロックに大きな被害をもたらすことになったのである。




