折り紙
「アインフォード様、ただいま戻りました。ススキを採ってまいりましたわ。」
夕方になりお店に戻るとアインフォード様に紙の相場の報告と採取してきたススキをお見せします。
「おかえり、リコリス、キャロット、エイブラハム。」
アインフォード様はカウンターで字の練習をされていたようです。字の練習には砂板を使います。それこそ紙なんてもったいないですからね。
「雑貨屋さんで売っている紙は1種類のみで、街の商店などが帳簿に使う用のものだと思います。お値段は銅貨2枚でした。もう一軒、紙の卸屋さんのようなお店に行ってまいりましたが、さすがに多種多様な紙を扱っておりお値段も銅貨1枚から銀貨10枚もする高級紙まで取り扱っておいででした。」
おそらく銀貨10枚もする高級紙は魔法のスクロールを作成するためのもので、魔力保持の特性を持たせてあったのではないかと思います。
「とりあえず、銅貨1枚、銅貨2枚、大銅貨1枚の紙を一枚ずつ買ってみましたの。」
そう言ってススキをわきに置き買ってきた紙をアインフォード様に見ていただきました。
「リコリスはどういった人に紙を利用してほしい?」
アインフォード様が買ってきた紙を見ながらお聞きになられます。私は庶民が気軽に使えるようなお値段にしたいというと、アインフォード様は腕組みをして考え始めました。
「リコリス、紙はどういう使い方をするのが一般的だろう?キャロットも考えてみて。」
これはあれですね、質問の形式をとっておられますが、私たちに考えさそうというそういう意図ですわね。
それは私も今日考えながら歩いていました。ロジーおばさまが面白い紙の使い方を、と言っていたのが頭にずっと残っていたのです。
「紙に文字や絵を描く以外の使い方などあるのでしょうか?」
キャロットさん、もう少し考えましょうよ。そんなことをすぐに言うから残念美女などといわれてしまうのですよ?
「そうですね…こう、折り曲げて入れ物のように使ったりはできませんでしょうか。」
そういうとアインフォード様はニッコリ笑って私の頭を撫でてくれました。よくできました、という意味なのでしょうか。なんだか恥ずかしいです。それよりキャロットさんが泣きそうな目でアインフォード様を見ておられます。アインフォード様、キャロットさんも撫でてあげてください。でないと後で私が何か理不尽な目に合いそうな予感がしますの。
アインフォード様はキャロットさんの視線に気が付き、やれやれといった様子でキャロットさんの頭も撫でてあげていました。ホッ。
「リコリスの着眼点は素晴らしいと思いますよ。紙の特性をよく理解しています。紙というのはたやすく加工できるというのが、この場合重要なのです。例えば…。」
アインフォード様は一番安い紙をナイフで正方形に切り取り、なにやら折り曲げ始めました。いくつかの工程を過ぎると不思議なことが起こりました。
「これは…竜でしょうか?」
アインフォード様はたしか、正方形の紙を折っていただけのはずです。それが突然このような竜の形になるのは何らかの魔法をお使いになられたのでしょうか。しかし、そのようなそぶりはなかったはずですが…。
驚いてキャロットさんを見ると彼女も目をぱちくりさせて私を見てきました。
「アインフォード様!それは新たな召喚の魔法なのでしょうか?キャロットにも扱えますでしょうか?いや、まさか紙を触媒に召喚を行いやがるとはさすがはアインフォード様でございます。」
「あははは。違うよキャロット。これは『折り紙』という遊びなんだよ。」
遊び?遊びであんなことができるのでしょうか。私にも魔法のように見えましたが…。
「では後でみんなにも教えるから、リコリス、ススキから紙を錬成してくれないかい?そうだね、大きさは手のひらを広げたくらいの大きさ位でいいよ。」
「はい!た、直ちに錬成いたしますわ!」
私も早くあの技を教えてもらいたくて少々気分が高揚しているようです。
錬成そのものは素材があれば一瞬でできます。ですが大きさ、厚さ、重量など細かく術式に組み込む必要があるので最初は少しばかり時間を頂きます。一度錬成した物と同じものはもう術式計算が必要ないのですぐにできるのですが、紙を錬成するのは私も初めての事なのです。
その間にキャロットさんは夕ご飯の支度をするという事で、工房の流し台に向かいました。
「私が戻る前に始めやがったらぬっころします!」
と、物騒な宣言をされていきました。
ちなみに私は食事を必要としません。アンデッドなのですから当然です。もっというと睡眠も必要ありません。ですが、食事をすることはできますし、睡眠もとることはできます。する意味はないのですが、やはり皆さんと食事を一緒に取り、同じ時間に睡眠をとるという事は一緒に暮らしているという連帯感を生むことができます。あ、今のはアインフォード様の受け売りです。アインフォード様がそのようにしようと提案されたのです。
結局アインフォード様の講義は食事が終わってから、という事になりました。キャロットさんは普段でも食事の用意は手際が良いです。しかもおいしいです。あ、味覚もちゃんとあるのですよ?
しかし今日の調理スピードは歴代最速記録ではないでしょうか。すごいなぁ。
今日のメニューは川魚の香草焼きと野菜のスープです。香辛料は高価ですがそれなりにお金がありますので少しは使用できるようなのです。たぶん一般的なご家庭のお料理よりも豪華な食事ではないだろうかと思います。私の錬金術でパンは作れますし。
ところでキャロットさんは実はけっこうお食べになります。アインフォード様よりたくさんお食べになるようです。あの細い体のどこに入っていくのでしょうか。
食事の前のお祈りはどこの家庭でも行いますが、私たちはアインフォード様流で行います。簡単に一言「いただきます」というだけなのです。「いただきます」と私とアインフォード様が言うと、キャロットさんは「めしあがれ」と返してくれるのです。
とても簡単な食事前の作法ですが、これを怠ることをアインフォード様は許しません。
曰く「食事を作ってくれた人、またはその食材を生産してくれた人、そしてその食べ物に対する感謝がその短い言葉に込められているから」という事です。そういえばお父さまも食事前には必ず、いただきますとおっしゃっていました。理由を聞いたことはなかったのですが、そのような深い意味が込められていたのですね。
今日のお食事も大変おいしかったです。キャロットさんはすごいなぁ。聖戦士という戦闘職でありながら料理やお掃除などの家事を完璧にこなされるのです。そう言って褒めるともとはメイドですから、と少し恥ずかしそうに言います。
キャロットさんがどれほどの戦闘力を持っているかというのは親友のクラーラから聞き及んでいます。何でも私が召喚したエルダーリッチにとどめを刺したのはキャロットさんの大魔法だったというのです。その大魔法を間近で見たクラーラはキャロットさんの事を聖女様と言ってとても尊敬しているようです。
アインフォード様は私を消滅させることができるという事ですが、もしキャロットさんと私が戦っても、きっと私は勝てないでしょうね。
本当に言動があれでなかったら、万人が聖女様と認めるところでしょうに…。
「ごちそうさま。」
食事が終わりようやく「折り紙」というものを教えていただくことになりました。
ススキを錬成してできた紙はアインフォード様の注文のサイズで、片手を広げたくらいの大きさにしてあります。
「じゃ、二人とも私と同じように紙を折ってくれるかい。」
アインフォード様と同じ向きに並び紙をまずは三角に折り曲げます。ふむふむ簡単簡単。
さらにそれをもう一度三角に折ります。簡単簡単。
袋になったところを広げて三角を正方形にします。うぇ?あ、わかります大丈夫です。
その正方形をつぶして細長い菱形を作ります。あぇ?え?え?
慌ててキャロットさんを見るときれいに出来ています。ナ、ナンデ?
あわててそれらしい形を作りますが、こ、これでいいのかな?
…無理です!何でキャロットさんは上手に出来ているの?なんだかとても負けた気分ですわ。
キャロットさんは出来上がった「鶴」を嬉しそうに眺めています。心なしか目がキラキラしているように思えます。く、口惜しいですわ!
「リコリス…。」
そんな残念な子を見るような目で見ないでくださいまし!
「じゃ、もう一度最初から行こうか。」
新しい紙を用意し、一からやってみます。
「…リコリス…。」
もういやー。なんでー?
結局5回目にしてなんとか完成しました。できましたわ!うれしいです!でもちょっと不格好ですわ。その間にキャロットさんは「カエル」や「セミ」を作っておいででした。
チラリ
ぐすん。
「とりあえずリコリスも完成させることができたから、今日はここまでにしようか。キャロット、上手に折れてうれしいのはわかるが、紙がもったいないからその辺にしておきなさい。」
「はい!とっても嬉しいです。」
キャロットさんはキラキラしています。う、うらやましい。
「さて、それではここからが本題だよ。この『折り紙』は商品になるかな?」
「絶対売れます!リコリスさん、是非とも商品化いたしましょう!」
キャロットさんはたいへんこの「折り紙」が気に入ったようです。確かに上手にできた時の達成感はすごいものがありますね。ちょっと不格好だけど私も「鶴」が完成したときはすごくうれしかったですから。
「とはいっても、どう売ったらいいのでしょう。この正方形の紙だけ売っても使い方がわかりませんし…。」
折り紙の手順書のようなものを作って売ればいいのでしょうか。でも本にするとお高くなってしまいますし、そもそも誰も見た事がないものですから、それがどういったものなのかも理解されないでしょう。
「アインフォード様、これ、ヴァルト村の子供たちにあげたら喜んでくれますよね!」
子供たちに…。確かにこの国の子供たちは早くから労働力としてみなされ、娯楽といったものはあまりありません。慣れると簡単にできる、らしい、この折り紙はきっと子供たちを喜ばせることができるのではないでしょうか。
「アインフォード様、この折り紙を12枚セットにして、一枚物の簡単な手順書をつけて大銅貨1枚程度で販売できないでしょうか。」
手順書を作ることが手間かもしれませんがその程度でしたらこのお値段で納めることができるのではないでしょうか。
「値段としてはいいところだと思いますよ。紙のサイズもリコリスが買ってきた一番安い紙を4分割した程度の大きさですから、紙そのものの値段は12枚セットにしても銅貨3枚程度になりますね。」
それから色々話し合われました。
まず、紙に色を付けたらどうか?という事です。これは錬成の際、顔料を追加することで色のついた紙を錬成することができますので、赤、青、黄色の3色を作ることにしました。
次に手順書をどれだけのものにするか、という事です。作り方を幾つ乗せるかで必要な紙のサイズが変わります。かといって一つの手順書に一つだけしか作り方が載っていないのも寂しいものがあります。アインフォード様は「鶴」「カエル」「セミ」以外にも「風船」「カブト」「バラ」など10種類以上ご存知でした。なんという博識な方なのでしょう。さすがでございます。
そこで結局一つの手順書に2つの作り方を記し、3種類の手順書をつけ「鶴・カエル セット」「セミ・ふうせん セット」「カブト・バラ セット」として3色の紙を4枚ずつ付けて販売することにしました。お値段は1セット大銅貨1枚、紙のみの場合は銅貨7枚としました。手順書のみの販売は致しません。
果たしてこれで売れるのでしょうか。
「アインフォード様、これは売れるでしょうか。」
「うん、このままだと売れないだろうね。」
ええ!?そんなあっさり!ここまでの相談を全否定でしょうか。
「いやいや、この街の人はこんなもの見たことないのでしょ?並べて置いておくだけではいったい何なのか理解してくれませんよ。」
なるほど…確かに完成品を並べて置いていても、まさかただの紙がこんな風になるとはだれも想像できないでしょう。どうしたらいいのでしょう。
「それに一番の問題はこのお店の客層に合っているのか、という問題です。」
このお店の主なお客様はやはり冒険者です。冒険者さんが持ち込んだアイテムの鑑定も行っていますので、これは当然の事でしょう。扱っている商品も多くが冒険者さんの要求を満たすものが多いです。
「つまり、うちは冒険者さんが中心のお客様ですので、客層があわないからあまり買う人がいないのでは?という事でしょうか。」
「そうですね。冒険者さんはこういったものより、もっと実用的なものを好みますからね。では一般のお客様はどうでしょう?リコリスもキャロットも知っていると思いますが、生活に余裕がある家庭など貴族くらいしかないでしょう?裕福でない家庭だと娯楽にまでお金をまわせるでしょうか?正直難しいでしょうね。」
確かに皆さん決して裕福な暮らしをしているとは思えません。ロジーおばさまと前に話した時「あたしの贅沢はここで買い物をすることと、2,3か月に一度くらい家族で外食することさね。」とおっしゃっていました。娯楽って必要ないのかな…。
「とはいってもせっかくここまで企画したのです。10セット位作って試しに売ってみましょう。ちょっと思いついたこともあります。」
アインフォード様がそう提案されました。きっと楽しさを理解していただけたら売れると私は信じています。
「では、私が手順書を今から書くので、リコリスとキャロットで『バラ』と『鶴』をたくさん作ってくれるかい?そうですね、30個くらいお願いします。」
「え、あ、はい。そんなにたくさんどうされるのですか?」
「バラ」は立体的な造形をしていて、ぱっと見た目は本物のバラと見間違えてしまうほどのものです。花束でも作られるのでしょうか。
「まぁ作ってみてよ。後でのお楽しみにね。」
むぅ。アインフォード様が珍しくいじわるです。
リコリス魔法商会アイテムNO.09
「紙」
お値段銅貨2枚。
魔女カタリナ様が考案したという紙です。
お商売の帳簿付けや、絵画などを書かれる際に使われる普通の紙です。
繊維質が長く破れにくい仕様が当店オリジナルです。
リコリス魔法商会アイテムNO.10
「折り紙セット」
お値段各種大銅貨1枚(銅貨10枚)。
紙に色を付け赤、青、黄色の3色セットと折り紙の指南書付きです。
指南書は3種類ありこれさえあれば魔法のように紙を加工できます。
色紙のみの販売では12枚組銅貨7枚です。




